32 珍事の連続

 平凡男改め、変な男が話しかけてくる。

 俺達は無視した。

 断固として無視した。

 奴の言葉など聞こえてないふりして、その場を立ち去ろうとした。


「ちょ!? 待ってくれ! 君だよ、君!」

「む……!」


 だが、しかし。

 変な男はあろうことか、後ろから俺の手を掴んで歩みを止めてきた。

 普通、初対面の女性の手を遠慮なく握ってくるか?

 残留思念のユリアさんが大変不快そうにしておられるぞ。

 俺も初対面の野郎に手を握られたって気持ち悪いだけだし、ミーシャに至っては今にも変な男に魔法をぶち込みそうな般若のごとき顔をしている。


 あ、詠唱始めた。

 ラウンが慌てて止めた。

 個人的には撃ってほしいが、常識的に考えたら町中で凶器の使用はダメだよな。


「君、こういう真似は感心しないぞ」

「へ? あ!? ご、ごめんなさい!」


 俺が苦言を呈すると、変な男はようやく自分のしていることに気づいたのか、慌てた様子で手を離した。

 ふむ。強引に押し切って、女の子に乱暴するタイプではないか。

 そこだけは評価できるぞ。そこだけはな。

 好感度+1だ。

 ちなみに、現在のこいつへの好感度はマイナス9998である。

 元の世界なら、これだけでもセクハラか痴漢で訴えられるんじゃないか?


「で、何か用か? 私達は大事な用があって急いでいる。ナンパなら他を当たれ」

「ナンパじゃないっすよ!? ちょっとお話して、仲良くなりたいだけだって!」

「それをナンパと言わずしてなんと言う?」

「……あれ? 言われてみれば確かに」


 そこで論破されるんかい!

 変な男は「あれぇ?」と首を傾げている。

 その隙にミーシャが、ラウンがいざという時に備えて普段着の状態でも持ってる回復薬を強奪し、変な男に握られた俺の手にかけてハンカチでゴシゴシと磨いた。

 回復薬がもったいないが、正直助かる。


「行くわよ、先輩! こんな奴と話してたら先輩が汚れるわ!」

「汚れるって酷くない!? っていうか、君誰よ!?」

「不審者に名乗る名前なんてないわ!」

「いや、そういう意味じゃなくてね!?」


 ミーシャが「ガルルルル!」って感じで威嚇し、変な男はそんなミーシャにビビった。

 身体能力的には大したことない、見た目14歳くらいの少女にビビるとは、やっぱり装備だけ揃えた金持ちのボンボンか。

 マジでナンパならよそでやってくれ。


「ま、待って! 待ってって! 俺は……」

「いい加減にしろ」

「ッ!?」


 ついに我慢の限界を迎えたユリアさんが、勝手に体を動かして、変な男の首に手刀を突きつけた。

 最近、更に体の支配権がユリアの方に戻ってる気がする。

 もう俺いらないんじゃないかな?


「私達は急いでいると言ったはずだ。これ以上ちょっかいをかけてくるのなら、衛兵にでも突き出す」

「え、あ、その……」


 変な男は反射的に両手を上げて降参のポーズになり、冷や汗をダラダラと流した。

 殺気混じりのユリアレベル99の睨みは、さぞ怖かろう。


「ええっと……あ、そうだ!」


 だが、この変な男は意外と根性があるのか、ホールドアップ状態のまま、何かを思いついたような顔になって、この期に及んで口を開いた。


「き、君の瞳には危ない光が見える!」

「はぁ?」


 俺の瞳に危ない光ぃ?

 ナンパ野郎に殺気送ってるんだから、そりゃ危ない光くらい宿ってるだろうよ。

 いや、でも、このセリフどっかで聞いたような……。


 しかし、


「君は何かを抱えている。無茶をしそうで心配だ。だから……」


 変な男が意味深なセリフを言い出したと思った、その瞬間。


「ど、どいたどいたーーーーー!!」

「あべしっ!?」


 なんか唐突に、本当に唐突に、変な男は交通事故に合って跳ね飛ばされた。


「は?」

「え?」

「な、何が……?」


 俺、ミーシャ、ラウンは、思わず目が点になる。

 今、目の前で起こったことを言葉にするなら、凄いスピードで走ってきた小さな女の子が、そのスピードのまま変な男を跳ね飛ばした、となる。


 運転手はミーシャより更に幼く見える、薄茶色の髪をした12歳くらいの幼女だ。

 どっかで見たことあるような気がする。

 そんな幼女が自動車並みのスピードで爆走し、変な男は横合いから突っ込んできた暴走幼女に跳ね飛ばされ、宙を舞った。


「待てや、このクソガキィイイイイイッッ!!!」

「ひぃいいいいいい!?」


 更に、その幼女を追いかける不審な男性まで出現した。

 コートを羽織り、ステッキを持ち、カイゼル髭を生やした、英国紳士風の男。

 彼は幼女以上の爆速で彼女に迫り、途中で宙を舞って落ちてきた変な男を再度跳ね飛ばす。

 ああ、あれ角度的に見えてなかったかもしれん。

 怖いよね。

 運転中に、急に死角から飛び出してくる奴って。


「ぐえっ!?」

「むむ!? すまん、少年! 後で正式に謝罪をするから、今だけは待ってくれたまえ!」


 紳士風不審者は、激突した変な男に早口で謝罪し、そのまま逃走。

 変な男に関しては、受け身の仕方を知らないのか、二度の激突で空中をクルクルと回転した後に、頭から地面に突っ込んで気絶していた。

 ただ、大した怪我はないように見える。

 意外と頑丈らしい。

 

「えーっと……これはラッキー、と言っていいのだろうか?」

「いいんじゃないの。天罰みたいなもんでしょ」

「い、一応、彼の手当てをしておきますか?」

「「いらん(いらない)」」


 ラウンのいらん優しさを、俺とミーシャは秒で却下した。


「行くわよ。奴が目を覚ます前に」

「そうだな。だがその前に、あの暴走者二人はどうするか……って、ん!?」


 元騎士であるユリアの感覚は、さすがに揉めごとが人死ににまで発展するようなら止めたいと考え、俺もせっかくの海の幸の前に女の子の死体なんて見たくないから、その意見に賛成だったんだが……。

 そう思って視線を向けた先では、ある意味、人死によりもヤバい事態が発生していた。


「や、やめろーーー!! くすぐったい! 変なとこ触るなぁ!」

「ええい! 大人しくしたまえ!」


 俺達の視線の先では、三十代中盤くらいの男が、12歳くらいの幼女を地面に押し倒し、その体をまさぐるという事案が発生していた。

 いやいや、それはダメだろ!?

 どんな事情があるにせよ、それはダメだろ!?

 人死にじゃないけど、見逃せる事態じゃないぞ!


「変態! この変態ぃ!」

「誰が変態かね! 誰が!」

「貴様だぁああああああああ!!」

「む!?」


 さすがに幼女を襲う中年男性という絵面は許容できず、俺は義憤に駆られて変態紳士に殴りかかった。

 だが、変態紳士はステッキを盾に、俺の攻撃を防ぐ。

 

「むむ!? なんという重く速い拳!?」


 それでも、さすがにこの馬鹿力を前に踏ん張ることまではできず、変態紳士は幼女の上から吹き飛んだ。

 しかし、奴は空中で軽業師のように体をひねり、優雅に着地してみせる。

 こいつ強ぇぞ!?

 いくら殺さないようにセーブしてたとはいえ、レベル99の攻撃を普通に捌きやがった!

 スピードだけじゃないってことか!

 だが、俺も引くわけにはいかん!


「どんな事情があるにせよ、女児の体をまさぐるような輩は見逃せん!」

「おのれ! 貴様も奴の仲間か!!」


 変態紳士は巨大な宝石のついたステッキを剣のように構え、俺に襲いかかってきた。

 滅茶苦茶速ぇ!?

 グランの数段上……というか、化け猫クラスだ!

 この変態紳士、何者!?


「オラオラオラオラオラオラオラオラ!!!」


 変態紳士のラッシュ!

 洗練された剣技によって操られるステッキが俺の体を何度も叩く。

 技量も凄い。

 ユリアの感覚が大分戻ってきた今の俺どころか、まだ届かないかつてのユリアすら遥かに超える。

 こっちも殴りかかったり、ステッキを掴もうとしたりと色々やってるんだが、見透かされてるように全ての動きを読まれて不発に終わる。


「硬ッ!? 何者かね!? って、んん!?」


 その時、突如変態紳士が横を向いた。

 フェイントかと警戒しつつ、俺もチラッとだけそっちを見てみれば、幼女が立ち上がって逃走を図ろうとしていた。


「逃さん! 『凍てつけ、霜の大地』! ━━『氷結フリーズ』!!」

「魔法だと!?」

「うわっ!?」


 変態紳士がまさかの魔法まで使い出し、幼女を狙撃した。

 一瞬にして地面が凍結していく。

 俺は盾になるべく体を割り込ませたが、大盾も大剣も宿に置いてきてしまった今の俺の防御範囲は狭く、足下を通過した冷気が幼女の足を凍らせてしまう。


「ハッハッハ! 捕らえたぞぉ!」

「待て!」

「ぬぅ!?」


 俺は凍ってしまった自分の足を力任せに動かし、変態紳士の前に立ち塞がる。


「何故こんなことをする!?」

「何故? 何故だと!?」


 俺はここまでの攻防の中で言えなかったことを、変態紳士に問いかけた。

 最初に聞くべきだろって?

 いや、仕方なかったんだよ。

 変態紳士は話を聞きそうにないくらい激昂してたし、そもそも、ここまでの攻防は1分にも満たない間の出来事だ。

 口を挟む暇がなかったんだ。


 そして、ようやく言えた俺の言葉を聞いた変態紳士は、怒髪天を衝く勢いで、より一層キレた。


「そのクソガキが、私の大切なものを盗みやがったからに決まってんだろぉがぁああああ!!!」

「……そうか」


 俺はその言葉を聞いた後、クルリと振り返り、足が凍って動けない幼女のところまで行って、彼女の肩をポンッと叩き。


「どうやら、君が悪かったようだ」

「えぇーーーーー!?」


 ここまで守るような形になってた幼女に、判決を言い渡した。

 そして、幼女の絶叫が町に響き渡った。

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