突入
━ポルトアリア壊滅まであと一日。
俺が地下集会場の上級信徒の集まりで聞いた話が事実であれば明日には魔法陣が発動し、街の人々の命を生贄にして邪神が復活してしまう。
俺の努力によって現時点で住民のほとんどの避難が完了しているので魔法陣が発動したとしても住民の命が奪われることはないだろう。それに生贄がいようがいまいが邪神の復活なんてあり得ない。なにせ肝心の邪神は俺の転生エネルギーとして消化されてしまっているのだから。
モナの目も覚め、一晩休んだおかげで俺の疲労も回復。モナが感じる瞳の奥の違和感というのも段々薄れているらしいので全員揃ってポルトアリアへ【影移動】で転移し、ラスファルト島を後にした。あの気味の悪い島に長居されるとモナが変なことに感づいてしまうかもしれないからというのも一つの理由だけど、何日間もパーティの姿が見えないとあらぬ噂が立ってしまうかもしれないからだ。
転移先のポルトアリアの街からこっそり移動し、街の外に設けられた避難所へ向かった。
いくつものテントが設置された様子はさながら昔テレビで見た難民キャンプのよう。ポルトアリアの街に比べれば狭い敷地内で、避難した人の多くは不安な顔をしているが冒険者や兵士のおかげで治安は悪くないみたいだ。
「レイブンさん!」
食糧配給の列の側を通りかかった時に声をかけられた。振り返ると食糧配給を手伝っている金髪碧眼の青年、アモンドさんだ。
「依頼中ですか?」
野営に関して言えば冒険者はプロフェッショナルだ。避難所のあらゆるところ、それに周辺の魔物の討伐など冒険者は引っ張りだこ。俺達も何かの依頼の最中だと思ったのだろう。
「ええ、まぁ」
この状態で依頼を受けていない冒険者なんて不自然極まりないので軽く嘘をついて流しておく。モナがそれを咎めるように背中を小突いてきたが、そんなことは感じさせないスペシャルプリティスマイルでアモンドさんの元へ。睡眠薬の副作用とかないよね?
「聞きましたよ、何者かに襲われたって。お体は大丈夫ですか?」
「いやぁ、流石に耳が早いですね。この状況下で護衛も付けずに出歩いてお恥ずかしい限りです。冒険者ギルドの方からも家まで送らなかったことを平謝りされてしまって…」
アモンドさんが不審者(俺)に襲われたのはジョン・ドゥと共に魔法陣調査に駆り出された帰り道。依頼元の冒険者ギルドが責任を感じるのも無理はない。
「物騒ですよね、でもご無事でなによりです。魔法か何かで眠らされたって聞きましたけど体調は大丈夫ですか?」
「え、ええ。それが不思議と力が漲るような感覚すらあるくらいで。一緒に襲われたひぃ、あ、いえ、ジョンも何も覚えていないようでして。金品も奪われていませんし一体何が目的だったのか…」
ジョン・ドゥのことは相変わらずあまり好きではないが協力してもらった上に記憶を操作するようなことはしたくなかったので、あの魔法陣のことは黙っていてもらえないかとお願いしてあった。強制力なんか無いただのお願い。アモンドさんには伝えていそうなものだけどこの様子では黙っていてくれたみたいだ。見直したぜ、ジョン!
「おかしな事件ですよね。そうだ、俺達もうすぐ手が空くんですが何かお手伝いできることありますか?」
自分で起こした事件の様子を被害者に聞くなんてかなりサイコパスなことを笑顔でやってのけた俺。ジョン・ドゥには個別に報酬は渡してあるけど、迷惑料代わりといってはなんだけど手伝いを申し出ることにした。
「おお、助かります! では後程またいらしてください!」
俺達の申し出を素直に喜ぶアモンドさん。こういう時こそ助け合いだよね!
その後も避難所内を一通り散策した俺達。
「一体何をしていたんだい?」
ここまで文句も言わずについてきていたモナだが、特にあてもなくうろつく俺に痺れを切らしたのか人通りが少なくなった場所で尋ねてきた。
「念のため変な仕掛けが無いか確認してたんだよ」
「変な仕掛けって…まさか!?」
「そ、魔法陣がここにも設置されない保証はないからね」
「む? だがどこかのテントに隠されていたらわからないのではないか?」
「なんていうかなぁ、俺も広範囲ではわからないんだけど、結構魔法陣を見たからか近くに来れば違和感みたいなのは分かるようになってきたんだよね」
アモンドさんたちと共に見た魔法陣、モナ父と遭遇した場所にあった魔法陣。それ以外にもフッサと【穢れの波動】を街中に仕掛けている時に各所の魔法陣を見て回ったからかあの魔法陣特有の気配のようなものがわかるようになってきたんだよね。
俺の魔力感知は魔力量に物を言わせて自分の周囲に魔力を展開して周囲を警戒している。余程親しく特徴のある魔力じゃないと誰の魔力かなんて識別は難しいけど、常に一定の魔力を放ち続ける魔法陣だからか、あの魔法陣に関しては異物として捉えることができるようになってきた。
折角避難してもらったのに、この場所に魔法陣が設置されたんじゃ俺の苦労が水の泡だ。だからこそ散歩をよそおって魔法陣がないかを確認してたってわけ。
「じゃ、アモンドさんの手伝いよろしくね!」
「え?」「はぁ?」「む?」
三人の驚く顔を見ながら【影移動】を発動し自分の影に沈む俺。
ガニルム鉱を塗料として使った鞘に収まったジルバンド鉱の剣を携え【邪神の魔力】を解放。戦意十分意気揚々と聖神教の教会へと乗り込んだ。
「たのもー!」
人気のない教会の大きな扉を力いっぱいに開き大声でそう叫ぶも返答はない。魔力感知には地下に反応がぽつりぽつりと。
「居留守かなぁ! 金目の物を盗っちゃうぞぉ!」
尚も反応はない。それでは、と地下に立ち入る前に建物内の金品や怪しげな魔道具や書物や資料は片っ端から【裏倉庫】にしまっていく。
言っておくが俺の私利私欲のためじゃない。これから戦場となるこの場所にトリオン・ミタンがこの件の首謀者だという証拠があるかもしれないから戦いの余波で消えてしまう前に確保をしているだけだ。
…関係のない金貨や財宝の類は正当な報酬としていただくけどね。
「ふぅ。それじゃあこれから立入まぁす!」
教会の一階は正面に大きな礼拝堂があり、左右に個室がある。そして礼拝堂の先には中庭がありその先に神父やシスターたちの居住スペースがある。司教を始め偉くなると上階に個室が用意されているが地下室へはこの居住スペースから続く階段が唯一の道だ。
階段から先の灯りは全て消されているようで真っ暗。暗闇を見渡せる暗視ゴーグル的な魔道具でも装着しているのだろうか。
「ほい、【閃光】」
最大出力で放った光魔法。そもそも魔力感知で居場所はわかっているので闇に乗じての攻撃なんて俺には効かないから返り討ちにすることは簡単だ。だけどここを守っている人達が万が一にでも司教に操られているだけだとしたら可哀そうなので無力化するだけに留めておく。人数が少ないからってのも理由の一つだ。わんさかいるようだったら面倒なので魔法で殲滅していたかもしれない。
短い悲鳴がいくつか聞こえてきたので階段を下ると数名が倒れている。手には剣や杖を持ち目にはアイマスクのようなものをつけている。気を失っているようなので一旦外に逃がしておく。
改めてやって来たこの地下空間はあまり広くはない。地下牢として使われているようで、牢屋を見張るためのスペースと地下牢が六つあるだけだ。だが見張りスペースにはさらに地下へと続く階段が隠されており、そこに例の魔法陣がある。俺の魔力感知ではそこには一人佇んでいるのがわかる。
さて、計画失敗をどうやって煽ってやろうかな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます