第3話 別れと転機

 出発の準備が整ったので彼女に会うため集合場所へ向かった。準備といっても家の中に鏡が無かったので心の準備をしただけだったが。


 家を出てから考えることは、この夢についてのことだった。すでに夢が始まってから体感時間的にかなりの時間が経過している。それなのに全然覚める気配がない。意識の有無の違いはあるが、今までの経験だともう覚めていてもおかしくない頃合いである。やはりこの夢はどこかおかしい。可能なら夢から覚めたいと思うが、そんな方法など学んだことがない。結局何も思いつかず、なるようになると思考を放棄した。


 村の入口と思われる場所に着くと複数の馬車が駐車しており、農作物などの積み込みを行っていた。そして馬車から少し離れた場所には人だかりがあり、人垣によって見えないがあの中に彼女がいるのだろう。知らない人達をかきわけて前に出るのは少しためらいがあったが、ここは覚悟を決めるため一度深呼吸をした。そして彼らに気後れしないように近づいた。人垣に近づくと一部の人たちが自分に気が付き、その人たちから次々と声をかけられた。

 

「おお、アレスがようやく来たぞ!」

「こんな大事な日に寝坊するとは……、やっぱりディーテちゃんがいないとあの子は駄目なのかね」

「アレス兄ちゃん……いくらディーテ姉ちゃんとお別れだからって、寝坊して気を引くのは子供っぽいよ」

 

 多種多様の言葉が飛んできた。純粋に到着を待っていたものから半ばあきれているものまで。それでもどこか親しみのようなものが感じとれた。その声を聴いた他の人たちも自分のために中心への道を開けてくれた。そしてその先には年配の男性と会話をしている彼女がいた。


「村長! ディーテちゃん! アレスが来たよー!」


 村の誰かが大声で自分が来たことを知らせてくれた。彼女は自分に気が付くと会話を切り上げ、大きく手を振りながら存在をアピールしてくれた。先程は騒動があって落ち着いて眺めることができなかったが、改めて見てもやはり彼女は可愛かった。ボーイッシュな感じで金髪碧眼の容姿は、自分が見慣れないこともあり凄く魅力的に感じる。しかしあまりにも容姿が良すぎるせいで、現実では無縁だろうなと悟ってしまう。そんなことを考えながら歩いていると不意に頭痛が生じる。

 


 ――別れの言葉を交わす彼女、悲痛な表情のアレス――

 


 断片的情報が頭を強くよぎった。脳裏に浮かんだ場面は今の状況と酷似している。やはり自分は彼女を、いやこの夢の世界を知っているのか。生まれた疑問に対して意識を向けた瞬間――


「……アレス?」

「――ッ」


 突然の呼びかけに目を見開いた。無意識の内に進んでいたのか、いつの間にか彼女の前に立っている。これはまずいと血の気が失せた。心の準備が全く出来ていない。先程まで聞こえていた周りの喧噪けんそうも、今は誰も口を開いていないのか嫌なくらいに静かであった。注目が自分に集まっており、自分の表情が強張っていくのがわかった。そんなどうしようもない状況を解決してくれたのは彼女の方からだった。


「……遅いぞ、この寝坊助!」


 そう言って上目遣いでこちらを覗き込みながら、お茶目な態度で中指と親指を使い自分のおでこを叩いた。いわゆるデコピンだ。

 

「――痛っ」

 

 彼女は叩いた後、固まっていた自分をたしなめるかのように愛嬌のある笑顔で迎え入れてくれた。ここまでされれば自然と言葉が出てきた。

 

「……ああごめん、面倒をかけて……」

「そんなんじゃ、ディーテちゃんのいない明日からが思いやられますねぇ……」

「……そうだな」

 

 彼女はにやにやと笑いながらからかってきた。今の醜態を考えればまさにその通りだなと相槌あいづちを打った。初対面の怒っていた時とは違い、気さくな態度で親しみを感じさせる雰囲気だった。その態度は出会う人すべてが好意を抱くだろうと思わせるほどだった。そんな彼女が真面目な顔をして――

 

「これからは自分一人でちゃんと起きるんだよ、この寝坊助さん。もう私が面倒見れないんだから、だから……これからは村のみんなに迷惑をかけないように!」

 

 村の人たちを示すように彼女は両腕を大きく広げた。彼女を取り巻く状況が理解できてきた。彼女はこれから村を出るのだろう。おそらく一人で。住み慣れた地から旅立つ分、不安は彼女の方が大きいはず。それなのに彼女は自身のことより相手のことを心配してくれた。その相手がこの体の持ち主でも、今は自分である。そんな彼女に対して何かしてあげたい気持ちが生まれるのは必然だった。しかし彼女のことはほとんど知らなかった。なので彼女の言葉の一語一語を集中して耳に入れた。彼女の言葉を聞くたびに先程感じた既視感が強くなってくるから。

 

「世界の平和は、『勇者』に選ばれた私が救う……。だから……だから…………村で大人しく私の帰りを待っていればいいのよ」

 

 彼女は両手で自分の手を包みこむように握り、そして微笑んだ。

 

「……私は一人で……大丈夫だから」

 

 手から震えが伝わってきた。気持ちを察するのが苦手な自分でも、今の彼女が強がっていることがわかる。語られた言葉の一部は理解できないが、優しく自分を気遣ってくれているのもわかる。わかってはいるが彼女には何も返せない。返すべき行動がまだ浮かばないから――

 

 握られた手が解放され、自由になった彼女の右手は手のひらを広げ横に振られた。

 

「それじゃあ……バイバイ」


 そして、泣き笑いのような表情で最後の言葉を口にした。

 その一言、その表情で頭の中でくすぶっていた疑問がようやく解けた。

 

(――思い出した。あの場面だ。あのゲームのオープニングだ――)

 

 きっかけを得ることで、怒涛どとうのように情報が頭の中を埋め尽くした。これは普段からプレイしているスマホのゲーム。三年前から続けていたゲームの一場面だった。そして思い出したとはいえ、すでに状況は終盤を迎えていた。このままでは原作通り彼女とは別れてしまい、この場面が終わってしまう。おそらくこの夢もそこで覚めるのだろう。


 先程の別れのセリフ、この場面での最後の会話であり、原作における彼女と主人公の最後の会話でもある。あのゲームの始まり、主人公が村を出るきっかけは彼女が命を落としたことが原因だから。彼女の出番はこの瞬間のみ。主人公に世界を救う動機を植え付けるための舞台装置、それが彼女の役割だった。

 当時、この場面は何度も見たが三年前の出来事だ。彼女の存在も忘れていた。

しかし今は違う。自分の想像も脚色もあると思うが、彼女と触れ合い感情の機微を知ってしまった。ディーテというキャラクターに愛着を持ってしまった。ならばやることは一つだろう。

 シナリオの改変。夢の中なのでただの自己満足だが、これが成功すれば今日の目覚めは間違いなく最高になる。この場面において彼女のためにできることは一つしかない。彼女の隠していた本心に主人公が応える。彼女への感謝はそれを持って返そう。

 

「ディーテ!」

 

 初めて呼ぶ彼女の名前。名前を呼ぶことに照れがためらいがあったが、そんな感情は押し殺して主人公になったつもりで叫んだ。

 

「……んっ、どうかした?」

 

 一見して何でもないような顔をしている彼女。本心がわかっている今としては痛々しく感じる。彼女の心情はオープニングの最後、主人公に届けられた手紙が語っていた。本当は一人で王都に行くことが不安だったこと。主人公についてきてほしかったこと。そして別れの日に何も伝えられなかったこと。それらを後悔する記載がされていた。この夢がゲームの通りならば彼女は一緒に来てほしいと心の中では望んでいるはず。それならば――

 

「守るから! お前を! 俺は強くなる! お前を守れるほど強く! だから……だからっ!!」

 

 叫んだ、全力で叫んだ。大勢の前にいることも考えずただ感情を爆発させた。主人公も後悔している描写があった。一緒についていくことはできなくても、彼女の後を追うことはできた。それなのに『勇者』という肩書の前に尻込みして何も出来なかったこと。その時の気持ちを想像して、胸の内からあふれる感情をそのままに吐き出した。彼女が望む言葉。そして主人公が伝えたかった言葉。馬車が去って一人寂しく虚空につぶやいたあの言葉を――

 

「俺が迎えに行く……その時まで、待ってろ!」

 

 視線の先にいる彼女は微動だにせずに固まっていた。彼女の様子を眺めていると震える唇から何か言葉を紡ごうとしていた。その言葉を聞き漏らさないように集中した瞬間、――空から光が降ってきた。

 

「――ッ!!」

 

 視界一面が白一色に染まり、体が、存在が、すべて破壊されるような衝撃があった。体感時間にして数秒か、数分か、それ以上か。光が収まった時には衝撃で体の自由がきかず意識は飛びそうになっていた。

 

(なに……これ……、こんなの…………あり……か)

 

 想定外の事態、こんな展開は予想していなかった。原作に無い展開とはいえこの結末はひどい。所詮は夢かと薄れゆく意識でそう思った。膝から崩れ落ちる体、ざわつく村人の声が遠くに聞こえた。せめて夢から覚める前に一目でもと思い顔を上げた。

 そこには晴れやかな表情をした彼女が自分を見つめていた。

 

「……わかった、待ってる。……だからちゃんと迎えに来てね、アレス――」

 

 そんな感じの言葉が耳に届いた気がした。はっきりとわかるのは彼女が微笑んでいたぐらいだ。とりあえず笑ってくれたのならもう未練はなかった。そして今度こそ抗うことなく意識を手放した。

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