35 黒水の襲撃者

「先に行ってくれ! 私達は装備を取ってくる!」


 金貨を叩きつけた直後、俺はバロンにそう告げて、ミーシャとラウンを両脇に抱えて走り出した。

 目的地は宿。

 俺はともかくとして、二人を護身用の最低限の装備しか持ってない普段着のまま戦いの場に出すわけにはいかない。


「速っ!? お嬢さん、本当に何者かね!?」


 背後から聞こえる驚愕の声を尻目に走る。

 やはりと言うべきかパニックに陥っている町の中を、人との衝突を避けるために屋根の上を通って走る。

 普段の重装備じゃ絶対にできないことだ。


「どう思う?」


 そして、俺は走行中に、二人の仲間にあの爆発をどう思うか問いかけた。


「地神教徒か魔王軍でしょうね。ただの魔獣って線はないと思うわ。防壁の外じゃなくて、町中でいきなりだったもの」

「僕も同意見です。さっき小耳に挟んだんですけど、町長の屋敷の方がやられたみたいですし、狙ってやったのなら地神教徒の可能性が高いかもしれません。ただ……」

「さっきの破壊の規模は上級魔法並み。一介の戦闘員にできることじゃないわ。地神教徒だとしたら、結構な使い手が交ざってることになるわね」


 二人は流れるように意見を出してくれた。

 知力の高い仲間が二人もいると本当に助かる。

 俺もこの手の分析ができないわけじゃないが、普通に苦手だからな。


「ふむ。なるほどな。最低でも魔法の達人。最悪は八凶星くらいを想定しておこう。絶対に油断するなよ」

「わかってるわ」

「了解です」


 そうして、俺達は宿に舞い戻り、各々の装備を身に纏った。

 俺は一年以上使い続けても、未だに大した傷すらついていない世紀末エプロン製の全身鎧。

 ミーシャはいつもの杖に、この前攻略したAランクダンジョンで手に入れたアイテム『護り手のローブ』を羽織る。

 体表に微弱な結界を常時展開してて、ザコの攻撃なら弾いてくれる有能装備だ。


 ラウンもいつもの登山家みたいなバックパックと色々吊り下がったベルトに加え、グラウンド・ロード時代からの相棒である最軽金属ミスリルの部分鎧、それとこれまたAランクダンジョンで手に入れた『俊足のレザーブーツ』を身につける。

 昔の仲間達の愛を感じる鎧と、スピードを上げるアイテム、一応は上がったレベルにより、最低限は個人で立ち回れる能力が身についている。

 少なくとも、ゴブリンにはもう負けない。


「というか、今さらだがお前達は留守番しておくか? 魔王軍ならともかく、地神教徒なら出張る義理はないだろう」

「先輩は行くんでしょ?」

「ああ。これでもまだ少しは、民草の盾である騎士のつもりだからな」


 なお、このセリフはもちろんユリアのものである。

 俺の意志?

 ハッハッハ。

 拒否権の無い奴の意見に意味などあるわけがなかろう(泣)


「なら、私達も行くわ」

「パーティーですしね。一蓮托生です」

「そうか……。感謝する」


 というわけで、俺達は全員揃って事件現場へと急行した。

 行きたくないよぉ、とか思ってるのは俺だけだ。

 未だに仲間の命を賭けて戦うのは怖い。

 マジでもう一人くらい、防御力の低い仲間達を守ってくれる新メンバーが欲しい。

 でも、これはと思った人材は既に別のパーティーに所属してたり、魔王討伐なんてやってられるかって奴ばっかりなんだよなぁ。

 当たり前だけど。


 左手に盾を装備したことで、そっちに抱えていたミーシャをおんぶする体勢に変え、今度は屋根の上を通るわけにもいかないので、逃げる人々にぶつからないに気をつけながら移動。


「ぶべらっ!?」

「む……!」


 しかし、気をつけてはいたんだが、途中でうっかり誰かと激突してしまった。

 おおう。

 ぶつかった盾に結構な衝撃が来た。

 普通の人なら死んでる威力だ。

 悲鳴が聞こえてきたってことは、生きてはいるんだろうが。

 突っ込んできたスピードといい、一般人じゃないな。

 

「おい!? 兄ちゃん!?」

「すまな…………ん?」


 だが、ここで激突した相手に見覚えがあることに気づく。

 装備だけやたらと豪華な、黒髪黒目のフツメン。


「変態じゃない!?」


 そう。

 ミーシャの言う通り、奴は俺をナンパしてきたホモの変態野郎だった。

 こいつ、兵舎に勾留されてたはずだが……。


「脱獄してきたんですかね……」


 ラウンが奴と一緒にいた人物をチラリと見て呟いた。

 見れば、そこにいたのは、やっぱりどこかで見覚えがあるような12歳くらいの幼女。

 バロンの懐中時計を盗んで、代償に体をまさぐられた盗人幼女だった。

 こっちも捕まってたはずだし、牢屋の中で意気投合して、一緒に脱獄したのか?

 ああ、いや、さっきの大破壊で兵舎がぶっ壊されて逃げてきたって可能性の方が高いか。


「げっ!? あんた、さっきの裏切り者の姉ちゃんじゃねぇか!?」

「誰が裏切り者だ」


 人聞きが悪いぞ。

 あれは公正な判断というやつだ。


「妙なところで会ったが……さすがに、この状況で君達の罪を問うつもりはない。早く逃げなさい」

「言われなくても逃げるっつうの!」

「そうか。バロン……例の紳士が君のことを気にかけていた。無事でいてくれよ」


 それだけ言って、俺は再びダッシュ。

 変態野郎は凄い勢いで俺の盾に頭をぶつけたみたいだが、やっぱりかなり頑丈みたいで、見た感じ傷一つなかった。

 地味にステータスが高いんだろう。

 ただのボンボンという評価は訂正した方がいいかもしれない。

 しかし、ステータスが高い=強いくせに、バロンに撥ねられた時と今回とで2回も気絶するとは……。

 当たりどころが相当悪かったとしても、ステータスと強さの印象がいまいち一致しない奴だな。

 まあ、変態の事情なんてどうでもいいか。


 そうしてダッシュを続け、俺達はようやく現場に到着。

 あたり一面は瓦礫の山だ。

 地面にはやられた兵士達や、巻き込まれたと思われる住民の死体が大量に転がっている。

 この世界に来たばかりの俺なら確実に吐いていた地獄絵図。

 だが、この二年弱で色々とこの世界に染まってしまった今では「うげぇ」くらいにしか思わない。

 ……大丈夫かな、俺。


 そして、そんな地獄絵図の中で、既に下手人と思われる男とバロンの戦いが勃発していた。


「おおおおおおお!!」

「……しぶとい」


 敵はガリガリに痩せていて、髪も酷く乱れ、目の下のクマも酷い不健康の塊のような男。

 安物を通り越して不良在庫のようにボロボロなローブを身に纏い、黒い水の弾丸を連射している。

 ……なんか、あいつもどっかで見たことあるような気がするな。


「何あれ!? 詠唱も無しに魔法を連射!?」


 だが、俺が既視感の正体を掴む前に、ミーシャの驚愕の声が俺の思考を塗り潰した。


「嘘でしょ!? あんなの『賢者』くらいにしかできないはずなのに!?」


 ミーシャの驚きはもっともだろう。

 学園で魔法の授業も受けたユリアの記憶(彼女はからっきしだった)が流れてきてるからわかるが、この世界における無詠唱魔法の難易度は死ぬほど高い。

 高度な計算問題を暗算で、しかも瞬時に解くようなもんだ。

 知力極振りのミーシャですら、最近になってようやく下級の魔法の短縮詠唱(魔法名を叫ぶだけで発動できる)を習得できたところだ。

 それだって、威力や範囲を弄りたい時はちゃんと詠唱しなくちゃいけない。

 上級魔法に至っては、短縮詠唱ですら夢のまた夢。 


 それなのに、目の前の不健康男は、多分下級の魔法だとは思うが、まるでマシンガンのように連射してバロンを追い詰めている。

 ありえない…………と思うんだが、やっぱりあの戦術にも既視感があるような、無いような。


「ぬぉおおおおおおお!!」


 しかし、そんな不健康男に相対するバロンも負けていない。  

 柄頭にデカい宝石がついた剣、というかあれ、俺をぶっ叩いた杖だな。仕込みステッキだったらしい。

 そんな仕込みステッキの剣を振るって、連射される黒い水弾を片っ端から斬り落とし、斬ると同時に凍らせて砕いて、本来なら剣じゃ防ぎづらいはずの水魔法を完璧に防いでいる。


 あれも無詠唱、じゃない。

 多分、氷の魔法をずっと使いっぱなしにしてるんだ。

 ユリアの記憶にある同僚の騎士に、似たような戦い方をしてた奴がいる。

 その記憶によると、正統派の魔法剣士の戦い方の一つらしい。


 まあ、そんな分析は置いといて援護だ!


「ハッ!」


 俺はバロンの前に飛び出し、世紀末エプロン謹製の大盾で黒い水弾を防いだ。

 これは剣で斬り落とすよりも、面積の広い盾で受けた方が良い攻撃だろう。

 

「おお! 来てくれたか!」

「ああ。遅くなった。やれ、ミーシャ!」

「『焼き払え、真紅の弾丸!』 ━━『火炎弾ファイアボール』!!」


 俺という壁がいるので、発動速度より威力を取ったミーシャはしっかりと詠唱し、大火力の炎弾を不健康男にぶち込んだ。

 だが、ノータイムで迎撃の魔法が向こうからも放たれ、相殺されてしまう。

 威力はミーシャの方が上だが、いかんせん火と水で相性が悪い。


 ……いや、待てよ。

 今のミーシャは、火力だけならレベル50に届くような人間兵器だぞ?

 いくら相性が良いとはいえ、いくらミーシャが使ったのが下級の魔法とはいえ、それを相殺するとか何者だよ!?


「盾持ちに、凄まじい火力の魔法使い……。厄介な援軍だ」


 不健康男は、落ちくぼんだ眼窩がんかにはめ込まれた、深い闇を湛えたような暗い目で、ギョロリと俺達を睨んだ。

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