48 『魔妖星』

「『狐火球ファイアボール』」


 フォクスフォリアが短縮詠唱の炎弾を放つ。

 魔法名からして、ミーシャもよく使う初級魔法の『火炎球ファイアボール』と大して変わらない魔法だろう。

 けど、初級魔法にしては強すぎるぞおい!?


「ぬぉおおおおおお!!!」


 俺は雄叫びを上げながら炎弾を盾で受け止める。

 たかだか短縮詠唱の初級魔法を受け止めるにも雄叫びがいる。

 盾に着弾して爆発した炎弾による衝撃は、かなり気合いを入れて踏ん張らないと吹っ飛ばされそうになる。

 炎っていう質量の無い攻撃でこれとか冗談じゃねぇ!

 10トン越えの専用装備が無ければどうなってたことか……。


 けどな!


「玄無に比べれば!!」


 あの町を根こそぎ消し飛ばした天災ブレスに比べれば、まだマシなんだよぉおおお!!

 そうやって自分に喝を入れて、フォクスフォリアの一撃を完全に止める。

 腰を落とし、盾を斜め上に傾けて構え、炎の爆発を上に受け流しつつ、下向きにかかる力を足腰で踏ん張って耐える。


「やるもんやな。ほな、まだまだ行くで」

「ぐっ……!」


 だが、それで終わらない。

 ふざけたことに、フォクスフォリアは詠唱魔法を使いながら、同時並行で無詠唱魔法のグミ撃ちができるみたいなのだ。

 今も洒落にならん威力の炎弾と同時に、無数の火の玉がマシンガンのように飛んでくる。

 その火の玉の一つ一つが、ミーシャの完全詠唱の火球球ファイアボール以上の威力なんだから、本気で冗談じゃねぇぞ!


 しかも、町の方からもまだ魔法が飛んできてるのだ。

 フォクスフォリアは、それを全て炎の壁で相殺しながら俺達の相手をしている。

 二面刺しでこの強さ。

 端的に言って化け物だぜ、ちくしょう!


「助太刀しよう! 『凍てつけ、霜の斬撃』━━『氷結斬フリージング・スラッシュ』!」


 と、そこでバロンが俺の後ろから飛び出した。

 多少なりとも炎を相殺できる氷の魔法を剣に纏わせ、その剣でマシンガンのごとき火の玉の連打を受け流しながら前に出る。

 おお! 凄いぞ、バロン!


「『狐火球ファイアボール』」

「ぬ!? そ、それは無理だ!?」


 かと思えば、短縮詠唱の炎弾をどうにもできずに、慌てて俺の後ろに戻ってきた。

 何しに行ったんだよ!?

 いや、特攻して死なれるよりはいいんだけども!


「『焼けろ、焼けろ、焼けろ。熱を孕んで燃え上がれ』」


 けど、バロンの行動で、多少なりとも気は引けた。

 俺達の攻防の裏で、ミーシャが静かな声でゆっくりと詠唱を進める。

 そう、ゆっくりとだ。

 無詠唱や短縮詠唱とは真逆。

 一節一節丁寧に、言霊の一つ一つにまで気を配って、ミーシャは魔法を紡ぎ上げる。


 丁寧な仕事は、時間と引き換えに普段より遥かに魔法の質を向上させていく。

 ミーシャを中心に渦巻く魔力の膨大さは、魔法なんて欠片も使えない俺でもわかるほどに凄まじい。


「へぇ。他にも骨のあるのがおるみたいやな」


 しかし、それは向こうにもバレた。

 ミーシャを脅威認定したのか、フォクスフォリアは未だに降り注ぐ城壁からの魔法への対処の手を緩め、その分のリソースを俺達に向けた。

 密度を増した炎の雨が俺に降り注ぐ。


「おおおおおおお!!!」


 足が浮く!

 上体が起きる!

 耐えろ!!

 何のためのカンスト防御力だ!!

 いくら壊れなくても、簡単に引っ剥がされる防壁に価値なんてねぇぞ!!


「今度こそお役に立とう! 『凍てつけ、霜の大地』! ━━『氷結フリーズ』」


 バロンの氷魔法が前方一帯に向けて放たれた。

 それによって、僅かにだがフォクスフォリアの炎が相殺される。

 少しだけ楽になった。


「ユリア殿、どうかね!」

「助かる! 焼け石に水くらいには楽になった!」

「それ、殆ど役に立っていないという意味ではないかね!?」


 細けぇことは気にすんな!


「アカン。こら、間に合わんわ」

「『火炎となって燃え広がれ。汝、炎の龍の化身なり』」


 そんな俺達の奮闘もあって、ついにミーシャの魔法の詠唱が完了。

 よっしゃぁ!!


「やってやれ! ミーシャ!!」

「『火龍の息吹フレイムブレス』!!」


 ミーシャの魔法が放たれる。

 いつもより強烈な大火炎の奔流が、フォクスフォリアに迫る。

 あの四大魔獣の一角にすらダメージを与えた魔法。

 何度も何度も繰り返したとはいえ、それでも最終的にはあの玄無に大火傷を負わせた魔法。

 それが……。


「『焼き払え、真紅の弾丸』」


 フォクスフォリアの魔法に。

 力の三将という化け物の魔法に。


「『狐火球ファイアボール』」


 真っ向から迎撃され……押し負けた。

 大火炎の奔流を引き裂くように、青白い炎の弾丸が宙を走る。

 二つの炎はぶつかり合い、互いに大きく威力を削がれた。

 ミーシャの炎は二つに裂かれ、俺のところまで届いたフォクスフォリアの炎弾は、簡単に受け止められるくらい弱々しい攻撃に成り果てた。

 それでも、奴の魔法は俺にまで届いたのだ。

 ミーシャの最高火力、渾身の一撃を打ち破った後で、なおも俺の盾にまで届いたのだ。


「そ、そんな……!?」


 ミーシャの絶望の声が聞こえる。

 いくらこの戦いで初めての完全詠唱とはいえ、どう見ても下級の魔法に全身全霊を打ち破られたんだ。

 そのショックは、いったいどれほどのものか。

 考えるだけで胸が痛む。


「やるやん。賢者の爺以外で、ウチに完全詠唱を使わせた魔法使いは久しぶりや」


 フォクスフォリアは褒める。

 簡単に打ち破った相手を、上から目線で称賛する。


「けど、━━まだまだやなぁ。あんたには百回戦っても負ける気がせぇへん」

「ッ!?」


 ギリッと、ミーシャが歯を食いしばる音が聞こえた。


「さて、今のが切り札なら、もうあんたらにウチを倒せる手段は無いんと違うか?

 こっちもそのアホみたいな頑丈さには嫌気が差してきとるけど、星のため、人類滅亡のため、いっちょ耐えられんくなるまでやって姿焼きにしたるわ」


 そうして、フォクスフォリアは再び魔法の発動準備に入った。


「『焼けろ、焼けろ、焼けろ。熱を孕んで燃え上がれ』」


 ゾッとした。

 完全に背筋が凍った。

 フォクスフォリアが歌い始めた詠唱は、とてつもなく聞き覚えがあり過ぎる。

 今まで一番頼りにしてきた魔法。

 あの玄無に傷をつけた、ミーシャの最高火力。

 それをミーシャより遥か格上のフォクスフォリアが使ったらどうなるか。

 もう冷や汗しか出ない。

 多分、俺は無傷だと思うんだが、皆を守り切れる自信が無い。

 トリックスターからぶん取った身代わりの腕輪という奥の手はあるが、それもどこまで耐えてくれるか……!


「『火炎となって燃え広がれ。汝、炎の龍の化身なり』」

「ラウン! 私のマントを!!」

「は、はい!」


 それでも少しでも皆の生存率を上げるべく、俺は炎に強い耐性のあるマントで皆を包ようにラウンに頼んだ。

 頼むぜ、世紀末エプロン。

 あんたの作った装備の力、信じてるからな!


「『狐火版・火龍のフレイム……ッ!?」

「!?」


 だが、その瞬間。

 突如、遠方から飛来した『雷』が、フォクスフォリアに襲いかかった。

 凄まじい威力の雷撃だ。

 それこそ、玄無のブレスですら相殺できるんじゃないかってレベルの。

 フォクスフォリアは慌てて俺達に放つつもりだった魔法を雷撃の迎撃に当て、次いでそれが飛んできた空の彼方を睨んだ。


「賢者の爺……! これからっちゅう時に……!」


 忌々しそうに悪態をつき、妖狐の魔物は俺達の方を見る。


「さすがに、一人であの爺と、あんたらと、町の奴らを同時に相手できると思うほどウチは慢心してへん。ここは撤退させてもらうわ」

「……本当なら『待て』と言いたいところなんだがな」


 防戦ならともかく、こっちから攻めてフォクスフォリアを足止めできる気がしない。

 俺が動いて守りが緩んだ瞬間、仲間達が消し炭にされて終わりだろう。


「いずれ決着つけようや。できれば、ウチの手で殺せることを祈っとるで。ほなな!」


 そう言って、フォクスフォリアは目眩ましのような大爆炎を放った。

 無詠唱で、威力は大したことない。

 それでも直撃したらバロンでも重傷を負いそうだが……。


 つまり、俺はその攻撃を防ぐために足を止めるしかなく、城壁の上の人達も炎に視界を塞がれて奴を捉えられず……フォクスフォリアはまんまと逃走に成功した。


 大陸北部での魔王軍との初戦。

 玄無の時と違って死者は出なかったものの、それでも内容的にはほぼ完敗。

 敗北の連続は、俺達の心に暗い影を落とした。

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