封印されし者

「ふふーん、苦労して街中に魔法陣をー、たくさん設置したのにー、住民がいなくなっちゃったよー♪」


 隠し階段に俺の美声が響き渡る。


「らららー、聖神教で手に入れたー、その立場もー、名声もー、全て水の泡―♪」


 気分はミュージカル俳優。この会談を下りるとホールを埋め尽くす観客と俺の登場で沸き立つ歓声。


「るるー、組織の拠点もみんなバレちゃったー、そんな間抜けの顔はー、一体どんな顔―♪」


 もちろんこの先に観客もいなければ歓声も上がらない。


「こ・ん・な・か・お!」


 俺の歌声に感激したのか、俯きわなわなと震える男性が一人赤黒く光る魔法陣の中心に立っていた。外見、強さ、家柄だけでなく歌声も美しいなんて俺こそがこの世界の至宝に違いない。


「貴様かぁ! 貴様が全ての元凶かぁ!」


 感動なんかしてないよね、わかってたさ。憤怒の化身のような表情で俺のことを睨みつける男。いやいや、元凶的なものでいえばあんたじゃないのかな。ジルバンド大陸に向かうための通過点の一つだったはずのポルトアリア。あんたのくだらない計画のせいで、ちょっと観光が出来たらいいかな、くらいに考えていたのにとんだ大騒動に巻き込まれちゃったよ。


 そしてこの顔、表情こそ違うが俺が上級信徒の集まりで見たあの男だ。こいつがトリオン・ミタン司教だろう、モブ顔のくせに出しゃばりやがって!


「うっさい! くそボケがぁ! 邪神の復活だぁ!? そんなことやったってどうせ何も起きないんだよ! 無駄無駄無駄無駄ぁ!」


 とりあえず怒っている相手には俺も怒り返しておく。まさか罵声を浴びせられるとは思ってもいなかったのか光沢の美しい真っ白なローブを着た司教は一瞬キョトンと固まっている。


「拠点も潰れましたぁ! 生贄にすべき住民は避難させましたぁ! はい、残念!」


 黒騎士モードなので俺のスーパー煽りフェイスを見せられないのが残念だな。このまま心が折れて魔法陣解除の方法でも自白してくれればいいんだけど。それともレイカーのように拷問しながら【精神操作】で情報を聞き出すか。


 ま、流石にそう簡単にはいかないよね。


「貴様だけは、貴様だけは許さん! 我が組織に仇なす者たちが徒党を組んでいることは知っていたがまさかここまで好き勝手されるとはな、せめて貴様の首だけはわが手で討つ!」


 司教の持つ杖に魔力が急速に集まっていく。


「【水撃連弾】」


 司教の正面に大きな水球が現れ、そこからいくつもの水弾が俺に向かって直線的に放たれる。闇魔法だけではなく水魔法の使い手ってことかな。


「ちっ、魔剣か」


 この程度の魔法なんて躱す必要すらないので、鞘に入ったままの剣で打ち払っていく。鞘の塗料として使われているガニルム鉱の効果で俺に向かって飛んできた水弾は地下空間中に弾き返され、水溜まりを作っていく。


「だがここからが本番だ。【水撃連弾・夥】」

「げ!? げっ!」


 再び詠唱された魔法。司教の前だけではなく水溜まりの上にも同じような巨大な水球が浮かび上がり多方面から俺に向かって攻撃が放たれる。しかも今回は球状の水ではなく円錐状でご丁寧に回転までかかっていて含有魔力も増えている。ガニルム鉱の鞘で弾き返せるのは低級の魔法程度なので弾くことは諦めた方がよさそうだ。それにこれだけの攻撃を避けるのも無理だろう。


「【暗黒星雲】」


 ということでこちらも魔法で相殺させてもう。俺相手に魔法勝負とはいい度胸だな。


「高位の闇魔法に黒い全身鎧…。もしやデズラゴス様を倒したという…」

「デズラゴス、あのハゲマントね。あいつの最期には楽しませてもらったよ」


 俺が邪気を発したら発狂しちゃってさ。あいつのせいで多くの冒険者が犠牲になったんだ、自業自得ってやつだね。


「貴様っ! 言うに事を欠いてハゲマントだと…デズラゴス様を侮辱するな!」


 俺の煽りに終始怒り心頭状態の司教。冷静さを失っている割に魔法攻撃に隙は無い。【暗黒星雲】で相殺したと思ったらすぐに第二射を放ってきた。司教が魔法を放つたびに足元の魔法陣が輝きを増し、魔力が司教に流れ込んでいく。


 邪神復活だけじゃなく魔力の補給もできるのかな。ま、こちとら魔力量は無限だからこのまま持久戦に持ち込まれても困らないんだけどさ。


 あくまで俺の目的はこいつから魔法陣の解除方法を聞き出すことだけど、まずは解除方法があるかないかを確認したい。


「今ならまだ被害は少ない、街に設置した魔法陣を解除して罪を償うんだ」

「うるさい! うるさい! うるさい! 貴様たちの横槍さえなければズワゥラス様復活の儀は恙なく進行するはずだったのだ!」


 激昂状態の司教は俺の説得には聞き耳を持たず、攻撃の手も緩めない。まったく、誰だよ、こんなに怒らせたのは。


 とりあえず魔力供給しているあの魔法陣から動かすか。近接戦闘タイプではなさそうだから司教の懐に入り込めば移動するかな。


 魔技じゃ司教を真っ二つにしちゃいそうだし、あまり強力な魔法だと魔法陣を傷つけてしまいそうだ。街中の魔法陣を破壊して魔物が出てきた例もあるから足元の魔法陣は壊さないようにしたい。


「【暗黒星雲】【光弾】」


 司教の攻撃を相殺した直後に発動速度の速い【光弾】を放ち一瞬の隙を作る。そしてそのまま一足飛びに司教の元に飛び込んでいく。


 鞘に入ったままの剣で殴り掛かると司教もその手に持つ杖でそれを防ぎ、鍔迫り合いのようにその場で押し合う形となった。


 このまま吹き飛ばせると思っていたが思いの外肉体能力も高いみたいだ。


「魔法陣が発動しても生贄のいない状況で邪神を復活させるほどの力は集まらないだろう! それにそもそも邪神は復活しているんじゃないのか!」


 ま、この魔法陣が邪神を呼び寄せる効果ってんなら効き目はバッチリ、見事にホイホイされているからね。


「ふんっ、ズワゥラス様が復活なさっているのなら世界は混沌に包まれるはずだ。あれは聖神教上層部の嘘に違いない。ズワゥラス様の名を借りて自分たちの権威を高めようとしているのだろう」


 そう言うと俺から距離をとるためにバックステップで魔法陣の外に出る司教。


「確かに貴様の言う通りこのままの出力ではズワゥラス様の復活は無理だろう。だがこのままで終われるものか! せめてズワゥラス様のその一部だけでも顕現させてみせようではないか!」


 赤黒く光る魔法陣の中心には俺一人、もしかして敵のバフを奪っちゃった感じかな。内から溢れ出る無限の魔力に加えてこの魔法陣からも魔力が供給されちゃうとか…。


 …。


 あれ? 魔力なんて流れ込んでこないな。むしろ…。


「フハハハハハ、かかったな!」


 怒りで話の通じていなかった司教の顔が一変、不敵な笑みを浮かべている。


 足元の魔法陣の色が濃紺に変わり俺の魔力が吸われていく。そしてまるで巨人に抑え込まれているかのように身動きが取れない。


「貴様もここに来たのならわかっているのだろう? この魔法陣こそがズワゥラス様復活の要、そこに防御機構の一つも用意してないわけなかろう」


 おいおい、まじかよ。


 魔法陣の光がさらに強くなると、そこから染み出るように黒く濁った水が現れ俺の周りに集まりだす。墨汁と水を混ぜたような水はやがて俺を中心とした球体になると天高く舞い上がる。


 地下室の天井を突き破り、その上に建つ教会を破壊してもその勢いは止まらない。


 濁流に飲み込まれた俺は黒い水が纏わりついて身動きが取れない。魔力も放出した先から黒い水に吸収されてしまう。黒鎧の中に水は浸食してこず不思議と呼吸に問題が無いのは不幸中の幸いか。


 天高く舞い上がったまま、空中に固定された俺からはポルトアリアの街が一望できる。


「わぁ! いい景色!」


 じゃねぇよ!

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