36 『地神教』

「邪魔をするな……。コソコソと嗅ぎ回ってる奴らといい、本当に鬱陶しい……。世界はどこまでも俺の邪魔をする……。辛い……苦しい……」


 ボソボソと呟きながら、とてつもない負のオーラをまき散らす不健康男。

 そのオーラが形になったように、奴の体から噴き出した黒い水が不気味にうごめき、大砲のような高圧水流の一撃となって襲いくる。


「あ、あれはマズくないかね!?」

「問題ない!」


 俺が盾をかざして高圧水流を受け止める。

 超耐久と超体重を合わせ持った今の俺は戦車だ。

 この程度ならビクともせんぞ!


「『焼き払え、真紅の弾丸!』 ━━『火炎球ファイアボール』!!」


 そして、ミーシャが反撃。

 再びの炎弾で、水鉄砲発動中の不健康男を狙う。

 しかし、奴は即座に水鉄砲から水の壁に魔法を切り替え、防いでしまった。

 無詠唱の厄介さをヒシヒシと感じる。

 あれ、魔法使いの弱点を完全に無くしたチートじゃねぇか!


「ん?」


 と、その時、変な臭いがあたりに漂ってることに気づいた。


「なんだ、この臭いは……?」


 あ、もしかして、ミーシャの炎で蒸発して気化した黒い水か?

 どっかで嗅いだことがあるような無いような、変な臭い。

 一つだけ言えることは、結構臭いってことだ。

 もしや毒か!?


「ミーシャさん、バロンさん!」


 その危惧をラウンも抱いたのか、俺の腕から飛び出して、さっとバックパックの中から回復薬ポーションの瓶に入った液体を取り出し、ミーシャとバロンに投げつける。


「対状態異常用の予防薬です! 無いよりはマシなので、飲んでおいてください!」

「助かるわ!」

「いや、準備良すぎないかね!?」


 ミーシャはすっかり慣れた様子で予防用ポーションを飲み干すが、バロンは「こんなこともあろうかと!」を地で行くウチのドラ○もんに若干引きつった顔になっていた。 

 そうだよな。

 町中での大破壊を見て、なんで状態異常対策まで万全なんだよと思うよな。

 しかも、準備時間なんて殆ど皆無に等しかったってのに。


 だが、ラウンの恐ろしさはこんなもんじゃないぞ。

 予防用ポーションなんてホントに序の口。

 いざ、これを貫通してくる強烈な状態異常に襲われても、さまざまな治療手段を用意している。

 状態異常のみならず、あのバックパックの中身は、あらゆる不足の事態に備えたアイテムの山だ。

 地域によって手に入る素材は違うのに、ラウンは大抵の素材で似たようなアイテムを作り出してしまう。

 全ては、毎日毎日コツコツと研究と作業を続ける努力のおかげだ。

 元の世界に帰れたら、こいつを見習って毎日コツコツ勉強しようと思った。


 ちなみに、俺にだけ予防薬をくれなかったのは、別に意地悪されてるわけじゃなく、ここまでの旅路で猛毒を頭から浴びても平然としてる俺を見て毒されたからである。


「あっさりと止めた……。その上、反撃まで……。凄まじい才能……。羨ましい……羨ましい……」

「何が羨ましいよ! 無詠唱魔法ぶっ放してる奴に言われたくないわ!」

「違う……。これは、そんな良いものじゃない……」


 不健康男が、何故か忌々しそうに顔を歪め、一度飛び退いて俺達から距離を取った。


「聞け! 同志達よ!!」


 そして、バッと腕を広げながら、さっきまでのボソボソとした小声が信じられないほどの大声で、何やら語り出した。


「我らを苦しめていた町長の屋敷は壊れた! そして!!」


 不健康男が足下の瓦礫に手を突っ込み、そこから何かを取り出した。

 それは、豚のように肥えた男の死体だった。

 この世界に来たばかりの俺なら吐いてただろうが、この二年弱でこの世界に染まってしまった今では(以下略)。


「見ろ! 町長の死体だ! 俺達を苦しめていたクソ野郎の死体だ! 貴族は殺せる! 俺達から搾取してふんぞり返ってる豚どもは、抗えない絶望ではない! 殺せる相手なんだ!」

「「「おお……!」」」


 その時、不健康男の背後からこっちの様子を伺ってたっぽい連中が、誘蛾灯に誘われる虫みたいにフラフラと出てきた。

 誰も彼もがボロボロの恰好をして、薄汚れている。

 なんというか、貧民を絵に描いたような人達だった。


「俺達は戦える! 俺達は世の不条理に抗える! 力を合わせれば、邪魔をしてくるあいつらを倒して、諸悪の根源たる領主だって殺せる!」

「「「おお!」」」

「立ち上がれ、同志達よ! 一緒にこの腐った世界を壊そう! 『地神ガイアス』の祝福あれ!!」

「「「おおおおおおおおおおおおお!!!」」」


 貧民っぽい人達は、まるで洗脳でもされてるかのように、いっちゃってる目で歓声を上げた。


「な、なんだこれは!?」

「一帯が瓦礫の山に……!?」

「おい! あの男が掴んでる死体、町長だぞ!?」

「ということは……下手人はあの男か!?」


 そして、その瞬間、他にも結構な人数が戦場に乱入してきた。

 俺達を兵舎に連行したのと同じ制服。

 この町の兵士達だ。

 遅くね? とは言うまい。

 近くにいた兵士は、俺達が到着する前に軒並みやられて、そこらに死体として転がってるんだから。


「権力者の犬だ! まずは奴らを殺せぇ!」

「「「ああああああああああああ!!!」」」


 不健康男の号令によって、貧民っぽい人達が兵士達に襲いかかった。

 いや、さすがにそれは無謀だろ!?

 相手は比較的平和な地帯に配属されてる警備兵とはいえ、それでも正規の訓練を積んでる軍隊だ。

 どう見ても訓練なんてやってる様子もない、武器も持たない痩せ細ったの貧民の体で勝負になるわけがない。

 ……と思ってたんだが。


「うぉおおおお!!!」

「死ねぇ!! 俺達をゴミ溜めに押し込んだクソ野郎どもぉ!!」

「な、なんだこいつら!? 強い!?」

「ど、どうなって……ぐぁああああっ!?」


 貧民達は、予想に反して兵士達を圧倒していた。

 技術はない。武器もない。

 だが、身体能力がおかしい!

 一人一人がAランク冒険者グラン並みだぞ!?


 もちろん、必殺スキルや武器スキルの気配すらない、俺よりも遥かに酷い身体能力任せの戦い方だから、実際にやり合ったらAランク冒険者の圧勝だろう。

 それどころか、Bランク冒険者チャラ男でも複数人を相手にして普通に勝てると思う。

 だが、この町の警備兵と互角以上に戦うには充分すぎる力!


「な、なんですかあれ!?」

「強化薬……? 支援魔法……? いいえ、そんなわけない! あれだけの人数に配れる強化薬なんて手に入るわけないし、支援魔法にしては効果が高すぎるわ!?」

「おのれ!!」


 ラウンとミーシャは、理解不能の現象に絶句。

 バロンは全ての元凶と思われる不健康男に突撃していった。

 一方、俺は……


「この現象、やはりどこかで……」


 この町に来てから度々感じる既視感を、またしても感じていた。

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