第22話 クレア姉さんの病
「クレア姉さん……」
俺はベッドに横たわる彼女を見て言葉が続かなくなる。少し前では自分でも元気がとりえと言ってたくらいで、いつも明るい笑顔で孤児院の事も達の相手をしていたというのに、頬は痩せこけており、その手は細く何とも弱々しい。
「バーバラ……クレア姉さんはいつから体調が悪かったんだ?」
「実は……半年くらい前から体調がわるかったんだけど……アレイスター兄さまに言うと無理をするかもしれないからって……黙っていたんです。でも、ここまで重症だったなんて……」
「そういうことか……」
俺は彼女の顔を見てうなだれる。孤児院で育ててもらったお礼に冒険者として稼いで恩返しをしようとしていたのにまだ心配させていたようだ。万年チュートリアル野郎と呼ばれていた時の俺の力だったら仕方ないよな……
以前顔をみせた時も俺に心配させまいと強がっていたのだろう。
やっと力を手に入れたというのになんでこんなことに……
「そういえば子供たちは……?」
「うん、みんな鉄くずを拾ったりしてお金を稼いでいるよ。だけど……」
バーバラは首を横に振ってうなだれる。子供が一日に稼げる金額なんてたかが知れている。まさに焼け石に水だろう。
そんなことを思っているとベッドで眠っていたクレア姉さんが激しくせき込む。
「ゴホッゴホッ!!」
「クレア姉さん!?」
「お母さん!!」
俺たちが慌てて駆け寄るとクレア姉さんは薄っすらと目を開けて、俺と目が合うと優しい目でほほ笑んだ。
「あらあら、アレイスター帰ってきてくれたんだね……なのに私がこんなのでごめんね……」
「大丈夫だ。大丈夫だから、クレア姉さん。横になっててくれ」
無理に起き上がろうとする彼女を俺は押しとどめる。その時の彼女の力が予想以上に弱々しいのは、俺のステータスが上がっただけではないだろう。
そんなクレア姉さんを見て俺は胸が痛むのを感じる。
「せっかく帰ってきたんだから、ゆっくり休んできなさいね。バーバラの手料理が好物だったでしょ? 私は大丈夫だから。気にせずにいつもみたいにあなたの冒険談を聞かせてよ」
「ああ……わかったよ。クレア姉さん」
俺は不安そうな顔をしないように心がけながら近況報告をする。安心させるために、辛そうな顔をしているバーバラの手を握るのも忘れない。
「それで……プリーストのホフマンさんは何て言っているんだ?」
クレア姉さんが寝たのを確認した俺達はバーバラが作ってくれたご飯に手を付けながら、詳しい事情を聞く。孤児院に里帰りした時のたのしみの一つである彼女の料理も不思議なほど味がしない。
孤児院は教会が運営していることもあってなじみのプリーストもおり、子供たちが怪我や病気になった時はいつもホフマンさんに頼んでいるのである。
今回だってクレアの事は彼がみているはずだ。何かしら打開策はないのだろうか? と思ってがバーバラの表情は暗いままだ。
「それが……病気は治癒魔法じゃ治らないし、薬の材料はすごい高い上にすぐに手に入るかわからないって……」
「治癒魔法は怪我には強いが病気には弱いからな……そして、薬は作れる人間が少ない上に、貴重な薬草などを大量につかうんだ。ホフマンさんの言う通りなんだろうな……」
彼女から受け取った原材料のリストを見て、俺は思わず頭を抱えたくなる。一部は簡単に採れるものだが、聞き覚えの無い素材もあった。
バーバラの話を聞いてくれたホフマンさんも一生懸命調べてはくれたのだろうが、入手方法まではわからないようだ。そして、仮に市場に出回ったとしても、どれくらいの金額になるか想像がつかない。
そもそも、ポーションなどとは違い、病の治療薬など、ピンポイントで効く薬を手に入れる事が出来るのはお抱えの薬師がいる貴族くらいなものだろう。
「それでね……さっきはお母さんもアレイスター兄さまが来てたからがんばっていたけど……ホフマンさんいわくいつ死んでもおかしくない状態なんだって……アレイスター兄さま……私……どうすればいいのかな?」
目に涙をためて今にも泣きそうなバーバラがかすれた声で言った。こいつは孤児院では年長者である。他の子どもたちには見せていない弱い部分を俺に見せているのだろう。
だったら、俺が弱いところを見せるわけにはいかない。彼女の温もりを感じながら俺は優しく頭を撫でてやる。そう、幼い頃にクレア姉さんにやってもらったように……
「任せろ……俺がクレア姉さんは救って見せるよ。だから……バーバラはさ、またおいしい料理を作って待っていてくれよ」
「うん……ありがとう、アレイスター兄さまがいてくれてよかった……」
そんな風に今までためこんでいたものを吐き出すかのように甘えるバーバラの頭をなでながら、俺は再び、バーバラの笑顔とシスターの元気を取り戻そうと決意をする。
先ほど治療薬は簡単に手に入らないと言ったが例外はある。ダンジョンだ。あそこならばホフマンが欲しがっていた治療の原料も手に入るかもしれない。それに万が一なくとも、俺には『マイナス召喚』があるのだ。治療方法は必ずあるはずだ。そう自分に言い聞かせる。
そして、孤児院に泊まり久々の家族団らんを過ごし、朝一番に冒険者ギルドに来た。そして、そのままの足でセイロンさんに話しかける。
「セイロンさん、『ユグドラシルの葉』ってどこに出に入るかわかりますか?」
「これは珍しいものを探しますね……第五層の魔物が時々落とすレアアイテムですね。ただ、ゆすって落とすと、葉が即座に枯れてしまうんです。自然に落ちるのを待つしかないので、もしも入手出来たら幸運の証とまでいわれるものですよ」
「なるほど……」
五層と言えば中層である……そもそも層が一つ変わるだけでも、生態系が変わり、魔物もつよくなる上に、上層と中層では難易度や現れる魔物の強さがが一気に変わるとまでいれている。
だが、ブリュンヒルデと俺が力をあわせれば何とかなるのではないだろうか? 俺が難しい顔をしていると唸っていると心配そうな顔でセイロンさんが訊ねてくる。
「どうしたんですか? アレイスターさん。何かあったのでしょうか?」
「実は……」
俺が事情を話すとセイロンさんは息を飲んで辛そうに顔をしかめた。俺が孤児院出身っていう事も知っているからな。
「そんなことが……だから、今朝のアレイスターさんは焦っているような気がしたのですね……」
「自分では冷静でいたつもりですがそうかもしれません。それで、セイロンさん。わがままをいっているのはわかっていますが、四層と、五層の地図を頂けないでしょうか? お金が足りない場合もすぐにお返しすると約束します」
「アレイスターさん……」
俺の言葉に彼女が辛そうに顔を歪める。ああそうだよな。通常ならばダンジョンは一層ごとに徐々に攻略していくものだ。それを二足飛びに行こうとしている上に、目的地は、中層である五層である。彼女からしたら自殺行為にしか見えないだろう。
だけど、俺には『マイナス召喚』があるのだ。勝算がないわけではない。
「アレイスターさん……あなたが焦る気持ちはわかるなんてことはとてもではないですが言えませんし、力になってあげたいのは本心です。ですが、それは無理なんです」
「確かに俺はまだ三層を攻略したばかりです。でも、サハギンロードだって倒したんです。何とかしてユグドラシルの葉を手に入れることだってできるはずです」
「違うんです。あなたには実力があります。ですが、アレイスターさんはまだCランク昇格試験を受けていないので、中層に降りるのを許可することはできないんです」
「ああそうか……ランク制限か……」
そう、ランクアップに関してはこの間まで縁が無かったのですっかり忘れていたがそれぞれのランクによっていける階層が決まっているのである。
今の俺は下から二番目のDランクであり、四層までしか降りる事を許可されていないのだ。ちなみにフリーレンがAランク、アイリスがCランクだったはずだ。どうでもいいがドドスコ達はDランクである。
「もちろん、緊急事態ということはわかっています。ですが……規則ですし、私はあなたを中層に送る事はできないんです。でも、ご安心ください。私の知っている冒険者の全員にユグドラシルの葉を持っている方がいないか聞いてみます」
セイロンさんが優しく言いきかせるように言ってくれる。だけど、ユグドラシルの葉が見つかる可能性は少ないだろう。先ほどいったようにレアアイテムなのだ。望みは薄いだろう。
だったらどうすればいい……マイナス召喚で治療に仕えそうなものをピックアップする。
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霊水 消費LV30
万能薬 消費LV45
エリクサー 消費LV60
???
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霊水とは生命力を回復する霊力の篭った水で、クレア姉さんを救うために役にたちそうなのは万能薬だろう。だがだまだレベルが足りない。彼女の容体は一刻も争う。ブリュンヒルデの力を借りて一気に中層の魔物を倒して一気に突っ込みたかったのだが……
「もしも、Cランク以上の人とパーティーを組めば、中層に行くことも可能ですが……」
「パーティーですか……」
セイロンさんのせっかくの提案だが俺は渋い声をあげてしまった。昔とは違いドドスコを倒すところを見せた今ならばパーティーを組んでくれる人間もいるかもしれない。
だけどさ……それまではドドスコほどではないがほとんどの人間は俺を馬鹿にしていたのだ。今更信じられるかよ。それに、仮にパーティーを組んだとしても新参の俺のお願いを聞いてくれるだろうか?
「話は聞いたわ。アレイスター、私とパーティーを組まない?」
俺が四層の魔物を片っ端から倒してレベルをあげるしかないと思っている時だった。救いの言葉がかけられたのだった。
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救いの手をくれたのは誰なのか?
アレイスターくんの大切な人を助けるための冒険が始まります。
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