第7話 運命の結末

 午前十一時五十分、場所は東地区の物流倉庫入口から五十メートルほど離れた地点。

 物流倉庫付近は前回同様人通りが少ない。

 俺たち四人は物流倉庫内の人間に怪しまれないよう建物の影に身を潜めて、来るべき時のために備えていた。

 その間、ずっと志水が入り口の様子を見ながら、機会を伺っていた。


「様子はどうだ、志水」

「まだだ」

「先輩、私ちょっと緊張してきました」

「安心しろ、孤杉。お前が尊敬する志水に背中を預ければきっと大丈夫だから」


 気休めにそうは言いながらも、あの小さな背中に寄せる期待が、大きなプレッシャーになるのではないかと心配になる。


「来たぞ」


 志水の声を聞き、俺も身を乗り出して現状を確認する。

 白いトラックが入口の奥手から近づいてくるのが分かった。


「私と穂村は、気付かれないように接近を試みる。二人はここで待機し、運転手を気絶させた後に合流し乗り込む」

『了解』


 俺と志水はともに入口の方へと向かう。

 トラックの運転手に気づかれないよう注意を払いつつ接近し、俺は拳銃の射程範囲内に入ったところで一度陰に隠れる。

 一方の志水は平然な顔をしたままさらに接近すると、歩きながらリュックの中に手を突っ込み、何かを取り出した。

 俺のいる交差点の角から物流倉庫の入口までの間には遮蔽物が一切ない。

 そのため接近するには今の志水のように、たまたま通りすがった人を装うしかなかった。

 当然運転手は近くで何が起きているのか知らないので、入庫許可証を機械に照合させるために窓を開け、顔を外に出す。

 その瞬間を見計らったかのように、志水は大きく振りかぶると、持っていたものをトラックの方へ思いっきり投じた。

 投擲された物体は綺麗な放物線を描き、トラックの近くにある防犯カメラのレンズに直撃。

 かなり遠目ではあるが、志水が投げたものは何の変哲もないただの石のように見えた。

 レンズの割れた音で運転手は異変を察知し、焦った様子で周りを見渡す。

 その異変を起こした張本人は何事もなかったかのように、そのまま歩き続けているので、運転手はそのことにも気づかない。

 だが、どのみち気付いたところでどうすることもできない。

 なぜなら俺の拳銃が的中するからである。

 五十メートル以上離れた目標を目掛けて発砲した刹那、銃弾は運転手の頭を直撃した。

 そしてそのまま運転手は意識を失ってその場に倒れこんだ。

 志水はすぐに運転手の状況を確認すると、俺たち三人に合図を送り、トラックの付近で四人は合流した。


「三人は先に荷台に乗っていてくれ」

『了解』


 壮馬と孤杉は、志水の指示通り荷台に乗り込む。


「穂村、何をしている?」

「周りを見張っておこうと思って」

「そうか」


 志水は重要なことを自らの手だけでやろうとしている。いや、俺たちが任せてしまっている。

 少しでも力になればと、俺は周りから人が来ないか確認することにした。

 志水は素早く運転手にサングラスをかけ、自動運転を作動させた。そしてやるべきことを終えると、運転席から降りてきた。


「あとは乗るだけだ」


 俺と志水が乗り込んで荷台を閉めると、トラックは発進した。


「ふぅ……」


 俺は服の袖で汗を拭う。

 自分を、志水を信じていたとはいえ、外すわけにはいかない狙撃はやはり緊張する。

 その緊張から解き放たれて、一気に気が軽くなった。


「無事、ここまでは成功だ」

「にしても志水さん、運動センスまであったとは」


 壮馬が言う運動センスとは、さっきの石の投擲のことを指している。


「偶然だ」


 志水がこう言うということはきっと本当に偶然だったのだろう。

 なぜなら、もし自信があったり計算ができていたのなら、志水は『当然』と答えていただろうからだ。

 もちろん、志水のことだから練習を欠かさずやっていたことはいくらでも想像がつく。

 ただ練習をしたからと言って、マウンドからベースまでの距離よりも長い所から投げた石が、監視カメラのような小さなストライクゾーンに当たるとは限らない。許された機会が一度だけだったのならなおさら当たる確率は低くなる。

 だが、世の中に奇跡というものは存在しない。あらゆる奇跡と言われるものには必ずそうなった理由がある。

 今回志水が、難易度の高いことをやってのけたのも奇跡でも偶然でもなく、それは志水がしてきた練習の賜物だったのだと思う。

 本当に志水はすごいと、心底俺は驚いていた。


「それでこの後はどうするんですか?」


 孤杉がこの後のことを問う。


「このままモデル都市を出て、国家総合管理塔に向かう」

「でもさっき、そこを目的地に設定してなかっただろ?」


 俺はちらっとだけ見ていたが、志水は目的地を国家総合管理塔には設定していなかった。

 自動運転を作動させるためには必ず目的地の設定が必要となるのだが、志水が設定していたのはこの荷物が届く行き先。モデル都市で言う物流倉庫のようなところだった。


「それには理由がある」

「理由?」


 その時だった。 

 激しい警報音が車内に鳴り響く。


「な、何だ?」

「予想通り、見つかったな」

「どういうことだ、志水」


 鳴り響く警報音に掻き消されて、若干声が通りづらい。


「ゲートをくぐるには今回行った方法を使えばいい。だが、ゲートを見つからずに通る方法は残念ながら見つからなかった」

「え?」


 俺は志水の言った言葉の意味がすぐには理解できなかった。


「したがって、今を持って私たちは重要指名手配された脱走犯というわけだ」


 つらつらとありのままに事実を述べるが、その事実はあまりにも重たすぎるし衝撃的過ぎた。

 だが志水が依然として冷静なのを見て、これすらも計算内だったのだと理解し、俺は少し落ち着きを取り戻す。


「大体今どこだ?」

「ゲートを通過してすぐのところだ。ゲートにいる警備員は基本的に見回りしているだけで、トラックの中身までは確認していない。だから通過自体は出来るが、通過の際に荷台にいる俺たちが赤外線センサーに反応したために、この警報が鳴ったというわけだ。これが鳴ったということは、警察や警備員がこのトラックを追いかけてくるだろう。近くに来ていない間に、俺たちはトラックが停車した瞬間、荷台から降車する。そこから急いでトラックから離れる」


 しばらくしてブレーキとともにトラックは停車した。目的地に到着したわけではなく、単に信号待ちでの停車だ。

 俺たちはそれを確認してすぐさま荷台から降りた。

 当然、周りからは奇異の目で見られているので、急いで荷台を閉めてトラックを離れた。


「うわ、すっげ~!」

「壮馬。今は感心してる暇はないぞ」

「あ、あぁ。悪い」


 壮馬はトラックから離れながら、周りの景色に目を奪われていた。

 しかしながら、その気持ちも分からなくない。

 見たことのない高層ビルやマンションが立ち並ぶモデル都市より発展した都心部。

 モデル都市とは違った、不思議なその雰囲気に段々と飲まれていきそうになる。

 どこもかしこも見たことのない景色。

 退屈に明け暮れていた当時の俺だったら、立ち止まっていたに違いない。

 俺たちは止まることなく走り続け、五百メートルほど距離をとったところで、一度足を止めた。

 今俺たちがいる場所は比較的人通りの少ない裏通り。

 裏通りといってもここは国の都心部。東地区の志水の家がある通りのように、廃ビルが建ち並んでいるわけではなく、ぽつぽつと飲食店などが見受けられた。


「ここまでこればひとまず安心、と言ったところか」

「でも、俺たちの位置が把握されている可能性はないのか?」


 GPSなどで、俺たちの位置が常に把握されている可能性は十分にある。

 俺はその可能性を懸念していた。


「その可能性は低いとみている。もし私たちの場所を二十四時間常に特定できているのなら、そもそもモデル都市の境界部にセンサーを敷く必要性はないはずだ。あと、特定できているのなら、おそらく既に追い回されているだろう」

「顔や身体的特徴が割れている可能性は?」

「警察を含む捜査隊に顔が割れている可能性はある。だが一般人は、脱走している人間がいることを知らない。したがって、捜査隊の姿が見えない場所でのこそこそとした行動は、一般人に通報される可能性を視野に入れると、むしろ危険と推測される」


 一般人が脱走に関する情報を一切知らないのには、モデル都市特有の事情が絡んでいる。

 元々モデル都市は、表向きには国の中でモデルとする立派な都市を造ろうという名目で制定されている。

 国はそのモデル都市の本当の面を国民に知らせないために、メディアなどを通じてのモデル都市内の情報発信をしないように動いているという。

 したがって、現在脱走している人間がいるという情報を国民に伝えることは出来ず、一般人は何が起こっているのか知る由もないというわけだ。

 これは前回のモデル都市廃止計画においての資料に記されていた内容で、約三百年越しにその情報は役に立つことになる。

 二か月も図書館通いした甲斐があった。


「ということはここからは一般人に扮して行動しろ、というわけだね? 志水さん」

「その通りだ」

「志水先輩!」


 孤杉がなぜか興奮して飛び跳ねながら、ある店の看板を指差す。

 その看板は綺麗なデザインをしていて、いかにも女性受けしそうな雰囲気を醸し出していた。

 実際、その店に入っていく人も出ていく人もみな女性だった。


「あそこに見たことのないスムージーが売ってますよ! 私が代表して皆さんの分購入してきます!」

「あ、ちょっと……」


 志水が制止しようとするも、時すでに遅し。

 孤杉の姿は店内へと消えてしまっていた。


「今置かれてる状況忘れてるだろ、あいつ」

「でも、脱走犯が呑気にスムージー飲みながら歩いている人を見て怪しむ人はいないだろうし、いい方向に働くかもよ? だからそんな辛気臭い顔しないであげてよ、志水さん」


 壮馬は孤杉をフォローするように言うが、俺はむしろ逆のように思う。

 今日は平日で、尚且つ真昼間。

 本来学校があるはずの時間帯に、制服を着たまま外でスムージー飲んでいる様子を見て何も思わないはずがない。

 志水は頭を押さえていた。

 当初から懸念していた、予想できない孤杉の動きに頭を悩ませているのだろう。


「……花実が戻ったらすぐに向かうぞ」

『了解』


 しばらくして孤杉が両手いっぱいにスムージーを持って戻ってきた。

 結局俺たちは、壮馬が言っていた通りにそれを飲みながら、目標である国家総合管理塔へ向かった。



* * *



 徒歩開始から約一時間経過した午後二時頃。

 普段からこれだけの距離を歩かない俺たちにはさすがに辛く、一度休憩を入れていた。

 さっき買ったスムージーなどとうの昔に飲み切り、今は孤杉がコンビニで飲料を購入しに行っているのを待っているところだ。


「あとどれくらいだ? 志水」

「三時間弱」

「三時間!? まだ四分の一しか歩いていないのかよ」

「志水さん。交通機関を使わずに徒歩ってのには、何か理由があるんでしょ?」


 俺たちが歩く歩道のそばを何度も路面電車やバスが通り過ぎていく。

 もし乗っていたら四時間も歩く必要はなく、今頃は到着していたかもしれない。

 そうしなかったのは、壮馬の言う通り何かしらの理由があるはずだ。


「公共交通は、捜査隊によって検問と騙って乗客の確認をされるという可能性も捨てきれない。そうなる可能性も考慮に入れると、比較的自由の利く徒歩の方が都合がいい」


 やはりここにも志水なりの理由があった。

 確かにバスや電車の中にいては、検問された際の逃走は困難を極める。


「でも徒歩四時間は聞いてないよ……。それなら最初から言っておいてほしかったな」

「何だ秋原。もうへばったのか? 花実を見てみろ。まるで何事もなかったかのようにピンピンしてるぞ」


 志水の言う通り、飲み物を抱えて戻ってくる孤杉はスキップするほど元気が溢れている。

 一応現役の男子高校生二人が足がプルプルするほど疲弊しているというのに、一体どこからそんな元気が湧いてくるというのだろう。

 志水も志水で、汗一つかかずに平気そうな顔を浮かべて、涼しいビル風に当たっている。


「買ってきましたよ~」

「孤杉。買うもの間違えてる」

「この『限界は地平線の彼方』ってやつ、何かすごそうじゃないですか」


 茶瓶の表面に書かれた勇ましい文字から、いかにもすごそうな感じがする。

 だが……。


「俺の欲しかったのはスポーツドリンクで、これは精力剤だ。エナジードリンクですらないのかよ」


 スポーツドリンクが茶瓶に入っているはずがない。

 にやにやしている表情から、わざとやったということはすぐに分かる。


「まぁまぁ、グイっと行ってくださいよ、グイっと!」

「漲ってくるものが間違ってるからなぁ」


 そうグチグチ文句を言いつつも、一本五百円近くするドリンクを飲まないわけにもいかず飲み干した。


「にがっ……」


 コーヒーとはまた違う壮絶な苦みと薬の味がいかにも効果ありそうな感じはしたが、今はむしろその効果は発揮してほしくない。

 俺はその後、自分でもう一度コンビニに出向いて目的だったスポーツ飲料を買い、口の中を綺麗さっぱりと流した。



* * *



 現在時刻、午後四時四十五分。

 文字通り足が棒になった状態で歩き続けること合計約四時間。


「これが……」


 教科書などで見たことはあったが、間近で見るとやはり別物。

 ガラス張りの壁面が傾いてきた日の光を反射し、建物がより神々しく感じられる。

 目視で数えて約五十階を超えるその建物が、俺たちが今日まで目指してきていた目的の場所、国家総合管理塔だ。

 国家総合管理塔は東地区図書館のように、建物の周りが公園のようになっていて開けている。

 目標であった国家総合管理塔を目の前にして、俺たちは近くにあったビルの三階にある飲食店に入った。

 席に着いたところで俺たちはそれぞれドリンクだけ注文した。そして間髪入れることなく、最後の作戦会議が始まる。


「この後、国家総合管理塔へ突入する。ただし、国家総合管理塔の入口は一か所しかないため交戦は前提だ。警備員をある程度気絶させた後侵入し、最上階のターゲットを目指す」


 この飲食店からは、国家総合管理塔の姿がよく見える。

 入口は正面にあり、俺たちはそこから入って上を目指すことになる。


「でもあの数との戦闘で、俺たちが勝てる見込みはあるのか?」


 約三百年前の資料によれば、モデル都市の三割の人口を擁して行われた前回の計画は失敗に終わっている。

 これだけの人数を相手に、それもその当時は血の飛び交う戦闘だったにも関わらず、敗北している。

 そこから考えて、警察や警備員の数が相当多いことは見当がつく。


「警察や警備員はおそらく私たちを脱走犯だとすぐに認識するはずだ。その場合、彼らは生かそしたまま捕らえようとするだろう。それを逆手にとって、こちらは容赦なく発砲を続ける」


 同じく約三百年前の記録によると、失敗して捕らえられた人たちは全員生きたまま連れられて、その後実験によって殺されてしまったという。

 約三百年の時を経てようやく、その時の死が報われる時がやってきた。


「成功する確信は?」


 俺のその問いに、間髪入れずに答える。


「当然」


『当然』という言葉の後に『ある』とも『ない』とも言っていないのに、俺たち三人はその言葉の意味が理解できる。そして、一気にやる気に満ち溢れてくる。


「時間はもうない。ここからは臨機応変に対応するから、指示は聞き逃すな。では行くぞ」


 俺たちは届いたドリンクを一気に飲み干すと、すぐさま立ち上がりこの店を後にした。


 

 目の前に広がる大きな敷地を前に、俺たち四人は立ち止まる。

 すっと視線を上げると、そこにはそびえ立つ塔が一つ。

 俺たちは四人揃って敷地内に一歩を踏み出した。

 それを見て、近くにいた警備員の一人が駆け寄ってくる。


「君たちここは関係者以外立ち入り禁止だよ……、いや君たちまさか」


 警備員は案の定すぐに俺たちの正体に気づき、それによってさらに三人の警備員たちが集まってくる。


「大人しくすれば命は保証しよう」


 一人の警備員の言葉を聞いて、志水は問答無用で拳銃を構える。


「命を保障? 命をたくさん奪ってきた犯罪者が今更何を言う。それでよく警備員などという守る仕事が務まるものだな」

「貴様黙れ。大人しく拳銃を……」


 志水はその警備員の言葉を待たずして発砲した。

 警備員はすぐにその場で倒れこんだ。


「おい! 今すぐ拳銃を置け!」


 再び発砲音が鳴る。でも、今回は志水の拳銃からではない。

 俺、壮馬、孤杉の三人がほぼ同時に発砲し、近くにいた警備員はみな倒れた。

 その様子を遠くから見ていた警備員は、何やら応援を要請しているように見える。

 おそらく暫くすると俺たちの周りは囲まれてしまうだろう。

 その前にある程度の決着をつけて侵入しなければ、ここで計画は絶たれてしまう。

 俺たちは近づいてくる警備員や警察官に向かって続けざまに拳銃を発砲する。

 実験段階で世に出回っていないこの拳銃の性能を警備員や警察官たちが知っているはずもなく、次々と倒れていく。

 ただ、倒れた分だけ応援で駆けつける警察官が増えていき、いつまで経っても突破口が見えてこない。


「無駄な抵抗をするのはやめて、大人しく投降しなさい」


 現場を指揮する警察官が、拡声器を使って呼びかける。

 事実、段々と数に圧倒され始めている。


「どうする志水」

「人と人との対面以外での戦闘ではこの拳銃は一切役に立たない。そのことから、空からの応援が到着する前に決着をつける必要がある。もしこれ以上の劣勢になるか、残り十分で決着がつかなければ、一つの策を打つ」

「分かった」


 俺たちは出来る限りの速度で連射し続ける。

 練習の甲斐あって誤射の割合は低いが、俺たちが撃つスピードよりも増員数の方が多ければ意味のない話。

 ぞろぞろと駆けつけてくる増員。いつの間にか警備員の姿は消え、周りを囲むのは全員警察官だった。

 拳銃対策なのか、警察官は防護服にヘルメットを装着して現れるが、この拳銃はヘルメットくらいであれば貫通して気絶させることができる。

 しかし……。


「もう限界だ、志水!」


 もう四方八方を囲まれ、段々と距離が詰まってきている。


「ここまでか……」


 あれから十分経たずして、志水は一つの行動に出た。

 拳銃を一度リュックに片付け、中から四人分の耳栓を取り出した。


「これを急いでつけろ! そして目を瞑れ!」


 予想より切迫しているからか、志水は少し焦っている様子だった。

 指示通り急いで耳栓をし、目を瞑った。

 一秒後。

 耳栓を貫通するほどの強い衝撃音が辺りに鳴り響いた。

 しばらくして、そっと目を開けると周りの様子が大きく様変わりしていた。

 耳栓をとり志水に確認をとろうと言葉を口にするが、さっきの衝撃のせいで耳に違和感が残っていた。


「これは?」

「閃光爆弾と音爆弾を混ぜた手榴弾だ。三半規管を一時的に潰したからまともには動けない。加えて念のために視覚も潰しておいた」


 もうすぐそこまで迫ってきていた警察官たちは、耳を抑えてその場にしゃがみこんでいた。

 周りに広がる異様な光景にあっけにとられていると、


「急ぐぞ」


 と志水に声を掛けられ、我に返った。

 俺たちは急いで入り口を目指して走り出す。

 拳銃と違って意識が残っている以上、すぐに起き上がってくる可能性もある。

 その前に入口を突破しなくてはならない。


「志水さん」


 ようやく入口に差し掛かった時、壮馬は後ろを振り返って志水を呼ぶ。

 俺たちもそれにつられて後ろを振り返ったが、そこには立ち上がり始める警察官がちらほらといる。

 予想よりも遥かに早く、回復し始めていたのだ。


「俺と孤杉さんでここは食い止めておく。だから二人は早く最上階に」


 壮馬のこの提言に、孤杉も応える。


「ここは任せてください! 一度は言ってみたかった台詞ですね」

「身の危険を感じたら最上階を目指せ」

「了解」

「では頼んだ。行くぞ、穂村」

「あ、あぁ」


 俺たちは壮馬と孤杉を入り口に残して屋上へと向かうため、階段を上った。

 ここまで四時間歩いたことが響いて、足に中々力が入らない。

 それでもここを登らなければ、屋上には辿り着けない。

 目的のために力を振り絞ったあの日を思い出し、俺は一歩、また一歩と階段に足をかけていく。


「任せてよかったのか?」

「秋原があの場所で提案をしたのは、入り口があそこ一つしかないことを逆手に取ろうとしたからだろう。あそこからしか入れない以上、拳銃では的が絞りやすい。二人いれば一定時間食い止めることは可能だろう」

「そういうことか」

「医学部に合格するだけのことはある」


 ここに来て、初めて志水が壮馬を褒めた。

 壮馬がこの言葉を聞いたら飛び跳ねて喜ぶだろうな……。



 残り一滴も残さないよう、全ての力を振り絞るが、ぐるぐると回りながら続く螺旋階段はまるで永遠のように感じられる。

 外から見た感じ、相当上ることは覚悟の上だったが、それにしても長すぎる……。

 精神的にも限界を迎えそうになった頃にちらっと上を見上げると、ようやくゴールの最上階が目に入った。

 それからはあっという間で、気付けば最上階である四十五階に到着していた。

 ガラス張りで外が見える構造のため、四十五階から見下ろす景色は本当に圧巻だった。

 モデル都市にいたのでは絶対に見られなかったその景色を見て、大きな感動を覚えた。

 でも、ここまで登ってくることが目的だった訳じゃない。

 俺たちは今ようやく土俵に立っただけ。

 ここから迎えるのが、計画の本番なのだ。



* * *



 ビルの最屋上にある貴賓室と書かれた部屋の前。

 その部屋の前にある案内看板には、『モデル都市制定三百周年記念パーティー会場』と書かれている。

 俺たちと中を隔てる分厚い両開きの扉の先に、計画を止めるための最後の鍵がある。

 その最後の鍵を前にして、志水は今までより一層慎重になっていた。

 中の様子を耳で伺い、追手が来ていないかの確認も入念に行っている。


「ここからどうする」

「まず中に本人がいるのか。その確認をした後、中にいれば状況を見て私が交渉する」

「分かった」


 志水は階段を上ってきた影響で少し乱れていた呼吸をしっかり整える。

 ずっと歩いてきた上に、四十五階分の階段を上ったのに、志水は一度たりとも弱音を吐かなかった。


「ようやくだな、志水」

「そうだな」

「ここまでは長かった。だが、全てはこのための時間だった」


 志水と出会った日からこれまでのことが、まるで昨日のことだったかのように思い起こされる。

 だがそれは俺の話。

 志水は俺といた年月より長く、この計画に対して時間をかけてきた。

 一番大切な親友と別れ、自分の居場所を離れてまで得ようとしたもの。

 それを手に入れられる最初で最後の機会が、今なんだ。

 志水は深く呼吸すると、ゆっくりと両手を扉の手すりにかけた。

 そしてゆっくりとその重たい扉を開け放った。


「……」


 目の前に広がる景色の異様さに、俺も志水も唖然とした。

 広い会場には、結婚式の披露宴会場のような豪華な丸い机が並び、その上にはいかにも高級な食事が並べられている。

 だが、おかしい。その食事を頂くはずの招かれている人々の姿がここにはなく、完全にもぬけの空だった。

 ただし、一人を除いて。


「ようやく来たか」


 その一人とは、本計画においての最後の鍵にして、この国の最高責任者である人物、綺羅進士だった。

 その座に就くものとしては異例の若さと、モデル都市制度を施行した人間の家系であることで有名な、国で最も権力のある人間。

 外の情報を得られないモデル都市内の人にとってこの人物は、歴史上の人物の一人としてしか知られていない。

 そんな人物と初めて対面して最初に感じたのは、やはりその若さだった。

 現在四十五歳と、四十代半ばである時点で若いのだが、見た目は二十代後半と言われてもおかしくないほど若々しい。

 その若々しい見た目とは裏腹に、これまでの実績や経験から生まれたものなのか、重たいオーラを纏った綺羅。

 しかしそんな綺羅にも、いつものごとく恐れることも臆することもない人がここに一人。


「待っていたかのような口調だな」


 敬語どころか、俺たちに接するときよりも強い口調。

 その口調に、志水が抱えている感情の全てが乗っていることは明らかだった。


「他の人間はどうした」

「ここには非常時の脱出エレベーターが設置されている。無論、テロなどに備えて、この情報はこの私や限られた人間しか知らない」

「だったらなぜお前も逃げない。自分の身分がずっと安泰で、身の危険を感じる信号が麻痺しているんじゃないか?」


 一切躊躇することなく毒を吐く志水が、あまりにも俺の知る本性から離れすぎていて、綺羅よりよっぽど恐ろしい。

 と、思ったのも束の間。

 急に不敵な笑みを浮かべた綺羅。


「だから言っているだろう。待っていた、と」

「本当に狂ってるんじゃないのか? お前」


 志水の言う通り、俺も綺羅の言動がおかしいと思った。

 普通なら命を狙われている、と考えるであろうこの状況で、逃げることなく待っていたと言う。

 この行動を異常に感じるのは当然のことだった。


「私は君たちのようなモデル都市の中にいる人間が、こうして外に出て私の元に直接やってくる機会を待っていた」

「何のために?」

「モデル都市を廃止するために」

『……!?』


 綺羅の言葉に、俺たちは言葉を失った。

 まるで稲妻が走ったかのような衝撃に襲われた気分だった。


「な、何のはったりだ? 命乞いなど今更遅いぞ」

「命が欲しければ最初から逃げている。私は私の意思でこうしている」


 モデル都市を管理する立場の人間からすれば、俺たちのような実験動物は利益を生み出す道具でしかない。

 その利益を考える立場である人間がこんな発言をするなど、ましてや国の最高責任者が言うなど絶対にない。そう思っていた。


「そんな言葉信じられるわけがないだろ。それなら、なぜ自らそのための行動を起こさずに、他力本願でのうのうと過ごしている」

「この制度は、モデル都市内の人が損をして、モデル都市外の人は利益を受ける。つまり、モデル都市外の人間にとってはノーリスクハイリターンの最高な制度だ」

「ふざけるな!」


 綺羅の言葉を遮り、志水が声を荒らげる。

 冷静な志水がここまで感情を爆発させているのは、見たことがなかった。

 それでも志水がこういう風になる理由は分かる。

 なぜなら、俺も志水が言わなければ、そう口にしていたのだから。


「私たちは何だ? お前は何だ? 同じ人間だろ! 生まれた地の差でどうしてここまで酷い扱いを受ける必要があるんだ? 自分がその立場に立っても同じことを口にできるのか!」


 志水は怒りを抑えられなくなり、綺羅に歩み寄っていく。

 俺はそれを腕を引っ張ることで制止した。


「志水、待て」


 振り返って俺を見る志水の表情は、やはりいつもの志水の表情ではなかった。

 完全に冷静さを欠いて、感情に支配されている。


「穂村はそれでいいのか? 私たち、今頃死んでたかもしれないんだぞ?」

「俺だって思うところはいくらでもある。だけど、話を一度最後まで聞こう。それ次第では俺も一緒に行くから」

「……」


 説得の甲斐あって志水は少し落ち着きを取り戻し、腕を振り解こうとするのも止めた。


「話を続けてください」


 俺がそう言うと、綺羅は再び話し始める。


「私は幼いころにこの制度を知ってから、ずっと疑問に持ち続けた。それこそ、その子が話すように、同じ人間なのにどうしてこうも違うのか、と。そこからはずっとその制度を廃止しようと決めて、ずっとこの立場を目指し続けた」


 綺羅の話す言葉が全て本当だとは、やはり立場上信じられない。

 でも、それが本当だったなら、モデル都市に関わる人間の中にも、まともな心を持った人間がいるのだと、僅かながらに希望は持てる。


「モデル都市制度の特殊な事情が絡み、この制度廃止を公約には掲げられなかったが、それでも最年少でこの地位に就いた。そして一刻も早くこの制度に終止符を打つため、動こうとした。だがさっきも言った通り、制度に絡む人間にとってこれほど利益を生む制度もない。科学が発展しても、実際の結果に予測データは及ばない今の科学において、これほど助かっているものはないだろう」


 新しい薬を開発する際、治験というものがある。科学的な予想だけではなく、人間に使用してから安全性を判断するというものだ。

 そこで想定外の副作用が出れば再開発、問題がなければ認証される。

 しかしながら治験は一定のリスクを孕むもの。

 それ故に、リスクの大きさに応じて高額な報酬が出ることが多いが、どうしてもリスクを気にして参加をしない人が大多数を占める。

 そこで考えられたのがモデル都市。

 当然、何も知らせれてなければリスクを感じることなどないため、多くの人間を試すことが可能となる。

 綺羅の口から語られたことは、東地区図書館の地下にある本の内容と一致している。

 これだけ聞くと確かに制度は合理的にも見えるが、俺たちモデル都市民の命を軽視しすぎている。

 俺も志水も苛立ちは増すばかりだった。


「そんな人間が大多数を占める中で私がそれを提案しても、民主主義国家である我が国においては確実に否認される。それどころか、その後圧力によってこの地位から追い出され、二度とこの制度に終止符を打つ機会がやって来なくなる。私の祖先が作ってしまったものを私の手で葬れなければ、この先命を落とす人や苦しむ人が増えてしまう。私が、いや、国がそうせざるを得ない状況を作り出すしかない。そうして私は一つの賭けに出た」


 突然、志水の肩がぴくっと動いた気がした。


「さて、そこの女の子。気づいただろう?」


 綺羅の言葉に、志水は小さく俯いた。


「し、志水?」


 一体何を気付いたというのか。

 二人だけしかわからない言葉の疎通に、俺はついていけなかった。


「とにかく私の伝えたいことはモデル都市を廃止にする意思があるということだ。そこで、一つ提案がある。このままモデル都市の人間である君たちによって制圧され、モデル都市を解放するとの条件で命だけは見逃された、ということを世間に公表し、モデル都市制度を廃止に追い込む。これでどうだ?」

「……命を見逃す? 冗談だろ」


 一転して志水の声がいつにもまして低くなる。

 志水は手に持っていたリュックから、一丁の拳銃を取り出し、正面の綺羅に向かって構えた。

 俺はその瞬間、大きな違和感に気づいた。

 俺たちの所持している拳銃は、殺傷性はなく、頭に当たっても死なないもの。

 志水の発言からいかにも命を奪おうという発言には矛盾している。

 そもそもモデル都市を解放するために必要な鍵を見す見す失うようなことを、志水がするはずがない。

 ならば、脅しのためのはったりか。

 いや。志水の目的であるモデル都市を解放すると綺羅が言っている以上、志水の悲願はもう果たされているはずだ。

 だったらこの行動の意味は……。

 俺は握られている拳銃に着眼した。

 俺たちが所持している拳銃は、表面が非光沢になっている。

 ただ、志水が握っている拳銃は、この部屋のシャンデリアの光を反射してキラキラと光っていた。

 そこからの俺の行動は、もう考えていなかった。

 気づけば限界だった足が何事もなかったかのように思うように動いていた。


「と、どけ!」


 その思いで伸ばした左手は、大きな音とともに赤く染まった。

 志水が握っていた拳銃が音を立てて地面に落ちる。


「ほ、穂村!?」


 不思議と痛みはなかった。

 確実にこれまでしてきた怪我の中で最も大きいはずなのに。


「なんでこんなことを……」

「それはどっちの台詞だ?」


 俺は志水を決して責めようとしなかった。

 立場が違えば、やっていてもおかしくなかったからだ。


「その拳銃をここまで使ってこなかった理由は何だ? その拳銃がありながら、殺傷

能力のない拳銃を手に入れたのはなぜだ? どの命も平等で、個人の勝手な理由で奪ってはならない。モデル都市の中で過ごしてきて、それを痛いほど実感しているからだろ? それをすべて台無しにするつもりか?」


 これまでやってきた中で、どんなに重い罪を重ねても、決して命は奪わず、怪我も負わせて来なかった。

 それは志水の本性の優しさがそうさせているだけではなくて、モデル都市の中の命を独善的な理由で奪っている国の中枢にいる人間たちと、同じようになりたくなかったからじゃないのか。

 そして何よりも、


「夏島さんに会わせる顔がなくなるだろ?」


 親友の夏島さんに再会することもできなくなってしまう。

 それが志水にとって、最も辛いことのはずだ。


「悪い、穂村……。冷静を欠いた」

「ここまでどれだけその冷静さに助けられたと思ってるんだよ」

「でも、その怪我……」

「そんなの気にするなって」


 俺の右手からの流血は止まらないが、不思議と痛みもなく意識もはっきりとしている。

 普段の俺が見たら卒倒していたに違いない。

 できるなら意識を失う前に、全てを終わらせたい。


「志水。何か気がついたこと、あったんだろ?」


 綺羅とのさっきのやり取りの際、志水は何かに気づいていた様子だった。

 俺はそのことを聞いた。


「私は、途中からあいつの掌の上で転がされてたんだ」

「それって……」

「物流倉庫に最新型の拳銃があるという情報を流し、それを入手するように仕向けた。わざわざ最新式の拳銃にしたのは、おそらく人を撃つことに対する抵抗をなくすことで入手する気を起こさせ、より計画を有利に進めさせるため」


 思い返せば、衝撃型拳銃というこちらにとって実に都合のいいものが、タイミングよく物流倉庫にあったことは不自然だった。

 同様の理由で、消しゴム型睡眠薬も計画に利用させるために用意したと考えることができる。


「次に、三月下旬ごろの爆弾による被害予想実験の情報。おそらくあれはデマで、この三月一日に誘導するため」


 今更、防衛用の小規模爆弾の被害予想実験などする必要があるのか、と物流倉庫にいた人間が言っていたが、確かにその通りだ。モデル都市内の実験はどれも利益を生み出すためのものであると考えると、この実験に何一つメリットなどないことは明らかにおかしいと分かる。


「最後に今日。綺羅がどこにいるか予測のしやすい日の場合、万が一に備えてゲート警備を厳重にすればいいものを、むしろそこがいつもより薄くなっていた。この三つが明らかに不自然だと感じていたが、あいつの話を聞いて合点がいった」


 綺羅の言っていた『賭け』とはおそらくこのこと。

 もしこのようなことが関係者に見つかれば、地位陥落どころか命も危ぶまれただろう。

 とはいえ、まさかこの計画の裏に最大のターゲットがいたとは思いもしなかった。


「この子の言う通りだ」


 綺羅は、こちらのほうに歩いて近づいて来る。


「他にもいくつか手を回したが、何よりこの賭けは相当頭が切れて勇気のある人間がそちら側にいなければ成立しなかった」


 思い返してみても、志水でなければこの計画は絶対に成功しなかったに違いない。

 ピンチでも冷静で、どんな想定外にも対応する用意周到な立ち回り。

 そしてどんなことに対しても物怖じしない強い精神力。

 もし俺がその立場なら、そもそも東地区図書館の地下の倉庫すら発見できていなかっただろう。


「ここまで三百年もの間、私の先祖のつくった制度によって奪われた多くの命と未来。私は残りの人生をモデル都市の人たちのために捧げると、ここで約束しよう」


 綺羅が改めて俺たちの前でそう宣言した時。

 妙な音が近づいていることに三人は気づいた。


「何だ?」

「おそらく警察の追手だろう」


 口を閉じ耳を澄ますと、静かなこの貴賓室の外から迫って来る足音が感じとれた。


「どうする志水」

「非常エレベーターだ」


 綺羅がそう言って奥の方を指差したが、それはもう遅かった。

 数人の警察官が最上階に到着し、俺たちと対面した。

 その警察官は、さっきまでとは明らかに違う点が一つ。

 それぞれが拳銃を所持していた。

 生け捕りにし、そのあと実験に使われることが前提であったため、俺たちとしては想定外だった。

 警察官は、警告することなく拳銃を構える。

 志水は先ほど使用した本物の拳銃で応戦しようと、床に落ちた拳銃を拾おうとした。

 だがその瞬間、銃声が鳴り響いた。

 一瞬何が起きたか分からなかったが、目の前に映った鮮血の飛沫で、現実を知ることになる。


「志水!」


 志水の左脇腹を銃弾が直撃しており、そのままその場に倒れこんでいた。

 俺の流血量とは比べ物にならない量が、床の上に流れた。

 俺はすぐさま志水の元に駆け寄りたかったが、まだ警察官が銃を構えている以上、一歩も動くことができない。


「大人しくしろ!」


 警察官が脅しをかける。

 俺は仕方なく、所持していた衝撃型拳銃を手放し、両手を上に挙げた。

 そして俺はここで大きな問題に気づく。

 入口が一か所しかない状況で、警察官が数人侵入してきているこの状況。

 壮馬と孤杉は確か……。

 今置かれている状況を理解し、俺は悟った。本当に人に頼ってばかりだと。

 いざこうして一人になると、何もできやしない。

 志水がいたから、壮馬や孤杉がいたからここにいたんだ。

 だから志水も壮馬も孤杉も、誰もいない状況で俺にできることなんてないんだ。

 ここまで、か。


「うっ!」


 突然、警察官の一人がその場に倒れこんだ。


「一体何が……」


 そう思って倒れた警察官の姿を見たが、一切流血はなかった。

 これができるのは衝撃型拳銃しかない。

 そこから立て続けに倒れていく警察官。

 警察官側も応戦しようとしたが全く歯が立たず、結局気づけば全員が倒されていた。

 そしてその奥から、制服を着た男女が姿を現した。


「悪い、遅くなった」

「壮馬……!」


 そこに現れたのは壮馬と孤杉だった。


「お前たち……。一体どうして?」

「悪い。入り口ではなんとか食い止めきれたが、どうやら空から侵入されたらしい……、ってお前、怪我してるじゃないか」


 壮馬が俺の手のひらから滴る血を見てそう言った。


「待て。その話は後だ。志水が!」

「し、志水先輩!」


 孤杉が血相を変えて、いち早く志水の元に駆け寄った。

 俺と壮馬もすぐさま駆け寄り、志水を囲むようにして様子を伺う。


「志水先輩! 志水先輩!」


 孤杉が何度も何度も声をかけるが全く反応はない。


「すいません。今すぐ搬送の用意できますか?」


 俺はずっとそばで心配そうにしていた綺羅に頼み込んだ。

 正直、俺たち三人で運ぶには時間がかかりすぎる。

 出血量からしても一刻を争う現状だった。


「分かった。今すぐ手配する」


 そう言って綺羅は連絡を取り始めた。


「壮馬、志水は……」


 俺は医者を目指す壮馬に志水の容態を尋ねた。


「傷の位置から見てもあと数センチ違えば即死の可能性があった。そこは不幸中の幸いだが、内臓の損傷が窺える。出血量も多いし、急がないと危ない」


 孤杉はその間もずっと名前を呼び続けるが、志水は一向に意識が戻らない。身体に

も力が入っておらずだらんとしており、顔色はどんどん血の気が引いていく。

 このままでは……。


「志水!」


 その悲痛な俺の声は、こんなにも近くにいるのに届くことはなかった。

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