第5集:30分間の物語

 ここは、とある豪華な屋敷の一角。

 辺りが夜になっても、執事室は日中と変わらず慌ただしいままである。


 だが――それは当然!

 お嬢様の執事たる私の仕事に、休息はありえないのである!


 はてさて。もうすぐで午後11時。

 そろそろ私を呼ぶお嬢様の声が、屋敷中に響く時間である。


「執事ー!ちょっと来てくれるかしらっ!」


「はっ。ただいま向かいますお嬢様」


 執事は足早にお嬢様の部屋へ向かう。すでに彼女は薄い桃色の頬を膨らませており、ベッドの横に佇んでいた。

 

 そして待ち侘びた様子で、


「執事。寝る前の妄想が楽し過ぎて、寝られないわっ!」


 幼さの残る声色を跳ねながら言葉を紡いでいく。


「一体どうしてくれるのかしらっ!!」


 …はてさて。

 ここからが私の仕事である。


「申し訳ありませんお嬢様。ではお嬢様の願いとは?」


 するとお嬢様は意地悪気な笑顔を浮かべてみせた。どこか憎らしくも思えるが、年齢相応の無垢な少女の微笑みである。


 彼女はおもむろに執事を指差して、


「私を寝かしつけなさい。以上よっ!」


 不敵な笑みを浮かべており、まるで執事を試している様子だ。しかし言動は、やはり子供そのものである。


 寝る前の妄想が楽し過ぎて寝られない――ふむ。まったく関係は無い。


 だが!

 ここでお嬢様の願いを叶えられないようでは、それは三流執事!


 残念ながら私は、一流執事なのでございます…。


「承知しました。それではここで一つ提案がございます」


 執事は下げていた頭をゆっくりと上げて、瞼を細めてお嬢様を見つめた。

 心做こころなしか彼女の瞳は、従順な仔犬のように期待に満ちているようだった。しかしこれもまた見慣れた日常の一幕である。


 その瞳に応えるように、執事は答える。


「私、実は詩を書くことが趣味でございまして…」


「ふふっ。今夜も待ってたわ執事」


 彼女は待ち侘びたように、乾いた唇を小さく舐めてみせた。





 ◇◆◇◆




【第5集:30分間の物語】


 冷たい布団に しかめっ面

 仔猫のように丸くなって 明日に備える

 早く温まれと願う裏腹

 今宵も始まる30分間の物語


 「今日は どいつと戦う?」

 主人公が 剣を構えて笑っている

 空想の中だけの出会い

 俺たちすでに 10年来の相棒


 いつだって男は少年

 枕は血湧き肉躍る 寝る前だけの激戦

 待たせたな 今夜も強い奴

 揃えてるぜ



 カーテンから差し込む斜光

 勝利の余韻残して 朝日に凱旋

 良い好敵手ライバルだったと拳握る裏腹

 今日も30分以外すべて現実


 「今日は どいつを守る?」

 主人公が 魔法を手懐けて準備している

 妄想の中だけの出会い

 俺たちすでに 20年来の相棒


 いつだって寝床は火花

 布団は血湧き肉躍る 寝る前だけの決戦

 待たせたな 今夜もスゴい奴

 揃えてるぜ


 いつもバトルだけで 

 物語が進まないのは

 言わない お約束


 いつだって冒険は憧れ

 寝間着は血湧き肉躍る 寝る前だけの合戦

 待たせたな 今夜もカッコ良い奴

 揃えてるぜ

  



 ◇◆◇◆




「――さて如何でしょう?お嬢様」


「すー…すー…」


 おやおや…。

 どうやらお嬢様は、眠ってしまったようでございます。


 はてさて。もう夜も深い。

 それではあなた様も、どうか良い眠りを。


 え?

 私はいつ眠るのか、ですって?

 

 いやはや…お優しいお心遣いありがとうございます。


 しかし心配はご無用でございます。


 執事たる者。

 お嬢様のためならば休息など必要ございませんゆえ…。


 それにまたすぐに、お嬢様から呼ばれるかもしれませんから――ね。 

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