罪の意識

「私は…」


 二人が戻ってくる前のこと。俺は馬鹿正直にすべてを話す必要はないんじゃないかって伝えたんだ。だけどミトは。


「そうですね、主様と出会ったばかりの私ならそのようにしたでしょう。ですが主様と旅を続けてモナやフッサ、多くの方々に出会って、思ったのです。私はのうのうと生きていいのかと。自分の望む未来のために歩んできたこの道で踏みつぶしてきた命も望む未来があったのではないかと。この先、スキルで見た目指すべきあの笑顔は少なくとも共に旅する仲間に自分の過去を偽ったままではないのではないかと」


 そう言って、柔和な笑みを浮かべたミト。彼女は本当のことを伝える決心をしたみたいだった。俺も邪神を崇める組織で巫女として何をしてきたかはなんとなくしか聞いたことはないので、どんな話が飛び出てくるかはわからない。ま、俺が邪気で世界に与えた影響からしたら可愛いものだろうけどね。


「ズワゥラス様を崇める組織の存在を知ったのは聖神教で神官の修行をしていた頃です。未来を視ることができるスキルを持つ私は、私の幸福な未来のために組織の門を叩きました。最初のころは聖神教のスパイだと疑いをかけられ、二十四時間監視される生活が続きました。疑いをかけつつも私の持つ【未来視】というスキルは組織にとっては手に入れたいものだったのでしょう。望むビジョンではありませんが、その時点ではほぼ確実に起きる未来を知ることができる【未来視】。組織は私が視た未来を、時には神託のようにし信者を集めるために、時には資金を集めるために利用していきました」

「【未来視】…」


 そういえばミトのユニークスキルについても秘密にしていたんだっけな。そのスキルを聞いたモナが何かを確認するかのように呟く。その隣ではフッサが目を瞑って腕を組み…、って眠ってないか。あ、瞬きしたから起きてはいるようだ。


「次第に監視の目は緩められてはいきましたが、あまり自由のない生活でした。自衛できる程度の力をつける為に魔物を狩りに行くことはありましたが、どこにあるかすらわからない組織の拠点からは出ることのない生活」

「気に入らないね、その言い方だとまるで捕らえられたお姫様みたいじゃないか。あんたは悪事に加担していなかったとでもいうのかい」

「そうですね、すみません。決してそういうつもりではありません。組織がズワゥラス様の教えを広げるため、ズワゥラス様の復活のため私の【未来視】によって多くの方の命が失われていることはもちろん知っていました。それに私自身の手も血に汚れています。組織への忠誠を見せるために直接人を殺めたこともあります。儀式と称して信者の命を奪ったことも。強いられたとはいえ、自分さえ良ければ構わないという自分勝手な行動でした」


 敢えて感情を押し殺しているのか、淡々と語るミト。


 その話が一通り終わるとモナが口を開いた。ちょこちょこ口は挟んでいたけどね。


「例えばあんたが殺した罪なき人の家族から、あんたの罪を命をもって償えって言われたらどうする?」


 贖罪の気持ちが少しでもある人間にとっては難しい質問だよな。俺がされたら? そうだね、もちろんお断りかな。良い意味でも悪い意味でもこの世界は弱肉強食。弱かったら焼肉定食すら食べられない世界だ。力が正義だとは思わないけど、力がない者はそれだけ価値が低い世界なんだ。でもそれは前世でも同じで、弱者が強者によって淘汰される、その目的がなんであれ結局どの世界でも真理なんじゃないかな。


 だから俺は力を得るために努力をした。弱者で甘んじたくないから。前世からの引継ぎや邪神の力という強力なアドバンテージがあることは否定しないけど、それを扱うための努力は並大抵のものではないという自負だってある。っと、俺の話は誰も聞いてないか。


「死ぬことは…、自らの命を絶つことはできません」


 そして俺の顔を見ると少しだけ笑った。


「この命は主様のものですから」

「主様、ねぇ。しかしなんだってレイブンなんかを主に? 眷属って言ったって一方的にされたんじゃないだろう?」


 …一方的といえば一方的に眷属にしたこともないような…。


「あら、そんなこと言うまでもないと思いましたが。この可愛らしくて勇ましいお姿、まるで極上の果実のような甘美な魔力、体の芯から鷲掴みにするようなお声。このお方を主とせずにはいられないでしょう?」


 お、おう。…そして、フッサよ。そこだけ頷くんじゃない。


「はぁ、あたしにはわからないねぇ」


 ええ、俺にもわかりませんね。あ、可愛らしいお姿とやらは誰しもが納得する点か。


「ミト、あんたがしてきたことは許されることじゃない。あんたはあんたでこれからの人生でその罪を償うんだよ」


 その言葉に頷くミト。


「あたしがあんたの罪を裁くことなんてできやしないし、過去に戻ってなかったことにもできないしね。でも横で見ているからね、これからの人生であんたがどうやってその罪を償っていくか」


 この話はここでお終いとばかりに大きく伸びをしたモナ。


「ま、これからは仲間としてあたしも一緒にいてやるからさ。しかし、何よりもその邪神を崇める組織ってのが気に入らないねぇ。あたしもその存在を全く知らなかったとは言わないけど、そんな大きな組織が本当にあるなんて思ってなかったよ。大方ギルドやお貴族様たちが都合のいい言い訳に使うもんだとばかり…一介の冒険者がどうにかできる問題でもないだろうけど、なんとかできないもんかねぇ」

「そんなモナさんに耳寄りな情報があるんですよ」

「なんだいその揉み手は…」


 ミトの話を静観していた俺がそう言うと、胡散臭い人間、そうシエイラの怪しげな魔道具店店主のウェディーズさんのことを見るような目で俺を見たモナ。


 そもそも二人にこの話をしたのは、俺達が目指しているポルトアリアが邪神を崇める組織のこの大陸での最大の活動拠点であり、ミトの存在が組織にバレる可能性があるからだ。


 俺の安寧のため邪神を崇める組織をぶっ潰すことは決まっている。


 モナがその気なら皆にも聞いてもらおうかな、俺がひそかに計画している邪神を崇める組織ポルトアリア拠点壊滅大作戦を。


 調子に乗って饒舌になってしまいその情報源について怪しまれたが、それについてはウェディーズさんの名前を借りることにした。もう会うこともないだろうし大丈夫だろう。…もう会わないよね?


 そしてそれから一週間、港町ポルトアリアに俺達は到着したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る