31 港町グレース

 メサイヤ神聖国を目指して、えっちらおっちら進む。

 移動は基本的に馬車か徒歩だ。

 目的地まで乗合馬車が出てれば乗るし、無ければ歩く。

 なお、俺は装備が重すぎて馬車に乗れないので、乗合馬車を利用する場合は、俺だけ横で並走する形だ。

 Aランク冒険者という肩書を活かして、護衛という名目で売り込んでみたら、運賃がかなり安くなった。

 やっぱり世の中、資格って大事。


 そんな感じで馬車を乗り継ぎ、メサイヤ神聖国の玄関口の一つである町、『港町グレース』に到着した。

 目的地は国の中心部にある首都『聖地メサイヤ』だから距離的にはまだまだ遠いが、この国に限って言えば、入国さえできれば目的地は目と鼻の先である。


「おお! 海って綺麗ね!」

「そうだな。私もこれだけ綺麗な海を見るのは初めてだ」

「? 海って大体こんな感じですよ?」


 内陸出身でこれまで海に縁の無かったミーシャと、俺の中のユリアがはしゃぎ、環境汚染の進んだ元の世界より遥かに綺麗な海に俺もはしゃぎ。

 唯一、色んなところを旅して、海にも何度も行ってるらしいラウンだけが、俺の発言に不思議そうな顔をした。


「ここから船に乗ると、行き先は北部か」

「多分そうですね。このまま魔王軍との戦いに行くなら乗るのもありでしたけど……ユリアさんの装備を乗せてくれる船って、どれくらいあるんでしょうね」

「船はやめておこう。海底に沈んだら、さすがに私も死ぬ。多分な」

「多分ってところが、本当にユリアさんらしいです」


 未だに海に目を輝かせるミーシャを尻目にした会話で、ラウンが苦笑した。

 ちなみに、この世界の大陸は歪な十字型になっていて、ほぼ全ての大陸が地続きになっている。

 俺達が今まで活動していたのが西部。

 メサイヤ神聖国が全土を支配するのが中央部。

 当代の魔王城があるのが北部だな。


 南部は人同士が争う『紛争地帯』。

 東部は唯一海によって他の大陸と分断されてて、ゲーム通りなら魔王城よりヤバい隠しダンジョンの巣窟になってる場所だ。

 南部はともかく、東部の『東方大陸』はゲーム本編だと一切関係ない、やり込み要素専用の地なので、まあ、放置していいだろう。

 後世のことまで考えれば放置できないんだが……さすがに、そこまでいくと俺じゃどうしようもない。

 勇者がなんとかしてくれ。


 で、ここの港町グレースは地理的には西部寄りなんだが、メサイヤ神聖国の領土だから中央部扱いされてる場所だ。

 大陸が地続きになってるとはいえ、港町の重要度は高い。

 西部→北部みたいな海路でのショートカットは便利だし、漁業で海の幸をゲットするのにも欠かせないしな。


「ここは町並みも綺麗だな」

「ですねぇ。海に面してる町っていうのは、海の男の荒々しさを全面に押し出してる雰囲気の町が多かったんですが、ここはなんというか、優雅です」


 ラウンの言葉を聞いて、俺の脳裏に世紀末エプロンのようなむくつけき男達が、フンドシ一丁で町中を闊歩する絵面が浮かんだ。

 地獄のような光景だ。

 慌てて恐ろしい想像を振り払う。

 海といえばビキニで巨乳のお姉さんという俺の夢を、マッスルで浸食しないでくれ。



 その後、俺達はいつものように宿を探して泊まった。

 浮遊石込みでも重すぎて室内に置けない俺の装備を庭に置かせてもらい、恒例の方針決めの会議。

 とはいえ、今回はもう行き先が決まってるから簡単なものだ。 


「では、今日はこの街に一泊。明日には大都市に向けて出発し、そこから『転移陣』で聖地メサイヤへ。前に決めた通り、この流れで構わないか?」

「はい。大丈夫です」

「異議なーし。それにしても、大都市同士の間を一瞬で移動できるとか、便利な国ね」

「まったくだな」


 ミーシャの言葉に心底同意する。

 転移陣。

 ある意味、勇者召喚以上にメサイヤ神聖国を象徴するチート技術。

 異なる世界同士を繋ぐ勇者召喚の魔法を解析して作られたという、遠い街同士を繋ぐ瞬間移動装置。

 それによって、この国は聖地メサイヤと各地の大都市の間を一瞬で移動できる。


 一般人が使うとべらぼうな使用料を取られるが、天神教の『メサイヤ様への忠義のため、全力で人類のために戦う』という教義のおかげで、人類を守る重要な戦力であるAランク以上の冒険者は格安で使わせてくれるらしい(byラウン情報)。

 ゲームの時はもちろん勇者特権で使いたい放題だったから、そういう裏事情を知るのは新鮮だ。

 そして、ここでも役に立つ資格。

 やっぱり世の中、資格って大事。


「では、今日のところはゆっくりするとしよう。二人とも、どこか海の幸が食べられる店にでも行かないか?」

「いいわね!」

「賛成です。息抜きって大事ですもんね」

「よし。では、早速着替えて行くとするか」


 久しぶりの魚介系を夢見て心を踊らせながら、内なるユリアも未知の味に期待してるのを感じながら、俺達は旅装から着替えて宿から飛び出した。

 服装は、ミーシャは可愛い系のスカート姿。

 出会ってから二年近く経っても、やっぱり身長も胸も成長しなかったので、色気ゼロ、可愛さ100の極振りだ。


 ラウンは、若干だがミーシャと同じ可愛い系の装飾があるショートパンツスタイル。

 中性的な容姿に童顔と合わせて、パッと見だと女にも見える華奢な男の子って感じだ。

 こいつの持ってる普段着って、何故か全部こういう系なんだよな。

 聞いた話によると、前の仲間の治癒術師の少女カナンに凄い熱量で勧められ、断れずにこのスタイルが定着したらしい。

 何か執念のようなものを感じる拘り具合だ。

 彼女と別れた今となってはもう従う必要もないのだが、服って意外と金がかかってもったいないので、ラウンはそれらをずっと使い続けている。

 

 で、最後に俺はというと、ワイシャツにズボンという、ゲームのユリアも普段着として着てた、オシャレさの欠片もない恰好。

 いや、似合ってはいる。

 仕事のできる女上司みたいで普通にエロい。

 だが、俺としては女装してるみたいな微妙な気持ちを圧し殺してでも、推しにもっと色んな服を着てほしかった。

 なのに、試着の段階でもう断固拒否の感情が残留思念から伝わってきて、トラウマメモリー並みの頭痛を引き起こされて断念した形だ。

 この恥ずかしがり屋さんめ。


 そんな感じのファッションで町を練り歩く。

 ……しかし、この一見すると女子三人にも見える状態が良くないのだろう。

 いつものことだが、町を歩くと結構な確率で手合いがポップする。


「あーーーーー!!」


 突如、道行く一人の男が大声を上げた。

 黒髪黒目のフツメンで、俺のごときザ・平凡って感じのオーラを纏った男。

 日本人っぽい顔立ちをしてるが、この世界にもそういう顔の人は探せばわりといる。

 多分、歴代勇者の血筋の隔世遺伝とかだろう。


 そんな珍しくも平凡な男だったが、身につけてる装備は結構な高級品っぽさがあった。

 腰に下げた剣も、体の要所を守ってる部分鎧も、その下に着てる服も、かなり良いものだ。

 高ランクの冒険者か?

 いや、でも物腰とかが素人っぽくて、服に着られてる感ならぬ、装備に着られてる感がある。

 金持ちの息子が実家の金を持ち出して家出して、その金で装備だけ揃えた状態とかかもしれない。

 そういうのも珍しくないらしいしな。


「マジか……!? ネネリの街にいないと思ったら、何故かこんなところに……! なんで……いや理由なんてどうでもいい。ユリアたんをゲットするチャンスだぜ……!」


 平凡男は、さっきの大声で通行人にジロジロ見られてるにも関わらず、自分の世界に入って、何やら小声でブツブツと呟いていた。

 端的に言って怖い。

 お近づきになりたくない。


「行こう。あまり関わり合いにならない方がいい輩と見た」

「全面的に同意ね」

「トラブルは無い方がいいですもんね」


 というわけで、俺達は全会一致でスルーを選択。

 他の通行人達も同じように考えたのか足早に動き出し、俺達もその流れに乗る。

 しかし……


「ちょ、ちょっと待ってくれ! そこの金髪のお姉さん!」


 スルーすることは叶わなかった。

 何故なら、この男は手合いだったのだから。

 他の誰を逃しても、ターゲットだけは逃してくれないのだ。


 へんなおとこに からまれた!

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