破壊から生まれたもの
「誰か地図を持っていないか!?」
「それならここに。あの、ところで点結魔法陣ってなんですか?」
ギルドで貰った地図を床に広げ、耳馴染みがない単語について聞き返す。知らないのは恥ではない、知ろうとしないのが恥って誰かが言っていたしね。いついかなる時も向上心を失くさない俺である。
「点結魔法陣とは魔法陣を描くのではなく、あらかじめいくつかの場所にマーキングをつけておく魔法陣の展開方法です」
俺の質問に答えてくれたのはこの場の責任者の白ローブさん。持っていた紙に布を巻いた木炭で円を描くように六つ点を書き込む。そして点を結び三角形を二つ、そして点に沿って円を描けば。
「…六芒星」
六芒星や五芒星はこの世界の魔法陣でもよく使われる図形で、目の前の魔法陣にもいくつか描かれている。
「実際にはこれほど単純ではありませんがジョンさんの解析結果の総数予測と現在判明している魔法陣の場所、それに街の構造を照らし合わせれば他の魔法陣の設置場所もわかるかも…いえ、そう簡単なことではないかもしれませんが」
「ジョンさん?」
急に話に出てきたけど誰ですか。
俺の問に何故かクエスチョンマークを浮かべる白ローブさん
「こちらの方ですよ」
白ローブさんが手で指したのはマスク男だった。
「スケキヨさんじゃないの?」
「誰がスケキヨだっ!」
マスクの色こそ違うけど、かの有名な八つ墓村のスケキヨ氏に似ているから、俺の中ではマスク男、仮称スケキヨだったんだけどな。
「私はジョン・ドゥ。魔道具技師だ」
俺にツッコミをいれそう名乗ったマスク男、もといジョンさん。ジョン・ドゥって英語圏でいう山田太郎的な名前のことだったはず。なんだか親近感湧いちゃうな。嫌いだなんて心の中で思ってごめんよ。
「俺はレイブンです、Dランクぼ」
「ああそうか」
「うけんしゃ…」
はぁ? ああそうか? おいおい、俺がまだ自己紹介してる途中だろ! それにマイネームイズって名乗った後はナイストゥミーチューでしょうが! 俺やっぱこの人嫌いだ。
「おい、ウェディーズ。魔計測器と零魔石、それから紙とペンはあるか?」
「ええ、もちろんですとも。そうそう、魔石の供給バランスが崩れているようで零魔石は少々高くつきますがよろしいですね」
「ふんっ、アモンドにつけておけ」
「かしこまりました」
俺の方をチラリと向いて名乗った後は、俺のことになんか興味が無いとばかりにウェディーズさんがどこからか取り出した前世の測量機のような魔道具を覗き込み、とてつもないスピードで手元の紙に何かを書き込んでいくジョン・ドゥ。
「関わりたくないと言っていた割に興味が出てくるとこれですよ。すみません、どうにも自分の世界に没入してしまう癖がありまして。いい歳してまったく困ったものです。彼の非礼をお詫びします」
「いえ、まぁ、はぁ」
その様子を見ながらジョン・ドゥに対するヘイトを高めていた俺にすかさず誤ってきたのは雇い主のアモンドさん。この人も苦労しているんだろうな。しかし、いい歳、か。声の感じからは割と若そうなイメージだったけどそうでもないのかな。
…そうか! さっきから何か違和感があると思ったがもしかしてこの男。
もしかしてエルフか、しかも結構歳をとったエルフじゃないか?
そう考えれば特徴的な耳を隠す為の全頭マスクも偉そうな口調も納得がいくし、エルフなら人族とはスキルに対しての認識が違う可能性もある。もしかしてエルフは鑑定系のスキルが取得しやすいとかあるかもしれない。かなり変わった人のようだし、相手を自分の常識に当てはめてしまうタイプの人なのだろう。
確認したいけど隠しているってことは何か理由があるんだろう。ここは一旦黙っておいて今度アモンドさんにこっそり聞いてみよう。
天才的な頭脳によってマスク男ジョン・ドゥの正体に感づいた俺は他にも何か核心を突くようなものがないか彼の一挙手一投足を観察する。
測量機もどきから目を離した彼は手からはみ出る大きさの透明なガラス玉のようなものを魔法陣に向かって叩きつける。パリィンという音ともに見事に粉々に砕け散った破片が床に散らばる。そして再び測量機もどきを覗き込む。
「あれはいったい何をやっているんですか?」
「あはは、すみません。魔道具関連なら多少の知識はあるのですが私にもさっぱりです」
「零魔石を使って魔力の流れを計測しているのでしょう」
再び俺の疑問に対して答えてくれたのは白ローブさん。
「自己紹介がまだでしたね。私は聖神教から派遣されておりますミンモと申します。領主様、冒険者ギルド、そして聖神教からこの場を任されております」
「どうも、Dランク冒険者のレイブンです。こっちはミトとフッサ、それとモナ」
この人聖神教の所属だったのか。てっきり冒険者だと思っていた。代表してパーティメンバーを紹介すると全員が軽く会釈、挨拶もそこそこにミンモさんが説明を続けてくれる。
「ジョンさんはこの魔法陣自体が他の魔法陣と繋がっていると予想されたのかもしれません。であれば他の魔法陣に繋がる道があるはずです。巧妙に隠されているのかもしれませんが、零魔石を使って僅かな魔力の流れを確認されているのでしょう。私もこの教区の中ではこの手の魔法に詳しいと自負しておりましたが解析には苦戦しており、また魔法陣自体の解析にしか考えが及ばずまったくお恥ずかしい限りです」
「む、零魔石とはいったいなんなのだ?」
珍しく興味を持ったのかフッサの問い。一瞬眉を顰めたミンモさんだったがすぐに表情を戻して話を続けてくれた。
「零魔石とは内包する魔力を失った魔石に特殊な再加工して作られたものです。性質として魔力を吸収するので魔法研究によく使われております。吸収といってもその効果は一度きりで蓄えることはできません。魔石と名前にはついておりますが実際には魔石とは異なるものですね」
一瞬見せたのは侮蔑の目。この人が聖神教の人だからなのか、個人的な思想が入っているのかはわからないが、この人にとっては獣人とは忌避すべき対象なんだろう。立場もあるから全面には出さないみたいだけどあまりいい気分じゃないな。
説明を受けている間にもパリィンという音が何度も室内に響き渡っていた。気が付けば魔法陣の外周すべてに零魔石の破片が散らばっている。
「駄目だな。かなり巧妙に隠されているか、そもそも繋がりがあるというのが間違った推測なのか…」
比較的大きめな独り言を呟きながら魔法陣の周りを行き来するジョン・ドゥ。そして。
「よし! 破壊するか!」
腰に付けたポーチに手を突っ込んだ彼。ポーチの大きさ以上に中に入り込んだ腕からわかるのはあれがマジックバッグということ。何か筒のようなものを取り出すと魔法陣に躊躇なく投げつける。
轟音と爆発。規模は大きくないものの突然のことに唖然とした俺達。しかしウェディーズさんやアモンドさん、そしてこの場の責任者であるミンモさんはあまり動じていないようだ。
「…いいんですか、あれ?」
「ええ、ジョン様の解析で問題が無いようなら破壊方法の検証および無効化はこちらからも依頼しておりますので」
何食わぬ顔のミンモさん。
「皆様がこちらにいらしてからすぐに周辺の避難は進めておりますので、何かあっても私たちが犠牲になるだけでしょう」
なんだかとんでもないことをサラッと言ったぞ、この人。俺としてはそんなの真平御免なんだよね。
「おい、そこの獣人! 名はなんと言う?」
爆発の煙が晴れ、投げつけた場所を確認したジョン・ドゥが声を上げる。
「む、フッサと申すが…」
「見たところお前が一番力がありそうだ。その背負っているものでこの魔法陣を破壊できないか試せ」
「う、うむ」
突然の指示に困り顔のフッサだったが俺が頷いたのを確認すると背負っていた大剣を抜き魔法陣の前に立つ。
「足元のこれは払ってもよいか?」
フッサが聞いたのは零魔石の破片。確かにあれは踏み込みの邪魔だ。
「構わん」
「そうか」
大剣を横に一薙ぎし、その風圧だけで破片は吹き飛ばした。なんかカッコいいじゃないか。
「ではいくぞ」
床に描かれた、実際には描かれているように見える空間に固定された魔法陣に大剣を振り下ろしたその一撃。木製の床を打ち付けたとは思えない甲高い音を辺りに響かせただけで魔法陣は健在。
こちらを振り向いたフッサは少し悔しそうな顔をしている。
仕方ないなぁ。眷属化スキルで彼との間に魔力パスを繋げ「避難もさせてあるらしいし本気でいこう」と声をかける。
身体強化、そして大剣にも魔力を纏わせたフッサ。大剣からは紫電がバチバチと弾ける
「おお、これが皆様のパーティ名の由来の!」
いつの間にか俺の隣にいたウェディーズさんが目を輝かせている。一方ミンモさんは「獣人がこれほどまでに魔力を」と驚きを隠せずにいる。うちのフッサ君を甘くみないことだね。
「むぅん」
再び振り下ろされた大剣による衝撃で建物は半壊、そして魔法陣にも大きく罅が入った。
「おぉ」
歓声が上がったのもつかの間。魔法陣はまるで黒炎を吹き出すかのように光を放ち、描かれていた古代語が配置を変えていき禍々しい魔力が噴き出す。
「しまった! 誰でもいいから術式を完成させるな!」
ジョン・ドゥのその叫びでフッサがもう一撃、そしてミトは風魔法を放ち、俺も剣で斬撃を与える。モナは魔法陣から噴き出す魔力に腰を抜かしているアモンドさんを抱えてこの場から離れた。ジョン・ドゥもウェディーズさんも平気そうだしナイス判断だ!
「硬っ!」
魔力で強化した俺の剣、その辺の魔物なら一刀両断する一撃だったが魔法陣の放つ魔力に軽々と弾かれてしまった。フッサの一撃も同様に弾かれ、ミトの【疾風撃】もまるでダメージを与えてはいない。
反動で大きく弾かれてしまった俺とフッサ。
「くっ」
次の攻撃を放とうとするも魔法陣から突風が吹き付け、土埃が舞い視界が塞がれる。
「ミトっ!」
「はいっ!」
急いでミトとも魔力パスを繋げ、彼女の風魔法で土埃を吹き飛ばしてもらうと、光を失った魔法陣の中央には一人の人が立っていた。
いや、人じゃない。
頭には二本の角を持ち、腰からは黒い尻尾が生えている。怒った老婆のような顔を持つソレはこちらを見て雄叫びを上げた。
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