負けヒロインその1。

 ラブコメ、つまりエンターテイメント。


 そこには数多くの男女のドラマがあり、その多くに存在するヒロインと対になる敗北者がいる。


 他のヒロインより圧倒的に優位だったにも関わらず、慢心や躊躇いや照れなどでタイミングを逃し、獅子心中の虫や外来種によって出し抜かれ、主人公に選ばれなかった可哀想な幼馴染の女の子。


 それを世界は負けヒロインと呼ぶ。


 今もまた談話室で、三人の男女がわいわいと話している姿があった。


 だが、その内の一人、銀髪の女の子が自分の腕をギリギリとつねっているのが見える。


 あ、目が合ってしまった。





「ひろゆき……今の見てた…?」


「何にも」



 嘘だなや。かっちりとこいつが悔しがる表情を眺めていた。



「…そう…。何か言えば可哀想なことになるわよ。このことは誰にも言ってはいけないわ。返事は…?」


「言う相手がいない。知ってんだろ」



 はい。これがモブの俺の姿を何故か捉えることができる女の子。


 俗に言う、負けヒロイン。


 辛うじて俺が自身をボッチと呼ばないのはなぜか。それは、この負けヒロインの存在があるからなのである。



「はぁ…知ってるわよ。ひろゆきを見たら更に落ち込むわ」


「失礼な。和也か?」


「だったら何? いっぺん氷ってみる?」


「それはいいな。目立つかもしれない」


「ちっ、ドMが」


「流石に失礼過ぎだろ。勝手に吹き飛ばされるだけだ。好きでやってない」


「ひろゆきの話はどうでもいいでしょ。そんなことより私は可哀想なヒロインなのよ…」


「淡雪…お前ほんとムカつくな」



 この負けヒロインには何故かパッシブが反応しない。


 藤堂院さんと出会うまでは、そう思っていた。


 負けヒロインイコールパッシブ無しだと思っていた。


 だから最初はジョブかスキルか魔道具だと思い込んでいた。でも、そういえば最初の頃はこいつに吹き飛ばされていたなと思い出したのだ。


 つまり、ただ単にこいつに慣れただけかもしれないな…


 でも藤堂院さんの覇気は慣れる気がしないな…


 この銀髪の美少女は、元親友狙いの女の子。幼馴染である蒼月淡雪あおつき あわゆき。12歳で諦めた二恋目の幼馴染で、銀髪ロングの黄色い瞳の美少女だ。


 和也とは大友和也おおとも かずや。黒に染めた長い前髪で表情を隠していたが、最近は前髪をピンで止めた痛いファッションをしている、12歳でやめた元親友だ。


 こいつらも俺の部屋でイチャイチャしていたやつらだ。



「…… 一つ言いたい。なぜ譲った?」


「譲るわけないでしょ。隙を突かれたのよ」


「あれだけ焦らすからだ。拗らせやがって…そうか…ついに卒業したのか…自称モブめ…」



 大友は伝説にあったツンデレ女子を求めていた。じれじれを楽しみつつラッキースケベを狙っていた。そして淡雪はツンツンしているが、照れ屋だったのだ。


 俺の部屋を丸ごと氷漬けにするくらいに、照れ屋だったのだ。


 大友も、流石に耐えられなかったのだろう。



「和也の悪口はやめて」


「わかったから氷弾を錬成すんな。それに自称モブは悪口じゃないだろ」


「ひろゆきが言うとそう聞こえる」

 

「無茶苦茶か」



 この現代、自称モブは憧れの象徴だ。


 だいたいは伝承や創作の話の中だが、英雄譚には違いない。


 おそらく探索者が成り上がる課程において、都合が良かったのだと俺は思っていた。


 そもそも何の変哲もないやつが、俺ツェーしたり美少女に追いかけられたりしないだろ。


 そして美少女幼馴染は童貞厨になっている。


 これには諸説あるが、一説には伝説の勇者様に付き従う従者様のせいだとか、あるいは大賢者様のせいだとか言われていた。


 その内容はそのまま一番ではなく添い遂げてしまうとハーレム内でマウント合戦の際に泣く羽目になるらしい。


 そしてキレたら戦争。この世界の女の子は逞しいのだ。もっとも、いくら強くともそれを理由にまた煽られるから割と自分から身を引くことが多いという。



「はぁ…あ、そうだ。レベル上げ手伝ってあげましょうか?」


「それも…久しぶりだな。でもなんでまた」


「ひろゆきが嫌がるから誘わなかったんでしょ。でもせっかく同じ学園に入っ……え、あんたもしかして…」


「…ああ、ずっと5だ」



 昔、林檎、淡雪以外のもう一人の幼馴染がダンジョンに連れて行ってくれたことがあった。その時からそのままだ。



「ゴミじゃない…死にたくないって言ってたのに、あんた死ぬ気?」


「入るつもりなかったんだよぉぉぉ!」


「きゅ、急に泣かないでよ。ほ、ほら、その割には早速配信してたじゃない」


「え…? 見たのか…」



「べ、別に見てもいいでしょ!」


「いやいいけど…それにあれは林檎が…おー…? 一万ゼニーもくれてるじゃん!」



 履歴を見ると、銭投げしてくれていた。



「勘違いしないで! 時間をよく見て!」



 時間? どのシーンにゼニーを投げ…俺が壁のシミになる瞬間かよ…確かに奇跡的に血溜まりが映ってるけど…


 これは笑うシーンでもギャグでもないんだよ。


 酷くないか。



「ほんと林檎は無茶苦茶ね…これ以上、一人で話していると思われたくないからもう行くわ。探索の件、考えてて。あと、シミが移らない案もね」


「移るか!」



 可愛い女の子がシミ言うなし。


 というか淡雪のやつ、大友とパーティ組んでたよな…社交辞令…ってやつだろうな。


 それにBSSされたやつの優しさって、素直に受け取りにくいんだよな…


 

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