破壊不可能

 なんだかやけに人間っぽい魔物。現れた魔物を見て俺はそう感じた。


「な、なんだあの魔物は!?」


 室内で魔法陣を警備していた兵士が後ずさりながらも武器を構えて呟いたが誰もそれには答えない。少なくとも俺はこんな魔物を見たことはないし、聞いたことも、本で読んだこともない。


 俺よりは魔物に詳しいミトの方を向いても小さく首を振られたので彼女にも見当はつかないのだろう。


 となれば怪しい情報の宝庫であるウェディーズさんの出番かな。というかこの人、さっきの魔力にも物怖じしていなかったし、今もその表情は飄々としたものだ。


「アレが何か知ってますか?」

「名称、ということでしたら大変申し訳ありませんがお答えいたしかねます。あの外見、それにあの魔力、魔物と分類されるべきなのでしょうが私もあのような外見の魔物は見たことがありません。それにあの瞳をよくご覧ください」


 瞳? 魔物といえば赤い瞳で、目の前の魔物も老婆のような顔に赤い瞳が…。


「あれ?」

「お判りになりましたか。瞬きの際、一瞬だけですが、まるで、そう、まるで人族のような瞳に変化しているのです」


 よくよく注意して観察しなければわからないほどの一瞬の変化。確かに奇妙といえば奇妙だ。


 魔物の強さとしては、感じる魔力はフッサの故郷ミストフォードで戦った怪鳥ガルラよりもやや少ないくらい、つまり魔力量だけでいえばAランクからBランクに分類されるべき魔物ってところか。それに加え非常に微量だけど邪気を放っているようだ。


 現に兵士やミンモさんは顔を歪めている。一方、ミトやフッサは普通の表情、俺の眷属になって邪気への耐性でも少しついたんだろうか、それとも単にステータスの差なのか。


 ウェディーズさんについてはもうよくわからない存在だし、ジョン・ドゥは表情がわからないが見たところ平気そうだ。


「くぅ、流石は冒険者の方ですね。私にはこの邪気ですらキツイというのに…」


 俺が平気なのは冒険者だからじゃないけどね。


 再び雄叫びを上げた魔物は戦闘態勢が整ったのかこちらに明らかな敵意を向けてくる。わかっていたけど話し合いなんかは通じそうにないので、ここでの戦闘になることは間違いないだろう。


 周辺の人払いは済んでいるらしいし、これだけの魔物が出現したんだ。周辺被害については気にする必要もないだろう。


「ここで食い止めます! 街へこの魔物が放たれることだけは阻止してくださいっ!」


 普通ならミンモさんが危惧しているように、無差別に街中で暴れられることを防がなくちゃいけないんだけどね。


「来る!」


 ま、そんな心配はご無用。先ほどの敵意も俺に向かってのものだし、さっきからこいつ俺のことしか見ていない。【邪神の恨み】の効果は効いているので分類的には魔物なんだろうな。


 ほら見ろ、魔物は俺に向かって一直線に飛び込んでくる。


 それを迎え撃とうと俺も飛び出そうとしたが、すんでのところでそれをやめる。


「ふぅん!」


 俺の前に立ちはだかった大きな背中。フッサがその大剣を構え魔物の前に立ちはだかった。


 俺を攻撃するにはフッサが邪魔だと理解したのか魔物の攻撃目標はフッサとなり、黒く染まったその両手で攻撃を繰り出していく。その連撃を大剣で防いでいくフッサ。大剣と腕では普通に考えれば手数が違い、その攻撃を防ぎきることは難しい。しかし素の筋力、俊敏さが高い獣人のフッサが際限なく使える俺の魔力で身体強化を行っているので手数は五分と五分。


 フッサも凄いが、大剣と渡り合いながら傷一つつかない魔物の腕もかなりの硬度だ。


「疾風撃」


 拮抗する状況を打破しようとミトが横から繰り出したのは強化された風魔法。その刃は魔物の尻尾の先を切り落とした。


 しかし。


「ガァアアア」


 咆哮と共に見る見るうちに再生する尻尾。


 だがその間の硬直で魔物に大きな隙ができる。


「魔技・一閃」


 二人が時間を稼いでくれたおかげで魔技を放つための十分な溜めがつくれた。


 俺の動きがわかっていたかのようにフッサがバックステップで魔物から距離をとる。少ししゃがんだ体勢から俺が放った攻撃は魔物を天高く吹き飛ばし、粉々にする。


 魔物を滅しても尚勢いの止まらない斬撃は射線上の雲を突き抜け遥かかなたへと飛んで行く。そして俺の持っていた剣は粉々に砕け散ってしまった。


「はぁ、参ったなスペアの剣がなくなっちゃうよ」

「お見事でした」

「うむ、やはり主殿の魔技は見事であるな」

「フッサが盾になって、ミトが隙を作ってくれたおかげだよ。それにしてもまた剣が一本駄目になっちゃったよ。ホント、コスパが悪いよね」


 他の人の目があるから【裏倉庫】から新しい剣を取り出すわけにもいかないので鞘だけを腰からぶら下げているこの状態、どこか間抜けだよなぁ。


 そんな風に穏やかな雰囲気だったのも束の間。ゾワリと背中を虫が走ったような悪寒を感じる。


 振り返ってみると消えた魔法陣が誰かが見えないペンで描いているかのように復元されていく。


 そして数十秒後には半壊した床には何事もなかったかのように元通りとなった魔法陣。


「やはり連動はしているのか…」


 俺達と魔物の戦闘にも臆することなくその場にいたジョン・ドゥ。魔法陣が復元する様子を観測器の魔道具を通して観察していた彼、その発言に皆が彼を注目するとさらに話を続けた。


「この魔法陣は個が全であり、全が個。破壊されれば防御機構として魔物を生み出し、他の魔法陣からの魔力供給によって自動で修復をするようだ。魔法陣を無効化するには全ての魔法陣を同時に破壊するか、或いは…」

「或いは?」

「発動まで待つか、ということになるだろう」

「そ、そんな」


 発動まで待つ、つまりはこの街に住む人々の死、ということになるだろう。ジョン・ドゥのその結論を聞いたミンモさんは膝から崩れ落ちてしまった。


「復元の際の魔力供給は全方角からされていたから、他の魔法陣を見つける手掛かりにはなりえないだろう。これ以上調べても無駄だな。うん? アモンドはどうした?」

「うちのモナが避難させましたよ」

「そうか、おい、ウェディーズ。もう行くぞ」

「ええ、かしこまりました。ささ、レイブンさんたちもご一緒に参りましょう。どこへですって。冒険者ギルドへ報告ですよ。私共も調査結果の報告をしなければいけませんし、皆様も魔物についての報告義務がございましょう」


 ジョン・ドゥの出した結論を聞きながら無言で魔法陣を見つめていたウェディーズさんに連れられるかたちで俺達もこの場を後にした。少し離れた場所にいたモナとアモンドさんと共に冒険者ギルドへ向かいことの顛末を報告。


 その報告を聞いたギルド職員の話だと、混乱による治安の悪化や避難させた住民のための物資の確保、そこに掛かる経費の分担などで一部の街の有力者が強制的な避難命令を出すことに慎重になっているらしく、住民自身の判断での避難の勧告ということになりそうだということだ。


「一部の有力者ねぇ」

「む、領主の一存で決められないのか?」

「街にもよるけど、シエイラだって領主よりも冒険者ギルドの方が発言力はあったでしょ。まぁ、それはこの大陸特有のものかもしれないけどさ。商人や聖神教、とかいろいろあるわけよ」

「お貴族様のお坊ちゃんは博識だねぇ」

「そういうモナこそ実家はそれなりに力があったんでしょ?」


 俺をからかったつもりのモナだがブーメランなんだよ。「フンッ」と鼻を鳴らす彼女はフラストレーションが溜まっているのか、やや不機嫌だ。さっきの戦闘でも暴れられなかったしね。


「魔法陣についてはこれ以上の進展もなさそうだし、そろそろ行こうか。肉のアカラサルマに」


 もちろん夕飯の買い出しではない。モナが不機嫌な原因を取り除くためである。

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