謎を残したまま

 モナの父親が肉塊から出てきてから僅か数十秒の出来事。気絶したモナはそのまま崩れ落ちるように倒れてしまった。


「運んでおけ」

「かしこまりました」


 そう告げ再び魔法陣へ向かうモナ父と入れ替わるようにモナの元へ来たエッジが彼女を運ぶためしゃがみこんだところだったが、フッサが飛び出しモナを抱えてその場から離れる。


 こっそり後を付け回すのとは違い、目の前で人を抱え込むという目立つ行動によってフッサが認識されてしまったことで俺達三人にかけていた【隠者】の効果が切れる。これは三人まとめて魔法をかけていたからだ。


「マズったな。別々でかけておけば俺たち二人が隠密行動できたのに」

「む、すまぬ。主殿」

「いや、俺が手を抜いたからだし仕方ないよ。それよりよく動いてくれたね」


 フッサが動いてくれたおかげでモナはこちらの手の中だ。意識は無いようだけど息はあるみたいで安心した。フッサが優しく横に寝かせてくれたので、とりあえず倒れた際にできた傷を治すため【治癒】を発動させる。


「おや、あなたはお嬢様と一緒にいた少年。ということは皆さんお嬢様のお仲間ということでしょうか。…困りましたねぇ、まさか姿を隠していたとは…」

「モナをどうするつもりだ!」

「私は旦那様からお嬢様の搬送を申し付けられただけでので。さ、お嬢様をこちらへお渡しくださいませんか?」


 魔法を発動中の俺の前で武器を構えたフッサとミト。二人には既に眷属化スキルによる魔力パスを繋げているので、戦闘態勢の二人からはそれなりの威圧感が放たれているはずだ。ただ【邪神の魔力】は解放していないから俺の魔力は無限ではないから一応セーブはしている。だけど少なくとも一般人なら腰を抜かすくらいには威圧感があるはずなのに、そんなものは意に介さないかのように一歩、また一歩とにじり寄ってくるエッジ。


 一方、モナ父はこちらのことなどまるで気にせずに肉塊だった裸の女性を調べている。魔力は微量に感じるが気配というか存在感というものがあの女性からは全く感じない。おそらく既に死んでいるのだろう。


 近づいてくるエッジ、しかしモナの知り合いである彼に対して攻撃をしていいのか迷うフッサとミト。


「ほう、なるほど。皆さん随分お優しいようですね。お嬢様を幼少から見守り続けてきたこの私を攻撃するかどうか躊躇していらっしゃるように見受けられます。お嬢様が素敵なお仲間に恵まれたようで安心いたしました。ですが冒険者としてはいかがでしょうか」


 二人が攻撃をするべきか迷っているのがわかったのかエッジの口角が僅かに上がる。そしてパチンと指を鳴らす。彼がしているその動き、それに応じてまるでサイコキネシスのように物が吹き飛ぶのは先ほどから何度か目にしている。


 俺達だってただ後をつけていたわけじゃない。相手の攻撃手段の分析や対策くらい立てているさ。


「【風壁】」


 エッジの動きを注視していたミトの詠唱により俺達の前に辺りの小石や埃を巻き上げた巨大な風の壁が現れる。本来なら一人分の防御壁を展開する魔法だが際限なく魔力をつぎ込んだ結果、部屋を分断するほどの大きな壁となった。


 この魔法は触れた相手を吹き飛ばすカウンタータイプの防御魔法だ。相手が触らないと効果が発動しない上、術者の近くにしか展開できず吹き飛ばすだけと使いどころは難しい魔法だが、エッジの攻撃を防ぐには十分だ。


「ぐぅっ!」


 【風壁】に触れていないエッジが勢いよく吹き飛ばされ奥の壁に叩きつけられ、役目が終わったとばかりに風の壁は消える。かなりの衝撃のはずだが、エッジはすぐに体を起こす。


「見えて…いるのですか?」

「まさか」


 見えてもいないし、魔力感知でも何も感じない。俺はね。


「…ではなぜ?」

「最初は物体に干渉する魔法かスキルかと思ったんだけどね。不可視の触手、それがあんたの攻撃の正体だろ?」


 暴いたのはミトだ。彼女の風を使った空間認識でエッジの背中から触手のようなものが生えていることが判明した。物理攻撃ということがわかれば防ぐことは簡単だ。


「空間全体を認識すればそう難しいことでもないさ。むしろその程度の隠密性とか恥ずかしくて俺ならスキルは使えないね」


 尚、俺には相変わらず感じ取ることは出来ないが、なんだかすまし顔がムカついてきたので軽く煽っておく。


「ハハハハハッ、どうやら少々見くびっていたようです。魔力感知からも逃れるこの私の攻撃を防ぐとはね!」


 こちらの煽りに対して何故か嬉しそうなエッジ。彼が両手を広げ天を仰ぐと彼の背中から生えた何本もの赤い触手が姿を現した。


「ですが、姿が見えたとて私に敵うとは思わないこtひぎゅあっ」


 なんだか序盤でやられる中ボスみたいな雰囲気を出してきたなと思っていると、背後から近づいてきたモナ父の平手打ちが顔面に炸裂し、頬を陥没させ横に吹き飛ばされてしまった。


「不可視であることにアドバンテージがあるのに晒してどうする、この馬鹿が。明らかにそこの獣人は反応できていなかっただろう」


 死体の髪を掴み引きずるように持っているモナ父は吹き飛ばされて意識が無い、というか生きているかもわからないエッジに吐き捨てる。


 …あっ、ピクピク動いているからまだ生きているみたいだ。


「娘を渡してもらおうか」

「こんな状況で「はい、そうですか」なんて渡すわけないだろ」


 いつの間にか眼帯を再び装着しているモナ父、モナやエッジに近づいた時の動きは俺でも目で追うのがやっとだった。俺が感じる彼の魔力量はエッジと同じように一般人と変わらない。もちろん魔力による身体強化なんてことはしていない。それなのにあの速さはどう考えてもおかしい。スキルか、それともステータスか。


 モナの話では商人ということだったけど、この状況じゃどう考えても「普通の商人」なんてことはないだろう。魔王を倒す冒険譚で馬車に入れられたままの某商人よりも強いことは明らかだ


 その速さに加えてモナの意識を奪った金色の瞳。あれの効果は不明だが、開眼している時の魔力量は異常でAクラスの魔物にも匹敵する魔力はあった。


 黒騎士モードで戦えば勝てるとは思うけど、いくらなんでもモナの父親を殺すわけにもいかない。とはいえ殺さないように手加減は出来そうにもない。ここは退散するのがベストかな。モナもフッサもミトも近くにいるこの状況なら【影移動】で転移は可能だ。今は黒騎士モードではない状態だからモナ父の前では使いたくはないけど仕方ない。


「その及ばぬ頭ではわからないか。娘には貴様達との冒険者ごっことは比較出来ないほどの役目があるのだよ。下賤な冒険者よ、娘を渡せ」


 及ばぬ頭だ、下賤な冒険者だと随分と失礼な発言だ。こう見えて実は貴族だぞ!


「役目? 邪神とモナに一体何の繋がりがあるんだ!」


 言ってみて思ったが、繋がりも何も同じパーティとして仲良く冒険中だな。


「邪神? フッ」


 俺のその言葉を鼻で笑うモナ父。


「どうやら何か勘違いをしているようだが、私は邪神とは関係ない」

「は? ズワゥラスを崇める組織の連中じゃないのか?」

「ズワゥラス、か。なるほど、その名を知っているということは無知な冒険者ということではないか。言っておくが私はあのような腐った組織の人間ではない。もっと高尚な目的の為に動いている」

「高尚?」

「そうだ、今回はあの組織のやつらのおかげでとんだ無駄足をさせられてしまったがな」


 片手で持っていた裸の女性を軽々と掲げて見せると、その頭を握りつぶす。握り潰された女の死体は床に崩れ落ちた。やたらと乾いた音、握りつぶされた頭からは血や脳漿は飛び散ることはなかった。


 床に横たわる死体の頭の中は空洞で、その頭から徐々に風化していき間もなく死体は灰となってしまった。


「…何をしたんだ」

「ああ、これか、何、この邪教の信者にかけられていた術式を解いただけだ。人柱式の設置型魔法陣、その要となる人柱の末路とはかくも哀れなものだ」

「要? 人柱?」

「まぁ、無能な冒険者ではわからないのも無理はないか。この街に仕掛けられた百八つの魔法陣、その正体は言ってみれば人だ。生きたままのな。その維持に命を、魂を捧げているから無効化すればこのように死んでしまうがな。ああ、発動しても死ぬか」


 肩をすくめるモナ父。


「破壊された場合は異形となって暴れまわり、敵を排除すると再び元に戻る。失敗しても周りの魔法陣の魔力供給によって復元する。先刻魔力供給があったから、どこかの魔法陣が破壊されたのではないかな。半数以上の魔法陣が無事なら発動までは何度でも復活する術式だから単なる徒労に終わっただろうがな」


 知っているとも、何せその現場にいたからね。ジョン・ドゥの解析に比べてもかなり詳細な説明だ。ははぁん、ジョン・ドゥめ、偉そうなことを言っていた割に実は大したことはないんじゃないか。


 フッと小馬鹿にするように鼻で笑い更に話を続けるモナ父。


「一度死しても尚、目的を果たすためにはその運命から逃れられない魂の隷属ともいえる術だ。まったく、愚かだと思わないか。神を復活させるのにたかが数万の人の命で済むと思っているのだからな。…さて、少々話過ぎてしまったか。死ぬ前に一つ賢くなってよかったな」


 そう言うと眼帯をしていない右目に魔力が集まっていき、その瞳は銀色の光を放つ。瞳の奥に浮かび上がる六芒星。


「みんな!」


 警戒を促した俺だったがその場から大きく飛び退いたのはモナ父の方だった。右目の魔力も輝きも失った彼は頭を片手で抑えながら眉間に皺を寄せる。


 そして。


「フハハハハハハハ! これは面白い! このような人間がいたとはな! お前の宿すもの、その運命、なかなかに面白そうではないか!」


 気でも狂ったのか、急に笑い出した彼の顔はつまらなそうな表情から打って変わって、なんだかとても楽しそうだ。どした?


「娘がこれに魅かれたとなると…。フム、いいだろう。これもまた運命なのかもしれぬな」


 ニヤリと笑ったモナ父。次の瞬間には俺の眼前に立ち俺の顔を覗き込んできた。


 急ぎ剣を振るう俺、そしてミトの風魔法が飛ぶがそのどちらも空を切る。


「獣人にエルフ、それにお前のような人間の側にいた方が大きく実りそうだ。今しばらくは娘の身は預けることにするか」


 一歩後ろに下がり俺達の攻撃を躱したモナ父に向かってフッサの大剣が振り下ろされたがこちらも容易く躱されてしまった。


「さっきから一体何の話をしているんだ!」


 虫の息だったエッジの元に移動すると俺への返答はすることなく二人は影に沈んでいってしまった。


 一通の封筒を残して。

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