負けヒロインその2。
淡雪が去ったあと、入れ替わりのようにやってきた女の子がいた。
昔ダンジョンに連れて行ってくれた子だ。
でも、幼馴染ではある。
小さな体躯に紺色のセミロング。黙っていれば可愛らしい容姿の美少女だ。
黙ってさえいれば。
「ヒー君は、いつも話を聞いてくれます」
「…そうだな」
俺をヒー君と呼び、認識出来るこいつは、当然負けヒロインだ。
しかし、毎度のことながら挨拶も無しに唐突に切り出してくるな…今度は何の話だなや…
「アーちゃんのように、決してハーを否定したりしません」
「してるけど聞いてないよな」
アーちゃんとは淡雪のことで、自分のことをこいつはハーと呼ぶ。
「ハーのわがままも全て受け止めてくれます。決して嫌がったりしません」
「割と本気で嫌なんだが…」
俺の趣味ではないが、こいつは可愛い。可愛い奴と話すのは楽しいとは思う。
「ハーはヒー君を心配しています。ニッコニコ配信で神になると言って早三年。たかだか登録者100万に乗せるのもこんなに時間がかかり、未だモブから脱出できていません」
「たかだかじゃねーよ! …ジャンルが特殊なんだよ…みんなそういうのは隠したいし、仕方ないだろ。それにモブはジョブだ」
こいつとはかつて同じ思いをした同士。同じ苦しみと悲しみを抱えたこともあった。
だからなのか、よく俺を心配してくる。
「ハーのチャンネル登録者数は──」
「わかってるよ。葉歌梨はすごいって」
こいつはモノリス動画配信サービス、ニッコニコ内でも有名だ。
無表情キャラなのに口調が柔らかく、言葉が残酷なところが評判で、時折微笑む瞬間のゼニーは歴代でもトップの数字を叩き出したこともある。
「だからそのすごいハーは考えてみたのです」
「…何をだ」
「ヒー君が輝ける企画を」
「あ、もう結構です。あっしはこれで」
絶対ロクでもないことに決まってんだろ! こいつがこう言った時はだいたい酷い目に合う!
あ! こいつ拘束の魔法を!?
「安心してください。ヒー君の登録者をハーが増やして差し上げます」
「嫌だ嫌だ嫌だ」
「ヒー君の性癖は理解しています。それが100万人もいることに驚きを禁じ得ませんが、ハーは理解者です」
「俺は違うって言ったよな。それお前だからな。むしろ理解者は俺だからな。理解はしてないからな」
「ああ、倫弥君。ヌーちゃん。ヒー君とハー達を蚊帳の外に追い出し貪り合うあの獣染みた欲。壊された愛。その代わり産まれた真の愛。あの日わたし達は同士となりました。異論はありますか?」
「あるに決まってるだろ」
こいつは可愛い。可愛いがあの日を境に壊れてしまった。
こいつの惚れていた元親友の
「こうして無事入学を果たしたのですから、ヒー君とハーで、最高のビデオレターを撮りに行きましょう」
「やっぱりそれか! それお前と俺にダメージ喰うやつだろ!」
そうなんだ……こいつ、惚れた男と他の女との濡場がたまらなく好きなんだ…それを俺に撮らそうとする。
「ここは黎明学園。真なるダンジョン。全ての願いが叶う場所です」
「…なんの話だ」
「ヒー君は自分の有能な才を認めるべきです」
くそ、くだらない特技とはいえ、褒められたら嫌な気がしない。だけど、ヤリ部屋配信ならともかく、盗撮にはいかないぞ。
「……巻き込まれるならともかく狙って犯罪はしないって言ってるだろ」
「犯罪ですか」
葉歌梨は少し微笑んでからスカートの中に手を突っ込み、ガサゴソとモノリスを取り出した。
どこに手を入れてんだ。
そしてそれをこちらに向けてこう言い放ってきた。
「女子高生のお尻、堪能できましたか?」
「…ッ!」
写真はお姉様方のスカートがズバっと捲れ上がった瞬間と、だらしない顔の俺の姿を捉えたものだった。
なぜそれを?! なぜその写真を持っている!? あの日突風が舞い、お姉様方のスカートが舞い、俺の命が危うく舞い散る時だった時のやつを!
そうか…あのスカートを切り刻んだ風は…魔物ではなくお前だったのか…道理でヴァルキリアの耐刃制服が刻まれるはずだ。
こいつに…こいつに! 何故神は魔法の才能を与えたんだ! こいつただの通り魔だろ! しかも逃げ切ってるし! それが正直一番怖い!
「まずはレベルを上げましょう」
「…何だと?」
「まずは10。続いて20。そして30。そこまで乗せてあげます。今日はほにゃららを行いますから無理ですけど」
ほにゃらら? 古代語か?
まあいい。
どうせこの後こいつは探索だろう。
さっきの淡雪と同じで、こいつはパーティを組んでダンジョンに潜っている。しかも佐野のパーティだ。当然水星もいる。
はあはあ言いながら探索するんだろ。
しかし…俺のレベル上げなんて、いったい何が狙いなんだ。
だけど、こいつがいい奴なのは知っている。打算に満ちた優しさとはいえ、こいつの根は素直な良い子なんだ。
目の前で中フィニッシュされ、少し壊れただけなんだ。
ま、打算塗れの優しさなんてブッチすればいっか。
それにまた何が起こるかわからないし、退学前にレベルは上げておきたいしな。
「はいはい、わかったよ。どこでも連れて行けよ」
「はい、それ。それを持って同意と見做します。見做し婚/テンポラージ」
「なに?」
ミナシコン?
俺の薬指に墨色の線が…こ、これ…もしかして仮婚約じゃねーか?! 何考えてんだこいつは!?
「ヒー君。ハーは婚約者が寝取られる背徳感に興味しんしんです。それにヒー君も托卵はありです」
「ねーよッ! そんな不幸いらねーよッ! 何で俺に体験させようとするんだ! それにお前じゃ意味ないだろ! というか消せよ! 何やっとんだッ!」
「仮婚約者と言えどそれは乙女の秘密です」
「答えやがれ! くそったれッ!」
くそ! こいつの拘束解けやしねぇ!
というか聞いたことないぞ、こんな騙し打ちみたいな婚約の魔法…名前も違う。
そういやこいつ魔道具好きだった…まさかこの仮婚約、BADアイテムかッ?!
佐野に使えよ!
「ヒー君、ハーと二人で幸せになりましょう」
「俺だけなれねーだろッ!!」
「ハーは少し出掛けてきます。心配しないでください。少し倫弥君に…会うだけですから…これで…最後にしますから…疾風/おでこ靴。ヒーハー」
そう言って葉歌梨は靴に風の魔法をエンチャントし、バビュンと駆けていった。
「〜〜こ、このマンモスサイコ女がぁぁぁああッッ!」
しかも不倫匂わす感じ出してんじゃねーよッ!!
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