目覚め
━ポルトアリア壊滅まであと二日。
夜通し、言葉通り一日かけて【穢れの波動】を街中に設置していった結果、街の四分の三以上からはほとんどの住民が避難をした。【穢れの波動】を発動させた瞬間、顔を真っ青にしてその場から離れていく住民や泣きじゃくる子供を抱えて慌てて逃げる住民。魔法陣を封鎖していた兵士も耐えられたのは十数分が限界でその場を放棄。領主邸や兵舎もその効果範囲含まれたので、今はギリギリ範囲外の冒険者ギルドが対策拠点となっている。
強制避難反対派で避難する住民を愚か者だと声高に批判していた邪神崇拝信者だと思われる街の権力者、彼が我先にと逃げていく様は滑稽で、屋根の上から腹を抱えて見ていた。
尚、俺の【穢れの波動】による不快感は魔法陣の効果だと勘違いされているようなので俺とフッサの動きに勘づく人は今のところはいない。
【穢れの波動】の効果範囲に含まれていない場所でも、避難を始めた多くの住民の影響で退避が始まり、門付近や街の外に急遽設けられた避難キャンプは多くの人で溢れかえっている。
人のいなくなった街の一角。無人のカフェテラスで一息つく俺とフッサ。【穢れの波動】の対象から俺達二人を除外してあるので効果範囲内でもゆっくりと寛ぐことができる。思った以上に対象は細かく設定できるみたいだ。
「ここまで避難が進めば目的は達成かな」
「うむ、寝ずの作業にも関わらず一定間隔での魔法発動、やはり主殿の魔力操作は素晴らしき腕前だな」
「ありがと。フッサも付き合ってくれて助かったよ」
「うむ、ところでこの辺りを除外したのは何か意図があってのことなのか?」
テーブルに広げられたこの街の地図。俺が発動予定の印を書き込んだものにフッサが発動済みの印をさらに書き加えたものだ。一か所だけ【穢れの波動】の範囲に入らないように敢えて調整した場所がある。
「たぶんここに首謀者がいるだろうからね」
トントンと俺が指で叩いたのは聖神教の教会。アカラサルマ商会の隣にある住民たちの憩いの場でもある。
実は少し前からこの件の首謀者には予想がついていた。それを確信したのはアカラサルマ商会地下の魔法陣をジョン・ドゥに解析してもらった時。正直に言えばあまり驚くようなこともなかった。
「アカラサルマ商会の地下で見つけた例の一つだけある特殊な魔法陣。あれってアカラサルマ商会じゃなくて隣の聖神教の教会の地下にあったんだよ」
そう、そんなことをできる人物は一人しかいない。首謀者は聖神教ポルトアリア教区のトップ。
名前はトリオン・ミタンという名前らしい。らしい、というのは基本的に教会から出ることはなく、敬虔な聖神教徒と自負している人ですら年に数回顔を見るくらいだそうだ。若くして司教を叙階されるほど優秀で、聖神教内部でも将来が嘱望された人物とのこと。あまり顔を見せないのもその多忙さ故と思われているようだ。
「む、それでは邪神を崇める組織が聖神教にまで力を及ぼしているということか」
「たぶん、ね。冒険者ギルド内でも力を伸ばしているらしいし国を跨ぐ組織でもある聖神教がそのターゲットにされていてもおかしくはないよね。それに邪神を崇める組織からしたら聖神教は倒すべき敵、そこに自分たちの息のかかった人間を送り込むなんて昔からやっているんだろうし」
可能性はそれだけじゃないけど。
「では殴り込みか?」
なんとも物騒な発言だな。まったく敵とみるなり殴り込みだなんて発想が野蛮すぎやしないかい?
「む? 主殿のいつもの行動ではないか」
うるせぇやい!
…ま、もちろん殴り込みに行くことには違いないんだけどさ。
「さすがに今日は疲れたしなぁ。避難もまだ完了してないし今日は早めに休むよ」
このままのペースで住民の避難が進めば明日の朝までには街からの避難はほぼ終了するだろう。「お前が首謀者だろ!」なんて殴りこんだところで素直に「はい、そうです」と認めるはずはない。各魔法陣にAランクに近いレベルの魔物が仕込まれているくらいだ、戦闘になることは想像に難くない。
俺だって住民のいる街中で大立ち回りをしたくはないからね。
うん? シエイラでのアルブムとの戦い? 一体なんのことかな。
避難の完了と俺の休息を考えたら明日の午後、首謀者をとっ捕まえて魔法陣の解除方法を聞き出す予定だ。もちろん解除方法がない可能性もあるけどね。
「一度ミト達のところに戻ろうか」
「うむ」
【影移動】を発動してラスファルト島に転移した俺達。そこで待っていたのはミトと目を覚ましたモナだった。焚火で肉や魚を焼くミトと焼いた端からそれをフードファイターのように食べ進めていくモナ。
一心不乱に食べるモナが俺達に気が付いたのは少し時間が経ってから。普段のモナならそんなことはないし、彼女は大食いではないのでその様子だけならまるで別人のようだ。
ミトは転移後すぐに俺達の方を見たが、モナの様子があまりにも異常で食事の用意を優先してもらうように合図をしたため特に挨拶などはなかった。モナの食べる速度もかなり早いがミトの料理の提供速度もかなりのものだ。【給仕】のスキルが役に立っているのかな。
「はふはふ、もぐもぐ、むぐぅ…」
呆気に取られていた俺達に漸く気が付いたモナ。口いっぱいに肉を頬張った状態で少し気恥ずかしそうにし、もしゃもしゃと咀嚼しゴクリと飲み込む。
「…あ、なんか心配かけたね。あはは…」
照れくさそうに頭をかきながら照れ笑いをするモナは打って変わっていつも通りだ。
「ミトから大体の話は聞いたよ。色々と迷惑をかけたみたいだね、それに親父のことも…」
「体は大丈夫なの?」
「ああ、変わりはない、と言いたいところなんだけどね…」
「む? どこか変なのか?」
「おかしいな、【治癒】で傷は元通りにしたはずだけど」
「うーん、なんて言ったらいいのかね…。目の奥がズキズキというかジンジンというか何か熱を持っているような感じなんだ」
瞳の奥か…。
「何かモナのお父様に呪いや毒を仕込まれた、という可能性もありませんか」
「でも【解呪】も【解毒】かけたしなぁ」
と言ってもアルブムのミトへの攻撃の例もある。あの時は全力で【治癒】をかけたから治ったけど、その代償として眷属化しちゃったからなぁ。
「とりあえずは違和感があるくらいだからね、あまり気にするようなことじゃないさ。…けど魔眼スキルね、まさか親父がそんなスキルを持っているなんて驚いたよ。ただの神経質で自己中心的ないけ好かない商売人だと思っていたんだけどね…」
思ったよりも父親に対する評価は良くなかったようだな。しかしモナ父の正体は未だにわからないままだし、彼が言い残していった言葉を信じるならいずれモナをまた奪いにやってくるかもしれない。得体の知れないモナ父への対抗策も考えておかないとな。
「ところであの食事は…」
「いやぁ、目が覚めたら腹が空いちまってね」
「というより空腹で目覚めたという方が合っているのでは?」
「ちょ、ちょっとミト…」
「何せ、目覚めた時の第一声が「飯!」でしたからね。はぁ」
その光景を思い出したのか深く溜息をついたミト。眠りっぱなしで心配をしていたのに寝起きの言葉がそれじゃ溜息もつくよな。
「でもあの量は異常じゃない? 見たところお腹も膨れていないし…」
「そうですね、主様達が戻られる前から食べ始めていたのでゆうに十キロは食べたはずなのですが…」
「十キロ!?」
「アハハ」
あたしの胃袋は宇宙だ! なんて言い出さないよな。
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