封印解除

「おい! 誰か倒れているぞ!」

「こりゃ、アモンドさんじゃねぇか! ん? なんだ? この袋は?」

「こっちにも人が入っているじゃねぇか! 誰かっ!」


 ポルトアリアにある有名リゾートホテル、その裏手の従業員用出入口。謎の発光現象によって駆け付けた数人の従業員たちが騒いでいる。【隠者】で姿を隠した俺は物陰からその様子をこっそり覗いていた。


 ジョン・ドゥにあの魔法陣を解析してもらうため少々強引にご同行いただいたのだが、その際アモンドさんはミトの特製睡眠薬で眠ってもらっていた。よく漫画とかドラマであるクロロホルムを嗅がせて眠らせる的なアレ。


 実際にはクロロホルムを軽く嗅がせたくらいで気を失わせることは難しいらしいけどね。一方異世界の謎植物の謎成分とミトのスキルによって生み出された睡眠薬は効果抜群。睡眠薬一吹きで眠りについたアモンドさんは俺の早業で一旦ラスファルト島へ移動させジョン・ドゥに依頼という名の脅迫。解析後はちゃんと報酬も渡したし文句はないだろう。睡眠薬も疲労回復効果があるらしいからアモンドさんはスッキリとした目覚めに驚くだろう。


 …まぁ、やや強引だったことは認める。


 ジョン・ドゥによる解析結果は不確定要素が多いものの、街に仕掛けられた百八つの魔法陣と関係していることは間違いないようだった。


「…と、まぁ、こんなとこかな」


 ラスファルト島へ戻った俺はミトとフッサに解析結果を共有。モナが目を覚まさないので今日のところは宿へ戻らずここで一晩を明かすことにした。


 そしてあくる日、モナのことをミトに任せ、俺とフッサはポルトアリアへと戻ってきた。ポルトアリア壊滅の期限まで残り三日となった今日、街に設けられた門へは多くの住民が列を成していた。人と荷物を乗せた馬車に荷車に家財道具を積んだ人、風呂敷に包み背負った人。


 それというのも朝一番に領主の名で「街に仕掛けられた魔法陣によって大きな被害が発生することが予想される」との情報が発信されたからだ。


 強制力はなく、あくまで住民の判断に任せるという内容なのは街の上層部にも邪神を崇める組織の息がかかった人間がかなり食い込んでいたからなのだろう。その為、門に列を成しているのはこの街のすべての住民ではない。ここにいるのは自主的に避難を決めた人達だ。


 誰かがなんとかしてくれる、そんな情報に踊らされて避難するなんて間抜けのすることだ、そんな考えの住民や邪神を崇める信者などは避難をせずに自宅から避難する住民を見つめている。


 その情報に合わせて封鎖されている場所には何があっても近づかないようにとの布告も出たが上級信徒に対して効果はないだろう。精々騙されて連れていかれる人を減らすくらいかな。


 冒険者の多くは住民の避難誘導や近隣の村々や多くの街に移動する住民の護衛、また街の近くに一時的な避難場所を作るための労働力として駆り出されている。こういった依頼は通常よりも報酬がよく、冒険者たちはこぞって依頼を受けている。まさに猫の手も借りたいというこの状況で、俺達が冒険者ギルドへ足を踏み入れようものなら何らかの依頼を押し付けられるに違いない。


 そんな冒険者ギルドを横目に【隠者】で姿を隠した俺とフッサは港のある地区へやって来た。俺は既に黒騎士モード、フッサも俺が用意した黒いマントを着用し、深くフードを被っているので万が一【隠者】の効果が切れた場合でもパッと見では誰だかわからないだろう。


 黒ずくめで大柄な二人組。尚、コードネームは酒の名前ではないので、俺達のやろうとしていることを眼鏡で蝶ネクタイの少年が邪魔をしようとすることはないはずだ。


 ポルトアリアの港は大きく四つの区画に分かれている。漁船の停泊する区画、造船や修理の為の区画、商業船が停泊する区画、大陸間航海船の区画だ。船の停泊する各区画からはほとんどの船が出払っている。これは所有者が陸路ではなく海路で街から避難したからだろう。だけど完全に無人ではなく、一部の人はいつも通りの日常を送っているので、水揚げされた魚を販売している店やそれを買いに来た客というのもちらほらいる。


「この辺りから始めようか」


 曇天の海、どこか不気味な感じがする波止場の一角。


「じゃあ、いくよ。【穢れの波動】」


 波止場の一部に放って唱えた魔法は邪道魔法で新たに覚えた魔法だ。使うことはないと思っていた魔法だったけど



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穢れの波動

・指定した意識のある存在に対して非常に不快な思いをさせることができる。

・身に纏えば、生きとし生けるもの全ての存在から嫌悪される。

・付与魔法としても使用可能。

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 全ての生命を指定して魔法を発動。自分にではなく波止場の一部に付与魔法としてだ。消費魔力は邪道魔法にしては少なく、発動に必要な時間も少ない。波止場の一部に俺の手から放たれた黒い靄が染み込み、ドブのような濁った色へと変化する。


 魔法をかけた自分ですら今すぐ破壊してしまいたくなる衝動に駆られ、同時に今すぐここから離れたいとも強く感じる。


「うわぁ、これはキツイな…。フッサはどう?」


 振り返って感想を求めるもそこにフッサの姿はない。百メートル程離れた場所にいつの間にか移動をしていた。


「おいっ」

「むぅ、すまない主殿。体が勝手に動いてしまった。主殿の側を離れるわけにはいかぬと頭ではわかっていても発動の瞬間に全身を駆け巡るような悪寒を感じ、気が付いたらここへ…」


 すかさず移動しツッコミを入れた俺に申し訳なさそうに謝るフッサ。話を聞く限りでは効果としては申し分無さそうだな。考えるよりも体が先に反応してしまう程の不快感、これはフッサの戦士としての本能によるところも大きいのかもしれないけど、街の住民にも効果があることは間違いなさそうだ。


 少し離れたこの場所でも少し弱くなったとはいえ不快感はなくならない。効果範囲もそれなりに広そうだな。


「では予定通り進めるのだな」

「そうだね、港の方から徐々に進めていくよ」


 俺が考えたのはこの【穢れの波動】を利用した強制避難大作戦。門から最も離れた港をスタート地点として少しずつ【穢れの波動】の効果を街に付与、この魔法が与える不快感で住民を強制的に避難させようというものだ。


 魔法陣を発動させないということは最早無理そうなので被害を最小限に抑えるのが目的だ。領主が強制的な避難命令でも出してくれればこんな面倒なことをしなくてもよかったんだけどね。


 それに、効果範囲がそれなりに広いといっても街中をその効果範囲に収めるには途方もない数の魔法の発動が必要だし、設置が早すぎれば門に押し掛ける住民の数が増えてパニックになりかねない。魔法陣発動までのタイムリミットと混乱を起こさない程度の【穢れの波動】の付与、その舵取りをうまくしながら進めていかなければいけないのは骨の折れる作業だ。


「効果範囲から考えるとこんな感じかな」


 街の地図に手早く印をつけるとそれをフッサが覗き込んでくる。


「うむ。しかし主殿と同行できるのは嬉しいのだが、本当に何もしなくてよいのだな」


 ぶっちゃけた話、作業としては俺一人で完結できるので同行するフッサには特に仕事はない。


「単純作業は精神的に疲れるからね。話し相手も欲しいしさ」


 モフモフのリラックス効果が目当てだということは秘密である。

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