冒険者ギルド内の視線を集める俺は黒騎士モード。ポルトアリアではこの状態で目立った活動はしていないはずなんだけどな。


 会話に耳を立てていると、どうやら冒険者ギルド総本部からの援軍、高ランク冒険者だと思われているらしい。全然違うんですけどね。


「あ、あのっ、ご用件をお伺いします」


 律儀に依頼カウンターへ並ぼうとした俺だったが、異様な雰囲気を感じ取った職員さんに空いているカウンターへと案内された。ラッキー!


「これを」


 待ち時間が短縮された喜びを押し殺し、不愛想にスっと差し出したのはモナ父が落としていった一通の封筒。不愛想も何もフルフェイスの兜のおかげで俺の顔なんて見えやしないんだけどさ。封筒の中身はそのまま、この街の地図に百八つの印がつけられたものだ。内容の控えはとってあるので原本はギルドにそのまま渡すことにした。変な付与魔法がかけられていたら嫌だからね。


「この封筒をこちらへ渡すように頼まれた。無効化するには半数以上を同時に破壊、という未確認の情報もあるからくれぐれも慎重に。要件は以上だ」


 戸惑う職員さんを残してギルドを後にした俺は適当な路地に入って黒騎士モードを解除。近くに待機していたミトを伴って再びギルドに戻ってきた。


 にわかに騒がしくなった冒険者ギルド、カウンター奥の職員の執務スペースではギルド長を中心に複数の職員が一つの机を囲んで何やら話し合いをしている。と思えばその横で何かを書いていた人が「届けてきます!」と勢いよく走り去っていった。


「複写して領主にでも持って行ったのかな」


 しばらくして待機中だった高ランク冒険者が別室に呼ばれていったのは地図が本物か調査を依頼するためだろう。


「レイブンさん!」


 その様子を眺めていた俺達に声がかけられた。どこかで聞いた声だと思ったら反邪神がもたらした魔法陣の情報を教えてくれたギルド職員さんだった。


「どうも。なんだか騒がしいみたいですけど何か進展があったんですか?」


 丁度いいと思い、白々しく何も知らない体で質問し、俺が渡した情報が冒険者ギルドでどう扱われているか確認をすることにした。


「実はですね…」


 と、耳打ちをするように顔を近づけ口の前に手を添えて小声で話す職員さん。忙しく動き回っているはずなのに、彼女からは甘い香りがほのかに香ってきた。冒険者ギルド職員は一般的な職業に比べれば高給取りで知られているので、身だしなみにもそれなりに気を使っているのだろう。冒険者の大半は臭いから自分の周りにはいい香りを漂わせたいのかな。尚、俺は臭くない。


「例の投書の続報です、邪教に敵対する方からまた情報がもたらされたんです。百以上の魔法陣の数が示されていると思われる地図が先ほど全身黒鎧に身を包んだ大男によって。つい先ほどのことなのですが、お二人はギルドにいらっしゃらなかったんですか?」


 居たといえば居たんですけどね、なにせ本人ですから。どうやら黒騎士モードは反邪神の一味だと思われているみたいだ。えぇ、まあ、と適当にはぐらかすと職員さんは話を続ける。


「今は急ぎ情報の共有と本当に魔法陣があるか高ランク冒険者の方々に確認しに行ってもらっています。レイブンさん達からの報告もありますので魔法陣の破壊は現時点ではできませんが…」


 俺達がアモンドさんやジョン・ドゥと魔法陣の調査に同行し破壊を試みたところ、強力な魔物が出現したこともあってか、その取扱いには慎重なようだ。モナ父の話を信じるならあれは魔物じゃなくて邪神を信仰する信者の成れの果てらしいけど。


「お二人にも協力をしていただくかもしれませんのでギルド内に待機していただけると助かります。私はこれからサトウ工房へ行って協力の依頼をしてこなければいけませんので」


 ウィンクをした職員さんはそう言い残して小走りで去って行った。


「…参ったなぁ」

「あら、どうされました? このまま魔法陣が見つかれば住民の強制避難となることは間違いないでしょうし、そうすれば被害も出ないのでは?」

「うーん、そう簡単にいくとも思えないし、なによりここでの待機を頼まれちゃったから、自由に行動できなくなっちゃたのがなぁ」

「確かに状況が状況ではありますが、主様も私もDランク冒険者。この段階では義理はあってもまだ義務はないのではないでしょうか。主様の行動を制限されるなどあってはならないことです。あの女、今から処分してきましょうか?」


 うん? どした、そんなに殺気立っちゃって。ああ、職員さんのウィンクが気に入らないと。え? 俺が変な顔をしていたって?  確かにちょっと色っぽいとは思ったけど気のせいだって!


「まぁまぁ。でもどの道ジョン・ドゥが駆り出されたとなるとあの魔法陣の元に連れていくことはしばらく出来そうにもないしなぁ」


 俺の予定としてはギルドに情報を流した後、ジョン・ドゥをどうにか連れ出してアカラサルマ商会地下の魔法陣を解析してもらおうと思っていたんだけど、ジョン・ドゥがギルドに駆り出されたとなるとそうもいかない。


 時刻は既に夕暮れ時。一晩中待機ってこともないだろうし、数時間ってところだろう。ミトについてもらっているフッサには悪いけどギルドで夕飯がてら時間を潰すことにした。




 …。


 疲れが溜まっていたのか、どうやら眠ってしまっていたようだ。


 目を擦りぼんやりとしていた意識が覚醒すると、突如として街中の至る所から立ち昇る光の柱。強大な魔力を発するその柱は周囲の建造物を破壊しながら広がっていく。逃げ惑う住民はその光に触れると苦悶の表情を浮かべながら蒸発していく。


 破壊と悲鳴が街中にこだまする。


 たった数分間。


 その数分でポルトアリアの街は瓦礫の山となり、全ての生命が消え去った。


 残ったのは濃密な邪気とそれを纏い、まるで翼を広げた悪魔のようなシルエットの俺。




「…様、主様」

「夢…か?」


 俺を呼ぶ声で目が覚めると、ギルドに置かれたベンチに座りミトに体を預けるような体勢で目を覚ました。


 この世界に転生してから、というか転生する前もそうだけど、あまり夢の内容は覚えていないことが多いのだけど、やけに鮮明で強烈な内容だったからか夢で見た凄惨な光景が頭から離れない。


 煌々と灯された冒険者ギルド内の灯りの魔道具。外を見ればすっかりと日が暮れ夜の帳が下りていた。


 不気味な夢。そうだ、夢といえば。


「そういえば【夢神の寵愛】の効果で見る夢ってどんなの?」


 ミトの持つ加護【夢神の寵愛】。稀に自らが望む未来を夢に視ることができるという特殊な加護と【未来視】のスキルを持つおかげで彼女の人生も大きく変わることになったんだよな。こんな特殊なスキルを授からなければご両親とのんびり暮らしていたのかもしれない。先ほどの夢が頭から離れず、なにか不安を感じた俺。


「最近はあまり見ないのですが、現実のように鮮明でそれでいて脳裏に焼き付いているという感覚です」

「そっか」


 俺の唐突な質問に首を傾げつつも答えてくれたミト。


 …まさかね。


「お休みのところ申し訳ありません、先ほどギルド職員の方がいらっしゃって本日は宿に戻っても構わないとのことでした。地図に記されていた場所には魔法陣があったそうですので多くの冒険者の方は封鎖に駆り出されましたが、その、あの」

「俺達はいいの?」

「え、えぇ。その、子供には夜更かしは無理だろうということで…」


 なんだか言い出し辛そうにしていたが、俺がお子様なのは事実だし、ギルドでうたた寝してしまうくらいには疲労も溜まっているから、むしろその気遣いはありがたく受け取っておこう。


 ギルドを後にし、適当な場所で【影移動】を発動。ラスファルト島に戻った俺達を待っていたのはフッサと未だに眠り続けるモナ。


「相変わらず?」

「うむ、目覚める気配はない」

「そっか」


 少し眠ったおかげで頭もスッキリ、疲れもとれて元気百倍な俺は二人と今後の方針を話し合ってから単独でとある人物に会いに行くことにした。

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