第4話 計画の鍵
迎えた翌日の十二月四日土曜日の朝。
もうじき冬に入るということもあって、寒々とした空模様。
東地区駅の周りに生えた木々も、冬らしいくすんだ葉の色をしている。
モデル都市の駅は全部で六つ。主要線の東地区駅、西地区駅と、ローカル線の北東地区駅、南東地区駅、北西地区駅、南西地区駅がある。
当然のごとく、これらの線路はモデル都市の外とは繋がっていない。
そんな六つの駅のうち、東地区駅周辺は最も人の数が多い。駅周りの開発が進んでいて、大型施設が多く建設されている。
休日ではあるが、今から出勤する人をちらほら見かける。駅のそばに置いてあるベンチに座り、そんな人の流れを眺めていると、集合時間の五分前に志水が合流した。
休日にも関わらずいつも通り制服を着ているが、機能的にも他人に学生だとばれるという点でも、任務をする上では不都合な気がする。
いつもと違う点は、なぜか何も入っていなさそうなリュックを背中に背負っていることだった。
「相変わらず早いな穂村」
「志水を待たせるわけにもいかないからな」
集合時間に遅れなくとも、仮に待たせようものならただで済まない予感がするからだ、とは口が裂けても言えない。
「それで、任務って何だ」
「今日の任務は、計画のキーアイテムを入手する」
「キーアイテム?」
キーアイテムというのだから、計画成功には欠かせないもの。
一体どういうものなのだろうか。
「分かりやすく言えば、最新モデルの拳銃だ」
「け、拳銃!?」
「おい、大きい声でそんな言葉を発するんじゃない」
「あ、ごめん……」
拳銃を入手する方法としてパッと思いつくのは、闇ルートと警官からの強奪。
どちらにしても普通に犯罪なのだが、国家の転覆に比べれば極めて小さい罪ではある。
だが、犯罪は犯罪。これまでそういう世界と程遠い所にいた俺は思わず驚いてしまったが、志水は感覚が麻痺しているからか、なんとも思っていなさそうだった。
「その拳銃が保管されているとされる東地区の物流倉庫に潜入し、人数分確保するというのがこの任務の目的だ」
「人数分ってことは、三丁?」
「四人分だ。穂村も見当はついているかもしれないが、念のため確保しておきたい」
志水が四人分確保しておきたいと言うのは、孤杉が計画に参加する可能性があるからだろう。それに不測の事態に備えるという意味でも、多いに越したことはない。
「では行くぞ」
俺たちは、物流倉庫を目指し歩き始めた。
物流倉庫は、駅から徒歩十分ほどのところにある。
物流倉庫のある敷地内には、一見ただの体育館に見えるような倉庫がいくつかと、事務所と思われるプレハブを大きくしたような白い建物が一つ。
主にモデル都市の内外の物流の際に利用されることが多く、食料品や日用品を始め、建築や情報の資材などもこの場所に置かれているらしい。
「その最新式の拳銃が物流倉庫にあるってことは、まさか……」
「あぁ。そのまさかだ」
その物流倉庫にあるものは、必ずしも世の中に出回っているものだけとは限らない。
つまり、予防接種と騙って行われていた薬や、その他このモデル都市で行う予定の実験に関わるものもそこにはあるだろう。
志水の言う最新式とは、『試用期間中』、という意味も含まれていて、このことを仄めかしていたというわけだ。
「当然だが、実験用となればそれだけ管理は厳重だ。まず実験用のものが保管されている倉庫に入るには、管理者しか知らないセキュリティーコードを入力する必要がある。そのセキュリティーコードは、管理者の持っている手帳型のセキュリティーマニュアルに記載されている」
「要するに、手始めにそのセキュリティーマニュアルを入手する必要があるというわけか。でもその前に、どうやって敷地内に入るつもりだ? そもそも物流倉庫自体、関係者以外立ち入り禁止になってるだろ」
「それについても事前の調査を済ませている」
志水は制服のポケットから手帳を取り出す。
その手帳は前に見たものとは別の色をした手帳で、もしかしたら潜入場所によって使い分けているのかもしれない。
「数回にわたって潜入を行ったが、入り口通過時に警報のようなものが鳴る様子もなく察知されることはなかった。このことから、赤外線センサーや温度センサーのような瞬時に侵入に気づかれるようなものは設置されていないことが分かった」
モデル都市に二つあるゲートには赤外線センサーと温度センサーが設置されている。そのため、隙をついたところですぐに警報が鳴って通過することすらできない。
しかし裏を返せば、それらのセンサーさえなければ隙を見て侵入することが可能だ。
「本来物流倉庫内に入る際には、入り口で入庫許可証の照合が必要だ。これは、大型輸送車での出入りしか想定されていないために、機械に許可証をかざすことでゲートが開くという簡単な仕組みのもの。監視カメラは片側一台で、カメラの死角、つまりは車の影に隠れれば、カメラに映る心配もない」
すらすらと説明する志水。
あまりにも用意が周到すぎる志水だが、もはやこれが当たり前にすら感じてきていた。
それほど志水は計画に関して全く抜け目がない。
「したがって、任務の難易度はさほど高いものではない」
「でも待て。肝心なセキュリティーマニュアルはどうやって入手するつもりなんだよ」
志水の説明通り、物流この敷地内への侵入自体はおそらくさほど難しくない。
ただ、そこから拳銃のある倉庫へ入る際までに何をするかは、まだ示されていない。
「それならこれだ」
志水は再びポケットから小さなプラスチックの袋を取り出し、その中に入っているものを手に取った。
だが……。
「ん?」
それは誰もが知る小さな白い塊。
子供の頃から馴染みのある、よく使用した際に出たごみを集め、それを大きくして自慢し合った、ある文房具。
そう。それは、ただの消しゴムだった。
「何の冗談だ、お前」
「この消しゴム……、もとい、この睡眠薬で管理者を眠らせて、その隙にセキュリティーマニュアルを奪取する」
「睡眠薬? 誰がどう見ても消しゴムだろ、これ」
その証拠に、消しゴムカバーには『よく消える 消しゴム』と書かれていて、やはり言うまでもなく消しゴムだ。
ご丁寧に大手消しゴムメーカーの名前も大きく書かれている。
「見た目は確かにこの通り消しゴムだ。だが、触ってみれば分かる」
そう言って手渡しされたが、持った瞬間に別物だということは分かった。
明らかにゴムではない触感。表現するならば、角砂糖のように表面がざらざらとしていて固い肌触り。
触ったことで白い粉が指に付着したことからも、これが消しゴムでないのは明らかだった。
「これは、消しゴムに見立てた睡眠薬の塊だ。これも例の実験用に作られたものだが、前回の潜入時に一つ拝借した。これを少しだけ削って飲み物に混入させれば、すぐにでも効果が出る。特に、倉庫の管理者のようなずっと起きていなければならない人間には効果覿面だろう」
「まさか、実験用に使う予定のものが、逆に実験対象に悪用されるとは思ってもみなかっただろうな……」
それにしても、なぜこんなものを作ったのだろうか。
睡眠薬はもともと不眠に悩む人に処方される対症療法の一つで、消しゴムに見立てる必要性など当然ない。
睡眠薬と言えば、暗殺や拘束、盗みを働く際に利用するという本来の使い方ではないものが、ドラマを始めとしたフィクションの世界によく出てくるせいで、人々の大半がそういうものだと勘違いしていると聞いたことがある。
情報社会となった現代では電子機器の画面を見ることが多くなったためか、睡眠リズムを崩しやすい傾向となり、睡眠薬は一般のドラッグストアで購入することができる。もしかしたら売り上げを上げるための一つの策として、その勘違いを利用したジョークグッズを作ったのかもしれない。
この消しゴム型睡眠薬がつくられた経緯がどのようであったにしろ、こちらとしてはこれ以上ないほど好都合な代物だ。
ただし今回の任務ではただ睡眠薬を盛るだけなので、やはり睡眠薬が消しゴムの形状をしている必要性は皆無である。
「到着だ」
物流倉庫自体は何度も目にしてきたが、ここまで近くで見たのは初めて。
倉庫の方からは、作業中のためか大きな物音が聞こえるが、人が会話しているような声は一切聞こえてこない。
「とりあえず作戦は話した通りだ。入り口を通りすがるトラックが来るまでは一旦近くで待機する」
「了解」
俺たちは交差点の影に身を潜め、トラックがやってくるのを待ち続ける。
場所が特殊なこともあり、人通りが少なくて幸いしているが、傍から見ればこそこそと様子を伺う高校生二人はどう見ても怪しいに違いない。
待つこと約十分。
物流倉庫に入ろうとウインカーを出した大型の白いトラックが現れたところで、志水が動き始める。
「行くぞ」
志水の合図で音を立てないように走り、すぐにトラックの影に隠れる。
逆側で許可証をかざしている運転手に気づかれないよう、そして監視カメラにも映らないよう、大型トラックの大きな車体によってできる死角に身を潜めた。
待つこと僅か十秒。
照合が終わったトラックは、そのまま直進を始める。
それに合わせて俺たちは前進し、なんとか敷地内への侵入に成功した。
その後志水は迷うことなく、どこかに向かって走り始め、俺はその後に続いた。
俺たちが向かっているのはおそらく、セキュリティーマニュアルを持つ管理者がいる場所だ。
* * *
入口から入って一分ほどで、その目的の場所に着いたらしく志水が足を止めた。
ここは、敷地内にある事務所のような建物一階。俺たちはある部屋のドアの裏側に身を寄せ、ドア窓からそっと中を覗いた。
部屋の中にはモニターをボーっと見つめている人が一人だけ。
俺はここで大きな疑問が湧いて、志水に耳打ちで尋ねた。
「志水、どうやってその睡眠薬を盛るつもりなんだ?」
その問いに対し、志水は行動で答える。
ポケットから何やら小型の丸い機械らしきものを手に取ると、その機械に挿されたピンを抜いた。すると、『ピロピロピロピロ』とものすごい大きな音を発し始め、行動の意図を知らない俺はかなり焦った。
どうやら高い音のなっている機械は、小学生などがよくつけている防犯ブザーのようだが、志水がずっと冷静な表情をしているのを見てこれも計画の内だと悟り、少し落ち着きを取り戻す。
志水は音を鳴らしたまま、俺を連れて現場から急いで立ち去ると、廊下の角を曲がったところで立ち止まり、防犯ブザーのピンを挿し戻した。
「今のは?」
「防犯ブザーで管理者に異変を察知させ、管理者をあの部屋から外にあぶり出すための工作だ」
「でもそれならここまで一度鳴らしてすぐに止めればよかったんじゃないのか?」
「もしそれをしたなら、空耳で済ましてしまう可能性もある。より確実にするためには長時間鳴らしたうえで、音の発信源がどこかは分からないようなタイミングで音を止める必要があった」
「な、なるほど……」
俺は志水の説明に少し圧倒された。
そして、一見無意味な行動に見えても、志水の行動には大体何かしらの意図があるのだと気付いた。
「あとはここの影から管理者の動向を確認しつつ、隙を見て部屋に潜入。飲み物に睡眠薬を入れて、再びこの位置に戻って来るまでが一段落だ」
今俺たちは、管理者がいた部屋ある廊下の突き当りの角にいる。
俺は管理者の様子を確認するためにそっと様子を窺うと、志水の予想通り管理者は音に気づいた様子で部屋の外に出てきた。
そして、音のした場所を探しに持ち場を離れ、俺たちのいる方とは逆の方へと向かい、すぐに姿を消した。
「行ったぞ」
「ここで待っていてくれ」
志水はそう言い残し、隙を見逃さぬよう管理者のいた部屋へと走っていった。
それから志水を待つこと約一分。
任務を終えた志水が、俺のいる場所に戻ってきた。
「睡眠薬の入った飲み物を飲むまでは時間がかかる。ここを人が通る可能性を考慮して、一旦近くの部屋に身を潜める」
志水に指示されるがままに、管理者のいた部屋の一つ隣の部屋に入って、物陰に身を潜めた。
暗くてよく見えないが、辺り一面に空の段ボールが散乱している。
「この後眠ったのを確認し、セキュリティーマニュアルを入手したら、建物の奥にある倉庫に移動する。セキュリティーを解除して拳銃を捜索。必要最低限の四丁をこのリュックに詰めて、あとは入ってきた時と同様にして外に出る」
ここでようやく空のリュックを志水が背負ってきた理由を知る。
確かにリュックでもなければ、この辺にある段ボールに詰める必要があり、そんなものを持って出歩けば間違いなく怪しい目で見られるだろう。
「今からどのくらい待つんだ?」
「この部屋なら、ドアの開け閉めする音は聞こえてくるはずだ。あとは、定期的に私が外に出て管理者の様子を確認する」
「分かった」
それから約十分。
全くドアの開け閉めする音は聞こえてこない。
俺はそんな管理者の動向より、今は別のことが気になって仕方がなかった。
というのも、この部屋は暗くて狭いため、身を隠せるスペースがほとんどない。
そのためかなり身を寄せる必要があるのだが、一応俺も年頃の男子高校生。
暗闇、密室、そして相手の体温が感じられるほどに近いこの距離感。
普段は全くと言っていいほど、志水を女として見てこなかったが、いざこういう状況に出くわすと自然と意識が傾いていく。
別に志水に女としての魅力がないというわけではない。
孤杉が言っていた通り、凛とした立ち振る舞いに、整った顔立ち。
美少女という名に、これ以上相応しい人はいないというくらいの人物だ。
ただ、俺たちが出会って今まで、ずっと命を左右するような問題で頭がいっぱいいっぱいになっていて、これまで一度もこんな風に意識したことはなかったのだ。
「な、なぁ志水」
黙っていると、気分が落ち着かないので志水に話しかける。
だが、その話しかけに対し、志水からの返答はない。
「志水?」
部屋が暗い上に志水が俺と逆の方向を向いているため表情が分からない。
重要な任務の上に、あの志水がここで眠るはずはないと思いながら、少し耳を澄ます。
寝息のようなものは聞こえてこないので、おそらく寝てはいないはず。
むしろ息は荒い気がした。
「し、静かにしろ。穂村」
「あ、あぁ」
明らかにいつもの志水ではない。
何やら慌てたような言葉の返し方に、疑問が浮かんだ。
何か予想外の事態にでも気付いたのだろうか。
そんなことを考えていた時。
隣の部屋のドアが開けられた音が壁越しに聞こえてきた。
「も、もうしばらく待機だ」
「了解」
冷静さを欠いた志水。
そのことに一抹の不安を覚えるが、俺たちはこのまま管理者が眠りにつくまで待ち続けた。
* * *
あれから約三十分経過した。
その間一度だけ志水は様子を見に部屋を出た。
睡眠薬の効果により管理者は眠っていたが、志水の指示で念のため深い眠りに入るまで待つことになった。
そして志水は、意を決して立ち上がる。
「行くぞ、穂村」
さっきとは違い、いつもの冷静さを取り戻した志水。
あの慌てた志水は一体何だったのだろうという疑問が残ったが、今はそっと心の中にしまった。
部屋を出て、窓から中をそっと覗く。
管理者は見事に机に突っ伏していて、一切動く様子はない。
ここから見ると、眠っているというより気絶しているようだった。
「入るぞ」
志水が部屋のドアをそっと開いた。
その際、ドアが擦れるような音が少し出たが、管理者が気づく様子は一切ない。
そして、ドア越しには伝わってこなかったが、大きな寝息を立てていた。
「セキュリティーマニュアルは……」
「お、おい」
管理者は男性なのだが、ズボンのポケットにも躊躇なく手を突っ込んでいく志水。
こういう任務でなくとも、男のズボンのポケットに手を突っ込むのは躊躇いそうだが、志水にはそういうものは一切なかった。
「これか」
志水は、管理者の左ポケットの中から黒い表紙に覆われた手帳を取り出した。
ぺらぺらと捲っていくと、赤い文字でコードらしきものが記載されていた。おそらく、これがセキュリティーコードなのだろう。
志水はそのマニュアルをポケットにしまうと、突然近くにあったパソコンをいじり始めた。
「何やってんだ?」
明らかに並ではないタイピングの速度。
志水の家でも何度かパソコンを使っている姿を見かけたが、キーボードの配列やキーの大きさが違うこのパソコンでも打ち間違いなしで同じ速度を出せるのは、決して簡単なことではない。
「倉庫の監視カメラの録画を停止させる。これをしないと、物流倉庫の中に侵入していたことをあっちに掴まれる」
「なるほど」
俺は素直に感心していたが、よくよく考えてみるとタイピング速度なんかよりも何倍もすごいことをやろうとしていることに気がつく。
監視カメラのように、セキュリティー対策用に設置されているものは、当然それ自体のセキュリティーも高い。
いくつものパスワードを入力してセキュリティーを突破しなくてはならないのだ。
それに対して志水は迷うことなく入力し、一発でセキュリティーを解除した。
「いや、なんでパスワード知ってるんだよ」
「あぁ……。説明すると長くなるが、簡単に言うならハッキングして覗いた」
「お前、どこまで用意周到なんだ……」
ここまでの流れを全て計算した上で、ハッキングしてパスワードを事前に調べ上げた。
本当に女子高校生、それも俺より年下の女の子なのか、と疑いたくなるほどの神業に、俺は目を奪われた。
志水はその後も数段階ある認証全てを通過し、監視カメラの録画を停止させてパソコンを閉じた。
「急いで、倉庫に向かうぞ」
「おう……、ってちょっと待て。足音が聞こえるぞ」
ドアの外から近づいてくる足音が聞こえた。
この部屋のドアには窓がついている。もちろん外から中が丸見えなため、すぐに隠れなければ、と隠れる場所を探したが、
「……隠れる場所がないな」
志水の言う通り、監視カメラの映像を流すモニター、パソコンの置かれた机、管理者が座っていた椅子以外に、殆ど物がないため身を隠す場所はなかった。
「仕方ない。ドア側の壁に身を寄せてやり過ごす。仮に中に入ってきた場合は、相手の意識外から攻撃する」
「了解」
俺たちは急いで入り口側の壁に体を最大限寄せて、そのまま通り過ぎることを待つことにした。
刻一刻と足音が近づいてくる。同時に、話し声が聞こえてきた。
「……聞いたか?」
「あぁ、あれだろ? 今度の予定」
「そうそう」
話している様子と足音の数から、どうやら近づいてきているのは二人。
「さすがにあそこまでやったら、ここは終わりだな」
「にしてもそこまでやる必要あるのか?」
「確かに、自衛用の小型爆弾の被害規模実験なんて今更必要ない気はするけどな」
「三月末ごろだったっけ? 実験の開始日」
「俺たちの休みが二十一日からだろ? 念のため準備段階から休みにしたって言ってたから、大体そこから二、三日後とかその辺だろうな」
「そう言えばさ……」
話を聞くのに集中していたが、いつの間にかこの部屋を通り過ぎ、その二人の声は聞こえなくなっていった。
ここにいる人間は、主にモデル都市外の人間だと噂で聞いたことがある。
したがってモデル都市内にいる人間では、数少ない外の情報を持っている人間。
今の会話の内容は、おそらく本当のことに違いない。
それ裏付ける証拠の一つが、志水の変化にあった。
歯を強く食いしばり拳を強く握って、溢れだしそうな怒りを抑えている様子だった。
それでも志水は一呼吸置くと、
「急いで次に向かうぞ」
と、今行っている任務に頭を戻していた。
だが、これはいつも通りに装っているだけで、心中は決して穏やかではないはずだ。
俺も志水に合わせて一度今のことを頭の片隅に追いやり、志水の後に続いて倉庫を目指した。
「ここだ」
実験用の物が保管された倉庫は、俺が想像していたよりも何倍も大きく、通常用途の他の倉庫とは少し造りの違う近未来的な様相。
志水は先ほど入手したセキュリティーマニュアルを開き、中に書かれてたコードを一つ一つ入力していく。
入力が完了すると、倉庫の扉が左右にゆっくりと開かれ、中にあるものが顕わになった。
一面に広がる金属製の棚と、そこに置かれた段ボールの数々。
この中から目的のものを探し出すのは、相当骨の折れる仕事だろう。
「この中のどこかにあるんだな?」
「どこに置いてあるかまでは情報を掴めなかった。根気強く探し続けるしかない」
「分かった」
「あまり時間をかけると見つかるリスクが上がる。急ぐぞ」
俺たちは二手に分かれて、目的だった最新型の拳銃の捜索を始めた。
幸い、手の届かない高い所には荷物が置かれていないため、中身を確認するのに手間はかからない。
荷物を開けてしまうと後々侵入がばれてしまうため、段ボールの表面に書かれた荷物名から大体の中身を予測するという作業を繰り返す。
「目的の拳銃って、なんて名前だ?」
「衝撃型拳銃だったはずだ。名前の通り、着弾した対象に強い衝撃を与えることで、脳震盪を起こさせ、気絶させることのできる代物だ。対象を誤って殺めてしまうのを防ぐために開発されたもので、殺傷能力はない」
「ん、待てよ、これじゃないか?」
俺は段ボール群の中で一際目立つ、銀色のアタッシュケースに目を付けた。
そのアタッシュケースの表面には、確かに『衝撃型拳銃』と書かれていた。
志水がすぐに駆け寄り、一切躊躇することなくアタッシュケースをこじ開けた。
鍵はかかっておらず、その中身はすぐ目の前に現れた。
「俺には普通の拳銃にしか見えないが……」
アタッシュケースには、志水の言う『衝撃型拳銃』が四丁収納されていた。
ただどこからどう見ても、刑事ドラマの警察官がよく持っているハンドガンにしか見えない。
「一見するとそうだが、確かにこれは衝撃型拳銃だ。試しに撃ってやろうか?」
「そんなことしたらこの後動けないだろ。馬鹿言ってないで、今すぐここを出るぞ」
「そうだな」
志水が持ってきたリュックに拳銃四丁のみを詰めると、俺たちは足早にこの倉庫を後にした。
その後、監視カメラが止まっているのを利用しそのまま物流倉庫の敷地外に出た。
「やっと終わった……」
俺は手を膝についた。
「……」
「志水?」
潜入任務を終えて達成感と疲労感に満ちている俺とは違い、達成感とは対照的にどこか納得のいっていない様子の志水。
ふと任務のことを思い出すと、あの時聞いた話の内容が後を引いているのだとすぐに悟り、俺はそれ以上何も言わなかった。
「……とりあえず、一度戻るぞ」
俺たちはそのまま、志水の家へと向かった。
* * *
あれから約三十分後。
志水の家に到着し、入り口の扉を開けた時だった。
「せ、先輩~! 一体どこに行ってたんですか!」
到着早々、孤杉に抱き着かれた志水は、手慣れたようにすぐに引き剥がした。
「なんとか留めることには成功したみたいだな」
俺はそんな孤杉をこの場から外に出ないようにし続けていた壮馬に、労いの言葉をかけた。
「大変だったぞ……」
その大変さは、疲労感いっぱいで少しげっそりとした表情から痛いほど伝わってくる。
俺たちの任務も大変だったが、この任務もそれとは別のベクトルで大変だっただろう。
ペット(孤杉)をお留守番させるのに、人員一人割かなければいけないこの状況は、今後影響してくるかもしれない……。
そんな懸念をしていると、予想外の言葉が孤杉から飛び出す。
「先輩、お話があります」
一転して改まった様子で話し始めた孤杉。
どうせろくなことではないだろうと高を括っているのか、計画資料の片づけを始める志水。
「志水さん。聞いてやってくれないか?」
その壮馬の言葉を聞き、手を一瞬止めた志水。
「事前に内容は聞かされているんだけど、本当に大切な話だからさ」
「……分かった」
志水は作業を止め、孤杉と向かい合った。
いつもの孤杉とは違い少し緊張しているようで、一度大きな深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
そして孤杉は、ゆっくりと口を開いた。
「私を計画に参加させてください」
真面目なトーンで話す孤杉によって、空気も少し重々しくなる。
志水はただ無言で、孤杉の表情を見つめていた。
まるで面接試験のような状況の中、志水の代わりに俺が面接官のごとく問いを投げかける。
「参加することがどういうことなのか、分かってるのか?」
その問いに対して孤杉は目線を下げ、少し寂しそうに答えた。
「昨日の夜、西地区から出る準備をしながらずっと考えていたんです。私以外のお三方は命を張ってまで、毎日頑張っているのに私はそれを傍で見ているだけ。きっとこのままじゃ、お三方の足を引っ張ってしまいます……」
考えていなさそうで、実はしっかり考えていた。孤杉の言葉の節々からそう感じた。
「志水先輩が夏島先輩のことを想って命を投げ出す覚悟をしているというのなら、私は志水先輩のために命を懸けます。だから……、私を……」
突然泣き出す孤杉。
孤杉にとっての志水は、志水にとっての夏島さん。
そう具体的に言われると、孤杉がどれほどこの計画への思いが強いかはもう明確だった。
ずっと無言のまま孤杉を見ていた志水が、孤杉の元に駆け寄ってそっと抱きしめた。
「私は先輩の邪魔者になりたくないんです……!」
悲痛な叫びは、俺の心にも刺さるものがあった。
志水もそれは感じたようで、そっと孤杉の頭に手を置くと、静かに口を開いた。
「私がした覚悟は命を投げ出す覚悟じゃない。命を懸けて目標を達成する覚悟だ。その覚悟は?」
「あります!」
間髪入れずに答えた孤杉の表情に、嘘偽りは含まれていない。
俺よりも何倍も孤杉の近くにいた志水は、当然それが分かっている。
志水はもう一度、孤杉の頭の上に手をのせた。
「……分かった。これから一緒に頑張ろう」
「はい! よろしくお願いします」
志水のことだ。
こうなることも予想に入れていたからこそ、拳銃を四丁用意したのだ。つまり、最初から受け入れるつもりだったのだろう。
こうして、モデル都市の廃止を目指す計画は、四人体制となった。
「ところで先輩。荷物どこに持っていけばいいですか?」
いつの間にか元の調子に戻っていた孤杉の目線の先には、大量の段ボールが積みあがっていた。
おそらく全て私物だろうが、あまりにも多すぎる。間違いなく余計なものまで持ってきているだろう。
志水も当然嫌がって……。
志水の表情を伺うと、今の問いには全く耳を傾けていない様子で、立ったまま目を瞑っていた。
そして目を見開いたかと思うと、志水は改まって口を開く。
「みんな。今から大切な話がある」
改まったその言い方に、自然と三人の視線が志水に集まる。
この部屋に流れるこれまでにないほど重い空気に、俺たち三人はただ口を紡ぐことしかできなかった。
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