30 進路
「『メサイヤ神聖国』に行こうと思う」
俺がそんなことを言い出したのは、ラウンを仲間にしてから一年ちょっと。
ユリアに憑依してから二年弱が経過した頃のことだった。
俺達の冒険者ランクはAに上がり、認識票の信号機はとっくに卒業して、今は銀メダルだ。
大分経験を積み重ねて強くなってきたし、連携の質も上がってきたし、ランクも
結構な数のダンジョンを制覇したりもした。
一番欲しかった魔導書は未だにゲットできてないが……。
まあ、魔導書はともかくとして。
これだけの実績があれば、魔王城のある大陸北部で魔王軍の本隊とバチバチやり合ってる『北部三大国』あたりに行けば、それなりの待遇で迎えてくれるかもしれない。
『魔王軍と戦ってる人達に快く迎え入れてもらえるような立場と信用を得る』という冒険者になった当初の目的を、最低限は果たした形だ。
ということで、今後どう動くのかという会議が行われた。
北部三大国に行って、魔王軍を削りつつ四大魔獣の出現を待つのか。
四大魔獣だけに狙いを定めて、情報収集に徹するか。
できればSランクにもなっておきたいし、もう何人か仲間もほしいよなという話も出た。
そこにぶち込んだのが、冒頭の話題だ。
「メサイヤ神聖国、ですか?」
「『天神教』の総本山ね。そんなところに何の用?」
二人は不思議そうな顔をして、俺に訪ねた。
天神教。
それは元の世界で言うところのキリスト神話並みに有名な神話に出てくる女神、『天神メサイヤ』を信仰する宗教のことだ。
昔々。
人類は今とは比べものにならないくらい栄えていた。
魔獣や魔王という存在もこの頃はおらず、二柱の神に見守られながら、人類は栄華を極めていた。
現代では『奇跡』とまで言われる古の魔法で、あらゆるものを作り、あらゆる美食を味わい尽くし、あらゆる欲望を満たし続け。
その力で…………人類は互いに争った。
もっと良い暮らしがしたい。
もっと奇跡の力の対価がいる。
だから、それを隣人と奪い合った。
奇跡の力で星をボロボロにしながら争った。
それに怒ったのが二柱の神の片割れ『地神ガイアス』だ。
愚かな人類はもう見ていられない。
かの神は、その絶大なる力で文明を破壊し、人類から奇跡の力を取り上げた。
それでも怒りが収まらなかったガイアスは、人類を完全に滅ぼそうとした。
そこに待ったをかけたのがもう一柱の神『天神メサイヤ』だ。
かの慈悲深き神は、もう充分だろうとガイアスに言った。
奇跡の力を無くし、これからは苦難の歴史が始まる。
それで充分だろうと。
しかし、同じ神の言葉でもガイアスは止まらない。
構わず人類滅亡を敢行しようとし、慌てたメサイヤはガイアスを封印した。
己の力の殆どをガイアスの封印に費やして、どうにか暴れるガイアスを取り押さえたのだ。
だが、これでもガイアスは諦めなかった。
動けない自分の代わりとして迷宮を作り出し、魔獣を作り出し、それによって人類を滅ぼそうとした。
メサイヤの妨害によって、殆どの迷宮は本来の使命を中途半端にしか果たせない知恵無き存在として生まれてくる。
だが、数百年〜数千年に一度、メサイヤの妨害を振り切って、ガイアスの意志を完全に受け継いだ知性ある迷宮が生まれる。
その迷宮が成長し、人類を滅ぼしうるほどに強大になった存在。
それこそが『魔王』。
圧倒的な魔王に対抗すべく、メサイヤもまた、ガイアスの封印で大変な中、力を振りしぼって救世主を召喚する。
それこそが『勇者』。
かくして、人類の存亡を賭けた神々の戦いは繰り返され、長い長い時を経て現在にまで続いている。
って感じの神話。
ゲームでも確かに、ちょいちょい語られてた。
ちょいちょい過ぎて、ライト勢の俺は忘れかけてたけど。
だから、今の説明はユリアの記憶で補完した結果だ。
で、まあ、そんな神話から生まれたのが『天神教』なわけだ。
世界的に見てもかなりメジャーな宗教で、ユリア達の故郷であるリベリオール王国にも教会があった。
その総本山が『メサイヤ神聖国』。
大陸中央部の全てを支配する世界最大の国であり、屈強な神聖騎士団を擁する強国であり、世界で唯一、勇者召喚の儀式を執り行える国。
つまり……ゲーム通りに進むなら、そろそろ当代勇者が召喚されるだろう国。
ここまで語ればおわかりだろう。
俺がメサイヤ神聖国を目指そうなんて言い出したのは、勇者の仲間に立候補するためだ。
ゲームでも、システム的な問題で戦闘に参加するのは四人までだったが、それ以上の人数を仲間にしてたし、戦闘に参加しなかったキャラにも経験値は入ってた。
なら、ウチのパーティーごと勇者に雇われても問題ないはずだ。
勇者にくっついてるのが、魔王討伐への一番の近道と考える。
しかし、この事情をそのまま話すのは嫌だ。
なんで勇者召喚の時期を特定できるんだよって突っ込まれたら、上手い返し方が思いつかない。
俺がユリアの中に入ってる変な男だってバレるのは論外。
そんなことになったら、俺のメンタルはこの先の旅を耐えられないだろう。
さんざん一緒に水浴びとかしてしまったミーシャにゴミを見る目を向けられたらと思うと、考えるだけで恐ろしい。
違うんだ。悪意も下心もなかったんだ。
ただ、ミーシャの方が一緒に行こうって誘ってくるから、断り切れなかっただけで……。
ゲーム知識をボカして話して、実は私、未来予知的な能力を持ってるんだよと伝える作戦もダメ。
ゲームとの最大の差異であるユリア憑依現象なんてもんが発生してる以上、他の要素だってゲーム通りに進む保証は欠片もない。
というか、ユリアがネタキャラと化し、ゲームならできたはずのことができなくなってる以上、どう足掻いてもゲーム通りにはならない。
そもそもの問題として、俺はゲームの設定自体うろ覚えという始末。
こんな不確かにもほどがある情報で惑わせるわけにはいかない。
ってなわけで、本音は語れない。
だからカバーストーリーというか、メサイヤ神聖国を目指す表向きの理由は考えておいた。
「ほら、私には勇者の力に似た何かがあるだろう? 魔王軍と本格的にぶつかる前に、自分の力のことを少しは把握しておきたかったんだ」
「ああ、なるほど」
「それで、メサイヤ神聖国ってわけね」
「そうだ。歴代勇者達を召喚し続けてきた国なら、何かわかるかと思ってな」
俺の勇者の力っぽい何か。
一緒に戦う仲間達に経験値的なものを入れてるのか、急速に成長させる力。
まあ、急速と言えるかは微妙なところなんだが……。
ちなみに、現在の二人のステータスはこんな感じだ。
━━━
ミーシャ・ウィーク Lv35
HP 200/200
MP 1540/1540
筋力 50
耐久 50
知力 1570
敏捷 70
スキル
『火魔法:Lv37』
『MP増強:Lv20』
『MP自動回復:Lv20』
『知力上昇:Lv35』
『火属性強化:Lv33』
『
『
『
━━━
ラウン Lv20
HP 230/230
MP 25/25
筋力 35
耐久 40
知力 470
俊敏 50
スキル
『知力上昇:Lv33』
『索敵:Lv70』
『罠発見:Lv67』
『アイテム作成:Lv40』
『調合:Lv40』
『マッピング:Lv53』
━━━
かなり強くなってはいる。
それは間違いない。
だが、二年弱かけても、ミーシャのレベルは35。
一年以上かけたラウンも、レベル20。
ラウンに至っては、レベルが上がってもステータスの上昇値が微々たるもの過ぎて、全然強くなった気がしない。
代わりに非戦闘系のスキルが異様に成長してて、やっぱりこいつの天職は冒険者じゃねぇだろとは思ってるが。
……正直、これ俺の力というより、こいつらが成長期だっただけって言われても、ギリ納得できる範疇なんだよなぁ。
二人とも十代中盤で若いし。
それでも一応、俺達の間でこの成長は不思議パワーによるものって認識になってるので、魔王軍とのガチバトルが始まる前に調べたいって言えば理屈は通るだろう。
「まあ、悪くないんじゃない? 他の選択肢も、選ばなかったからって今すぐどうこうなるものでもないし」
「ですね。メサイヤ神聖国への道すがら、Sランク到達とか仲間の勧誘とかを終わらせて、万全の準備を整えてから魔王軍とぶつかる方が僕としては嬉しいです」
「そうか。では、次の目的地はメサイヤ神聖国ということでいいか?」
「「異議無し」」
ということで、俺達の進路が決まった。
目指すは勇者召喚の地、メサイヤ神聖国。
まあ、勇者召喚の時期が本当に合ってるのかもわからんし、合ってたとしても上手く勇者に取り入れるとも限らない。
そもそも、勇者がどんな奴なのかもわからないからな。
ゲームでの勇者は、いわゆる『喋らない主人公』だった。
容姿もプレイヤーが好きに選べるし、なんなら性別だって選べる。
そのゲームが現実になった今、どんな勇者が召喚されてくるのかは予測不能だ。
性格ドクズなエセ勇者とかだったら、最悪共闘路線を諦める必要すらあるかもしれない。
命を預けて戦う仲間になるなら、いくら強くても信頼できない奴など論外だ。
そんなわけで、勇者というのは存在自体が不確定要素の塊。
メサイヤ神聖国まで行っても、無駄骨になる可能性も大いにある。
それでも、勇者が魔王討伐の最重要要素であることは確かだ。
だから、とりあえず行くだけ行ってみてから考えよう。
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