37 哀れな破壊者

 ユリアの記憶に、この町に来た記憶はない。

 ということは俺の記憶、ゲームの方だろう。

 言われてみれば確かに、こんな感じのイベントがあったような、無かったような。

 だが、もしあったとするなら……。


「あのリーダーの男を止めるぞ! 裏に魔王軍がいるくらいの想定でいく!」

「「!」」


 俺は声を上げて、二人に不健康男の方を注視させた。

 ゲームのイベントは殆どが魔王軍関係。

 なら、これもそうかもしれない。

 俺がその結論に至ってしまえば、魔王憎しのユリアの意思が止まってくれるわけがない。


「邪魔をするな、ヒゲ男!!」

「邪魔をするとも!! 君の気持ちはわかる! だが、私には人を守る紳士として、君を止める義務がある!」

「何が人を守る紳士だ!! 俺の気持ちがわかるだと!? ふざけるな!! 貴様に俺の絶望の何がわかる!?」


 不健康男とバロンが激しくぶつかり合う。

 俺達はすぐに加勢に行こうとしたが、させじとスーパー貧民星人に覚醒した人達の何割かがこっちに押し寄せてきて、その対処に少し手間取ってしまった。

 殺していいなら簡単なんだが、垣間見えるこの人達の背景を思うと、どうしても剣が鈍ってしまう。


 さすがに、仲間が死にそうとかなら俺もユリアを覚悟を決めただろうが、少し時間をかければ普通に殺さず制圧できるってレベルなので、どうにも覚悟が固まりきらない。

 これなら不殺に振り切って、剣じゃなくて拳で対応した方がマシだ。


「せい!」

「かはっ!?」


 というわけで、殴った。

 腹パンを連打して、殺さずに無力化していく。

 許せ、スーパー貧民星人の皆さん。


「クソのような人生だった! この町の最下層であるスラムで生まれ、ロクに飯も食えずに育った!

 知っているか? この町が一見綺麗で優雅に見える理由を! 

 それは俺達のような汚い奴らを、一箇所に纏めて見えづらいようにしているからだ!」


 不健康男がブチギレ、唾を飛ばしながら叫ぶ。

 叫びながら黒い水弾を乱射する。


「ゴミ溜めに住む奴らには、這い上がるチャンスすら与えられない!

 ほんの僅かなはした金と引き換えに、キツくて辛い重労働ばかりをやらされる!

 労働で死んだ奴がいる! 金が足りずに飯を買えなくて餓死した奴もいる!

 なのに、俺達の労働が生み出してるはずの『幸福』を、上の奴らは奪っていって、ブクブクと肥え太るまで貪りやがるんだ!!」


 不健康男の黒水の砲撃が、ガードし切れなかったバロンをふっ飛ばす。

 バロンはすぐに態勢を立て直したが、無詠唱魔法という圧倒的な速度による攻撃に、徐々に追い詰められていく。


「なあ、良い服を着てる紳士様よぉ! お前は死の目前まで餓えたことがあるか!? 体がぶっ壊れても働かされたことがあるか!? 生きるためのはした金を巡って、昨日まで仲良くしてた友達と殺し合ったことがあるか!? 無いんなら、軽々しく俺の気持ちがわかるなんて言うんじゃ……」

「ある!!」


 バロンは不健康男の言葉に、迷いなく「ある!」と返した。

 不健康男が一瞬ポカンとした顔になる。

 その間に、バロンは完全に態勢を整えた。


「私は大陸南部の紛争地帯の出身だ! 幼少の頃は君のような生活を送っていたとも! 君と同じような思想に取り憑かれたことが何度もあったとも!」

「!? なら、なんで俺の行動を否定する!?」

「君の行動が未来に繋がらないからだ!!」


 バロンの飛翔する氷結の斬撃が不健康男に迫り、黒い水の壁がそれを止める。


「暴れて、壊して、その先には何も残らん! 君の行動が最高の結末を迎えたとしても、残るのは多くの無関係な人々の屍と、せせら笑う魔王のみだ! 私はそれを座して見ていることなどできはしない!」

「ッ!? そんなの……」

「ああ、そうとも! こんなものは救われることができた者の戯言だ! 本当に辛い時は、全てを道連れに破滅してしまいたくなる! よくわかっているとも!」


 バロンはそう言って、黒い水の弾丸を斬り落としながら前進した。

 不健康男との距離を詰めた。

 距離が縮めば体を掠める弾丸も増え、我が身を傷つけながら、それでもバロンは不健康男に手を差し伸べるように距離を詰めた。


「だからこそ、私は君に手を差し伸べねばならない! 私があの方に救われたように、私は君を救わねばならない! そのために私は紳士を目指したのだ!!」

「!?」


 バロンが前進する。

 その凄まじい気迫に、不健康男は飲まれてるように見えた。

 黒い水の動きが精彩を欠いていく。


「私はまだまだ無力。だが、手が届く範囲には必ず手を差し伸べると決めている! 偽善だろうとなんだろうと、それで救われたのが、かつての私だからだ!」


 バロンが前進する。

 体がどんどん傷ついていく。

 しかし、代わりに不健康男はもう目と鼻の先だった。


「君が、君達が救われる方法を考えよう。既にやらかしてしまった以上、メサイヤ神聖国は君達を許すわけにはいかないだろうが……」

「う、あ……」

「そうだ! このまま西部に逃げてしまうのはどうだろう? 町長も死んで混乱しているし、今なら君達は私が討ち取ったということにして、この国から逃げられるかもしれない。うん。名案じゃないかな?」


 バロンはお茶目にウィンクしながら、なんでもないことのように不健康男に解決策を持ちかける。

 メサイヤ神聖国側の人間としては褒められたことじゃないんだろうが、しかし所詮は無法者の冒険者。

 依頼は受けても権力に縛られてないのなら、そういうこともできる。

 実際、ユリアやミーシャが冒険者の道を選んだのも、しがらみに囚われないフットワークの軽さが理由だし。


「西部に行くなら、私も適当に理由をつけて、しばらくは同行しよう。君達が落ち着ける良い国を探そう。

 恨みを捨てるのは大変だろうが、頑張って未来に繋がる道を選んでみないかい?」

「…………は、はは。なんなんだよ、あんた。滅茶苦茶だな」

「滅茶苦茶で結構。恩師にも、この道を貫いてほしいと言われているものでね」


 不健康男の体から力が抜けた。

 黒い水は、もう出てこなかった。


「初めてだ……。そんなボロボロになってまで、手を差し伸べてくれた奴は……」


 不健康男は泣き笑いのような顔でそう呟いて……戦いをやめた。

 バロンは、この哀れな襲撃者を斬ることなく戦いを終わらせてみせた。

 自暴自棄になった奴の癇癪を、体をボロボロにしながら受け止めて、強引に近づいていって、無理矢理寄り添って、あまりの気迫と強引さで根負けさせてしまった。


「いや、主人公か」


 思わずツッコミが出る。

 いや、だって、そうとしか言いようがなくないか?

 これは正しい選択じゃない。

 町の長をぶっ殺した罪人を見逃そうっていうんだし、むしろ間違った選択だろう。

 それでも、ルールだとかなんだとかを、強い信念のもとに「知ったことか!」と蹴り飛ばして、苦しんでる人を救う。

 ホントに、どっかの漫画の主人公やってそうな逸材じゃねぇか。

 これが本当にゲームのイベントだったんなら、勇者の出番どこいったって話である。


「ハハッ」


 不健康男は、そんな主人公バロンを見て愉快そうに笑い。


「ああ…………あんたとは、もっと早く会いたかったなぁ」

「む? それはどういう………ッ!?」


 その時。

 突如、不健康男の腹を突き破って、凄い勢いで巨大な何かが飛び出してきた。

 うげぇええええ!?

 絵面グロッ!?

 でも、そんなこと言ってる場合じゃねぇ!

 不健康男の腹から出てきた何かは、鞭のようにしなってバロンを襲い、彼は咄嗟に剣で防いだものの、防ぎ切れずに吹き飛ばされる。

 Sランク冒険者が力負けした!?


「ぐっ!?」

「バロン殿!!」


 そうして吹き飛んだところに、鞭のようにしなる何かは、トドメとばかりにバロンを攻撃しようとした。

 ようやくスーパー貧民星人達を制圧し終えた俺は、全力ダッシュでバロンの前に飛び出して、鞭もどきを防ぐ。

 重っ!?

 甲冑ゴーレムの攻撃より重いんだが!?


「あー、あー。まったく、人間は使えない」


 そして、突き破られた不健康男の腹の中から、ヌルヌルとした何かが這い出してきた。

 うげぇええええ!?

 より一層グロいぃぃ!?

 冒涜的すぎて吐きそう……!

 でも、そんなこと言ってる場合じゃねぇ!(二回目)


 腹の中から出てきた何か。

 そいつは、八本の触手を持つ化け物だった。

 そいつは、腹から出てきてノソノソと移動し、不健康男の頭にヘルメットのように装着された。

 その姿は…………どう見ても『タコ』だった。


 タコのヘルメットを被った人間としか言えないような、ネタ全開の姿。

 それを見て、俺の中の既視感がハッキリとした形を持つ。

 いた!

 確かに、こいつはゲームにいた!

 登場するシチュエーションは全く違うけど!


「な、名も知らぬ同胞よ……!? おのれぇ!! 貴様、何者だぁ!!」


 不健康男を殺され、その体を乗っ取られ、バロンが憤怒の声を上げる。

 それを見て、タコは不敵に名乗りを上げる。


「魔王軍幹部『八凶星』の一人、知恵の五将の一角『洗教星』オクトパルス。覚えておくといいタコ」


 語尾までタコ。

 ふざけてるとしか思えないのに、感じる威圧感は、名乗った肩書に相応しいほどに強大。

 ネタキャラ女騎士の前に新たに現れた敵は、ネタにしか見えないタコだった。

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