第6話

学校からの帰り道いつもの商店街を歩く。

「あら、ミナハちゃんじゃない!」

八百屋から突然声が飛んできた。

「最近見なかったけど、元気してた?旦那と心配してたのよ!元気そうでよかった」

まるで自分の娘にかけるような親しく優しい口調だった。こういう時なんと返したらいいのか分からない。

「えぇ、色々忙しくて。」

曖昧な答えを返した。質問とのキャッチボールとしては全く成立していないような気もする。それでも、これ以外の回答が何も浮かばなかった。せめて、精一杯の微笑みを添えることしかできなかった。

「そうかい。まぁ、また顔出しておくれよ。新鮮な野菜いっぱい取り揃えて待ってるからさ!ミナハちゃんが好きなにんじんもサービスしておくからさ!」

「ありがとうございます。」

私は一礼し、ギリギリ聞こえる声で感謝しその場から去った。5秒ほど歩いたところからは少し歩調を跳ねさせてなるべく早く商店街から抜け出た。


家に着くとすぐにベッドへ飛び込んだ。ここ数日で多くの人が私に踏み込んできた。いや、向こうから言わせればそんなこともない至って普通の会話で特に意識の中にも残っていないようなことだろう。こんな時少しだけ胸が苦しくなる。心からの心配と優しさを向けられても私は拒絶してしまう。私は無意識のうちに意識の中に知られることをひどく避ける。誰かと深く関わり合うことはしたくはない。それでも、意識を向けている誰かを拒絶することは決して快いものではない。罪悪感のようなしこりはどこかに残ってしまう。ただ、誰かと交じり合おうだなんてことは考えない。私はそれで自分を保っている。そこが無くなってしまえば私は私ではない。一人でいること誰とも関わらないことはいけない事なのか。誰かと過ごすことが正しいことなのか。なぜ一人でいることが悪のようにこの世界ではされてしまうのか。人間関係の正解さえもいつのまにか学校で教えられてしまうのか。そんなくだらないことを時々考えてしまう。まぁ、どっちでもいいことか。制服から少しだけよれた部屋着に着替える。夕飯までは少しだけ時間がある。明日の小テストの範囲を一応まとめておくことにした。不意にスマホが光り何か携帯会社からのメールが来たことを知らせる。と、同時に昼に聞いていたプレイリストのマークが表示される。そういえばまだ消していなかった。私は服を着替えるように今日の私を削除し、適当なプレイリストを用意しておくことにした。音楽のサイトは履歴から『あなたへのおすすめ』を表示してくる。得意げに私を知ったように。何一つ私の趣味ではない。この機能が機能していないことが少しだけ私にとっては安心につながっている。


私はスマホの電源を机の上に置き教科書に向き合った。それが終わることには19時を回っていた。そろそろ夕飯にしよう。私は教科書を閉じて部屋の明かりを消して部屋の扉を閉め、台所へ向かった。台所のそばには小さなリビングがあり、そこで食事をする。何がついているわけでもないけれど、テレビをつけて静かに食事をし、一日を終えた。

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