父との再会

 アカラサルマ商会の施設は邪神を崇める組織の拠点だ。流石にモナを単独で行動させるのは危険、だけどモナの家のことだし各所に立入調査が入っているこの現状で冒険者四人が訪れるのも相手に強い警戒心を抱かせかねない。


 ということで俺達はモナの前で【隠者】によって姿を隠すことにした。こうすればモナには俺達は認識されて、且つ他人からは隠れているという状態になる。


 肉のアカラサルマから近くの裏路地で姿を隠し、モナから少し離れて行動中の俺達三人。


「む、そうだ主殿」

「何?」


 フッサよ、隠密行動中に話しかけてくるなんて緊張感が足りないんじゃないのかな。


「今朝宿で聞いた火事の件だが、どうやら全焼した商会というのは我らが調べたアカラサルマ商会本部だったそうだ」

「え?」

「ギルドでそんな話をしている冒険者がいたのでな。主殿にも伝えておこうと思っていたのだ」


 フッサが耳にした情報だと、商会長は自宅にいて無事だったらしいけど要職の人が数名亡くなったらしい。俺が殺した人も燃えてしまっただろうし、むしろ有耶無耶になってよかったかな。見つけた魔法陣へは別の入口、というかちゃんとした入口があるみたいだし困ることもないだろう。


 地下の隠し部屋にも被害はあったはずだ、昨日のうちに金品を回収できてよかったよかった。


 そうこうしているうちに肉のアカラサルマへ到着した。店は閉まっているので裏の通用口を叩くモナ。


 数回叩いても何の反応もないことに業を煮やしたのか「エッジ! いるんだろ!」と声を上げ、扉を強く叩く。一応手加減はしているようだが、木製のドアが悲鳴を上げている。


 それでも尚反応がなく、拳が扉を突き破ろうとしたその時だった。


「ようやく出てきたかい! 居留守なんて馬鹿な真似…ってあれ?」


 モナが驚くのも無理はない。明らかにドアノブが動いて開いたはずの扉だが、その先に開けた人の姿はない。


 俺の魔力感知では扉自体に小さな魔力反応があったので魔法か魔道具によるものだろう。


 誰もいないことに驚いたモナだったが、お構いなしに中へ入り片っ端から扉を開けていく。


「エッジ!」


 扉の先に目的の人物を見つけたのか、扉を開けた途端に声を張り上げたモナだったが、はっとした表情で中に入るのを踏みとどまった。


 一体どうしたんだとモナの後ろから室内を除くと、大きなダイニングテーブルで悠々とお茶を飲む初老の男性。数日前にモナお嬢様と声をかけてきた人物だ。


 そしてテーブルにはあと八名腰かけているが、その誰もが苦悶の表情を浮かべ息絶えている。死体が目の前にあるというのに何事もないかのような顔のエッジ。


「まったく、少し見ない間に随分と乱暴になったのではないですか? お嬢様のそんな姿をご覧になったら旦那様も悲しまれるでしょう」

「あ、あんた、一体…」

「そんなに声は張り上げてみっともない。モルフォッケ家の者としてもっと優雅になさってください。お茶をお飲みになって落ち着いたらどうです? おっと、これは失礼。席が空いておりませんでしたね」


 先日市場で会った時と比べ、どこか雰囲気の違うエッジ。彼がパチンと指を鳴らすと入口近く、エッジとは一番遠い場所にあった死体が何かに弾かれたように椅子から転げ落ち、まるで給仕の人がいるようにゆっくりと椅子がひかれた。


「さ、どうぞ」


 今度はカップとポットがひとりでに空中に浮き、お茶が注がれる。非常に毒々しい紫色に濁ったお茶だ。


 席に座ることなく、腰に付けた短剣を引き抜くモナ。辺りを警戒するように目を凝らしている。


「無駄ですよ。今のお嬢様では。お屋敷にいた頃に比べれば随分とお強くなられたようですが。フフッ」

「何がおかしい!」

「いえ、昔の可愛らしかったお嬢様がこのようになるとは。まったく未来というものは本当に見通せないものだと思いまして」

「あんた、本当にエッジかい?」

「おやおや、ご自分のその眼が信じられませんか。その眼に定評のあるモルフォッケ家のお嬢様のお言葉とは思えませんね」

「…これがあんたの本当の顔ってことかい。親父が知ったらさぞ残念だろうね」

「何か勘違いをされているようですな。もちろん旦那様もご存じでございます、というか私の行動は全て旦那様のご命令と…」

「はっ! 何を言うかと思えば! それじゃあ親父は邪教と繋がりがあるっていうのかい!」

「信じられませんか。ではご本人に直接お聞きになったらよろしいかと」

「何を!」


 この街にはいない父親に聞けなどという、ふざけたその言葉にモナの怒りのボルテージはみるみると上昇していく。落ち着きなよ、と声をかけたいけど【隠者】の効果が切れてしまうのでそうもできないのがもどかしい。


「そうそう、邪教などと言うと関係者の方々の機嫌を損ねる場合がございますのでお気を付けください」


 怒るモナのことなど意に介さず話を続けるエッジだったが、彼が再びパチンと指を鳴らすとテーブルや椅子、そこにあった死体が勢いよく壁に叩きつけられる。そして部屋の中央の床がガタガタと震え出したかと思うと、床板が外れエッジの横に綺麗に積み上げられていく。


 外れた床板の先には地下に伸びる階段。


「逃がさないよ!」

「何を仰います。先ほど申し上げたでしょう、旦那様に直接お聞きになれば、と。ささっ、どうぞ」


 軽く一礼をして階段を下りるエッジを慌てて追いかけるモナ、そして俺達。階段は地下水道に繋がっていた。しばらく進むとそこからさらに下に伸びる階段がある。鉄扉によって立入は禁止されていたようだが、扉の鍵は壊されており、開け放たれた扉からさらに下へと進んでいく。


 先程までいた地下水道と同じような造りだが、水が通っているべき場所にはいくつか水溜りがあるだけだ。


「ここは随分と昔にこの街の下水道として使われていたのですがとある事情によって今は使われておりません。その事情というのは今は関係ないので割愛させていただきます」


 まるでツアーガイドのようにこの場所の説明をするエッジ。モナは何を考えているのか無言でその話を聞き流しながら彼の後を歩いている。その手にはいつでもエッジの首を狙えるようになのか短剣を構えたままだ。


 しばらく歩いていると半球状のドームのような大きめの部屋にたどり着いた。部屋の外周に沿うように溝があり、さらに中心部には紫色に光る魔法陣がある。


 そしてその中央には巨大な肉の塊とでも言うべきものが置かれ、まるで心臓のように脈動している。


「これは…」


 その気色の悪い光景に圧倒されたモナ。エッジが魔法陣に近づくと肉塊に大きな割れ目が浮かび上がり、そこから這い出てきたのはタキシードを着た一人の中年男性だ。


 やや褐色の肌にアッシュブラウンの髪を七三分けにぴっちりと固めた男性。右目に黒い眼帯をつけているその顔にはどことなくモナの面影がある。正しくはこの男性の面影がモナにあるんだろうけど。


「お、親父」


 モナがそう呟いたタイミングで肉塊は形を変え裸の女性になり、魔法陣は光を失い消え去った。


「いかがでしたか」

「目当てのものではなかったがそれなりに腹の足しにはなったな」

「では…」

「あぁ、我々が掴まされた情報は偽物だったということだろう」


 肉塊から出てきた時に付着した液体で汚れていたモナのお父さん。エッジと話しながら生活魔法を発動したのか彼のタキシードは今からパーティーに行くと言われても驚かないくらいに一瞬で綺麗になった。


「親父!」


 武器を構えたまま男性に向かって叫んだモナ。ようやく彼女の存在に気が付いたのか彼女を見つめるモナ父。


「誰かと思えば…。はぁ、そのような言葉遣いを教育した覚えはないぞ、モナよ」

「なんで? どうしてだい? これは?」

「はぁ、一度に多くの質問、それにその質問は的を射ていないとはな。冒険者というのは知能が低くなる特性でもあるのか?」


 その蔑みの視線は実の父親が娘におくるようなものではない。それに家出したとはいえ久しぶりに娘にあった父親という感じが一切しない。


 普段のモナとは違い、父親の言葉に反論はせずに俯くモナ。


「まぁいいだろう。戻ってきたことは誉めてやろう。我が一族の血が必要だったからな」


 目で追うのもやっとの速さでモナの前に移動したモナ父。俯くモナの頭を右手で掴み左手で自分の眼帯を引き千切った。


 途端に溢れ出る魔力。


 眼帯に隠されていたその金色に輝く瞳を向けられたモナは短い叫び声を上げ気絶してしまった。

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