第4話 変わりゆく認識

 目を覚ますと体中が筋肉痛のように痛かった。その痛みで意識が覚醒した。目を開けることもできずひたすら痛みに耐え続けていが、しばらくするとその痛みも我慢できるところまで鎮まってきた。少しは考える余裕ができたので、なぜこのような事態になっているか思考を巡らせた。筋肉痛になるようなことでもしたかと記憶を辿ると、昨夜変わった夢を見ていたことを思い出した。


 ゲームの世界を主人公として体験する。子供が空想して憧れるような夢だ。


 そういえばあのゲーム、目当てのキャラクターが出るまで何度も何度もリセマラをした記憶がある。そのせいでオープニングを数十回も見るはめになったのは今としては笑い話だ。当時は苦痛だったがそのおかげでセリフなどを覚えていたと思うと、何が役立つかわからないものである。

 結果として最後はうやむやになってしまったが、彼女の笑顔が見ることができた。それだけであの夢はいい思い出となった。あんな感じの幼馴染でもいれば、今の人生も少しは良かったのかなと妄想をしてしまう。

 そうだ。今日の空き時間にでも久々にあのゲームのオープニングムービーでも視聴するか……唯一彼女が登場する動画だし。そんな予定を頭に描きながら、目を開けて枕元にある時計の方へ視線を向けた。

 そこにはいつも見る時計がなく、視線の先にある壁も自分の部屋のものではなかった。

 

(……んっ? …………んっ!)

 

 その光景の意味を理解した瞬間、目を見開いた。同時に言葉にできない焦燥感に駆り立てられ急いで周囲を確認した。そこには先程見た夢と全く同じ部屋が映っていた。

 

「……えっ、……なんでまだ夢の中」

 

 普段言わない独り言をつぶやくほど今の状況に困惑があった。自分の頭が作り上げた夢の世界。それが目を覚ました後も続いている。

 

(……ありえない、なんなんだこれ)

 

 それが率直な感想だった。体の感覚は現実とそう変わらないように感じる。妙な違和感はあるが、少なくとも先程の痛覚だけは今もまだ覚えている。

 

(今の状況は何だ、まだ夢の中なのか。それとも今が……現実?)

 

 意識を失う前は夢に違いないという強い思い込みで多くの違和感を無視してきた。だがその考えに疑問を持った今だと、現実であるという可能性が生まれてきた。しかしそれでもこんな非科学的なことがあるだろうか。まだ自分がおかしくなったという方が理解できる。


(あれ、そういえば頭痛がない)


 夢の間ずっと悩ませていた頭痛がなくなっていた。そのおかげ思考能力も普段と変わらず正常になっている。そして冷静になった頭が告げている。これは現実に近い何かだと。



 コン、コン、コン

 

 

 考え事に没頭していると扉から来客を知らせるノックの音が聞こえた。前回と違い普通のノックだったが、彼女の件があったせいで体が緊張してしまう。自分が混乱の中にいるので開けたくはなかったが、それをためらったせいで状況を悪化させた経緯がある。今が夢か現実か判断が付かないため仕方なく扉を開けにいった。憂鬱な気分で扉を開けると、そこにいたのは爽やかな印象を持つ青年が立っていた。

 

(……誰だ、この男は)

 

 また覚えのない人物が現れた。記憶だけでなくあのゲームのことも振り返ったが該当する人物は出てこない。疑惑の目で彼を見てしまったが、彼は特に気にせず開口一番に体調について問いかけてきた。

 

「大丈夫かアレス。体の具合はどうだ? ディーテと別れる時に気を失ったから心配したぞ」

「……ああ、体は……平気、ちょっと痛いけど大丈夫」

 

 彼からの問いかけに対して慎重に答えた。どうやら彼の口ぶりからあの夢の続きで間違いないようだ。彼は親しげに声をかけてきたが、関係がわからない以上答え方には凄く悩んだ。家族なのか、友人なのか、それともただの知り合いか。とりあえず先程の返答で不快な感情が表れなかったので敬語でなくてもいいと判断した。相手の顔色を窺いながら返答するなんて、もはや現実にいる時の自分だなと心の中で苦笑を漏らした。

 

「おいおい、本当に大丈夫か。つらかったら寝てていいぞ。今日の仕事は俺が代わってやるから」

 

 彼は微笑を浮かべながらそう言った。その雰囲気はどこか彼女に似てこちらを安心させてくれるものだった。そんな彼に対して感謝の言葉を口にした後で、彼女との別れの際に起きたことを聞いてみた。

 

「ああ、あれか。お前の告白が台無しになった件な。……いや、この言い方は精霊神様に対して失礼だな。とりあえず祝福を授かった件な。あの後ディーテのやつ、すげえ笑顔になって、お前に『待ってる』って伝えてほしいって言ってたな」

 

 どうやら自分が気を失った原因である空からの光は、精霊神からの祝福だったらしい。なんだそれはと疑問が浮かんだ。しかしあのゲームの設定と結びつけることによって理解ができた。

 『精霊神の祝福』、人口の約一割が授かることができる選ばれし加護。たしかにゲームでも同様の演出で主人公に祝福が付与されたが、あれはもっと先の場面だったはず。間違っても別れの時ではないのはたしかだ。

 

 そんな祝福の件も大事だったが、彼女に対して行ったことの結果も気になってしまった。あの時は意識が朦朧としていたので聞き間違えかと思っていたが、第三者からの確認が取れてたことで改めて達成感が込み上げてきた。これでもうこの夢に思い残すことはなかった。なのでいつ目が覚めても問題がない。むしろここで目が覚めてほしかった。だがそんなことは無理だろうと内心諦めていた。すでに心がこれを現実だと思いかけていたから。

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