第3集:1/2の想い

 ここは、とある豪華な屋敷の一角。

 辺りが夜になっても、執事室は日中と変わらず慌ただしいままである。


 だが――それは当然!

 お嬢様の執事たる私の仕事に、休息はありえないのである!


 はてさて。もうすぐで午後11時。

 そろそろ私を呼ぶお嬢様の声が、屋敷中に響く時間である。


「執事ー!ちょっと来てくれるかしらっ!」


「はっ。ただいま向かいますお嬢様」


 執事は足早にお嬢様の部屋へ向かう。すでに彼女は薄い桃色の頬を膨らませており、ベッドの横に佇んでいた。

 

 そして待ち侘びた様子で、


「執事。分数が難し過ぎて、寝られないわっ!」


 幼さの残る声色を跳ねながら言葉を紡いでいく。


「一体どうしてくれるのかしらっ!!」


 …はてさて。

 ここからが私の仕事である。


「申し訳ありませんお嬢様。ではお嬢様の願いとは?」


 するとお嬢様は意地悪気な笑顔を浮かべてみせた。どこか憎らしくも思えるが、年齢相応の無垢な少女の微笑みである。


 彼女はおもむろに執事を指差して、


「私を寝かしつけなさい。以上よっ!」


 不敵な笑みを浮かべており、まるで執事を試している様子だ。しかし言動は、やはり子供そのものである。


 分数が難し過ぎて寝られない――ふむ。まったく関係は無い。


 だが!

 ここでお嬢様の願いを叶えられないようでは、それは三流執事!


 残念ながら私は、一流執事なのでございます…。


「承知しました。それではここで一つ提案がございます」


 執事は下げていた頭をゆっくりと上げて、瞼を細めてお嬢様を見つめた。

 心做こころなしか彼女の瞳は、従順な仔犬のように期待に満ちているようだった。しかしこれもまた見慣れた日常の一幕である。


 その瞳に応えるように、執事は答える。


「私、実は詩を書くことが趣味でございまして…」


「ふふっ。今夜も待ってたわ執事」


 彼女は待ち侘びたように、乾いた唇を小さく舐めてみせた。





 ◇◆◇◆




【第3集:1/2の想い】


 逆巻く風に 細い指を伸ばせば

 甘えるように絡み付く 季節の残り香

 起き抜けにまとった香りも相まって

 柔らかな輪郭が頬撫でる


 心まで絵具でなぞってみれば あなたは何色になるの?

 どこで覚えたのか

 詩的な視線に 少しだけ戸惑っているよ


 過去の痛みに どれだけ綺麗事を

 添えても そう簡単に癒えるものじゃないさ

 すべてが信じられないと喚く背中

 添うは 言葉ではなく腕の温かみ


 生きる僕らの1/2は

 額縁を失った 歪な絵画だから

 たまに捨ててみたくもなるよ

 でもそれもまた 彩る人生と共に認め合っていたい

 君の額縁に 僕はなれるかな



 手乗りの花に 薄桃の唇を近付けば

 照れるように応える 季節の贈り物

 寝惚け眼で見つめ合う2人の未来は

 雲突く鐘の音が待っている


 心を好きな色で敷き詰めてみれば 自分を好きになれるの?

 雨に打たれ耐える

 仔犬のような瞳 不安遮る傘になれるかな



 弱きもの

 儚きもの

 決して 器用とは言えない

 でもそんな 君の1/2は

 美しきもの

 麗しきもの

 そして 大切なもの


 生きる僕らの1/2は

 額縁を失った 歪な絵画だから

 たまに捨ててみたくもなるよ

 でもそれもまた 彩る人生と共に認め合っていたい

 君の額縁に 僕はなれるかな


 愛すべき君の1/2は

 掛け替えない 艶な絵画だから

 たまには思い出して欲しいんだ

 でもそれもまた 否定するなら少しだけ怒るかもよ

 君の笑顔が 僕の笑顔になる


 僕の1/2は 君で

 君の1/2は 僕で




 ◇◆◇◆

 



「――さて如何でしょう?お嬢様」


「すー…すー…」


 おやおや…。

 どうやらお嬢様は、眠ってしまったようでございます。


 はてさて。もう夜も深い。

 それではあなた様も、どうか良い眠りを。


 え?

 私はいつ眠るのか、ですって?

 

 いやはや…お優しいお心遣いありがとうございます。


 しかし心配はご無用でございます。


 執事たる者。

 お嬢様のためならば休息など必要ございませんゆえ…。


 それにまたすぐに、お嬢様から呼ばれるかもしれませんから――ね。 

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