巫女であった事実
コルストンからアーメリア大山脈を挟んで西側の麓には規模の小さい村がいくつか点在している。これは以前コルストンを首都としていた国が山の反対側に大きな都市があることを防衛上嫌い、大都市の形成を禁止したためらしい。
現在においてもすでにヒト・モノ・カネの流通経路が定まっているためにこの辺りの人口が増えることは当分ないだろう。
アーメリア大山脈の北端には冒険者ギルドの総本部があり、そこから南西にあるのは大陸の玄関口であり俺達が目指しているポルトアリア。そのルート上から外れてしまったこの辺りは、特筆すべき産業もなく都市として発展することは難しい。ちなみにこちら側にも鉱山都市はあるもののいずれも小規模で、産業というには少し弱い。
その中でも比較的大きい村の一つで馬車と馬を調達した俺達はポルトアリアを目指した馬車旅を再開した。日中は馬車での移動、夜はガニルムの宿にて宿泊というとても大陸横断中とは思えない方法でポルトアリアを目指している。
そんな移動を繰り返していたある日、大して疲れは溜まっていないけど俺の提案で一日休養日を作ることにした。
フッサとモナには買い出しと称して出かけてもらい、宿には俺とミトの二人きり。
おっと、男女が室内で二人きりだからって十八禁の展開にはならないから安心してほしい。
北コルス山からここまで二人きりになるタイミングがなかったからね、レイカーやミリネラ達から得た情報についてミトとじっくり話し合いがしたかったんだ。
「お話とはなんでしょうか」
部屋に広がる南国の果実のような甘い香り。ミトが持つティーポットには鮮やかな色の茶葉と切り分けられた果物が注がれた熱湯によって舞い広がっていく。ティーポットに合わせた透明なガラスのティーカップが俺の前に置かれる。まるで広告のような美しい色合いのお茶はその香りも鮮やかだ。
ミトには二人で話がしたいとだけ伝えてあったため、彼女の疑問は当然のことだ。
「聖典四騎士、聖呪のレイカー。奴隷商を裏で操って、北コルス山のアーメリア鉱石を独占していた犯人」
向かいに座ったミトは少し目を見開き驚いたような表情。
「まさか…」
「ま、倒したけどね」
「聖典四騎士が率いる部隊をお一人で!? 主様の御力はそれほどまでに…」
ハハハ、我を崇めよ、我を讃えよ! なんつって。レイカーが勝手に自爆してくれたようなもんだけどね。それに部隊っていっても坑道の中じゃ個別での戦闘だし、ミトが思うような戦いじゃなかったよ。
「で、今回はレイカー、それに側近っぽい強化信徒とか一般兵からも色々と情報を手に入れたんだけどさ」
「そうですか。では私にその情報の正誤の確認を、ということでしょうか」
「うん、それもあるんだけどね…」
「…それも?」
少し、というかかなり言い出しにくいことなので言い淀んでしまった俺。そんな俺の気持ちを知ってか知らずか首を傾げたミトはそれを促すように笑みを浮かべた。
「ミトが邪神を崇める組織の巫女だったっていうのをフッサとモナにも開示しようと思うんだ」
「ええ、かまいませんよ」
「え?」
「はい?」
なんか、もっとこう、「何故ですか?」みたいな雰囲気になると思っていたんだけど、二つ返事でそれを了承したミト。いいの? 邪神を崇める組織なんてシエイラでの出来事を考えたって悪の一大組織ってイメージじゃん。そんなあっさりと決めていいの?
「主様がそう仰るなら、何かお考えがあってのことなのでしょう。私は主様のご判断に従うまでです。それに、私としても主様の御力のことは兎も角、行動を共にする二人には組織に所属していたことは遅かれ早かれ知られるとは思っておりました」
邪神を崇める組織、その第十巫女という肩書を持っていたミト。もとは聖神教によって強引に親元から引き離され神官の修行をさせられていた彼女は自らの望む未来のため【夢神の寵愛】という加護と【未来視】のスキルで邪神を崇める組織の巫女としての地位を築き上げた。
あまり多くのことは語らないが彼女の手だって血に汚れていないわけではない。軽蔑の対象にだってなりうることだ。俺だったら隠し通したいと思うけど、随分あっさりと決断したように思える。俺と彼女の価値観の違いということだろうか。
「ところで何故このタイミングだったのですか?」
俺がフッサとモナに邪神を崇める組織とミトの関係を伝えようと思ったのにはもちろん理由がある。
「ポルトアリア、俺達が目指している街はこの大陸におけるやつらの最大の活動拠点らしいんだ。レイカー達にミトのことを確認したら、レイカーは知らなかったけど、強化信徒の情報だとアルブムに処分されたってことになっているみたいだった。だけど、大陸で一番の活動拠点ってことはミトの姿を知っている信者がいるかもしれない。極力ミトには姿を隠してもらおうとは思っているんだけど、モナとフッサにはその理由を伝えておいた方がいいと思うんだ」
「ポルトアリア、ですか…」
「何かおかしなことでもある?」
「ええ、組織は冒険者ギルドにも少なくない協力者がいたはずです。私も詳しくはわかりませんが秘匿性の高い情報を手に入れていたこともありますので、恐らくグランドマスターの側近近くには。ですからこの大陸の拠点は冒険者ギルド総本部のある大都市アマルにあるのではと思っておりました」
そこからは俺の手に入れた情報とミトが組織内で聞いていた話をすり合わせて情報の精査だ。【精神操作】に抗って嘘の情報を言ったとは思わないけど、本人が嘘だと認識していない場合もあるからね。
するとやはりというかなんというか、俺が聞き出した情報の中にはミトが知っている事実とは真逆の情報もあって組織内でも情報操作が行われていることが分かった。
いくつかの情報は今のところ信頼ができそうなシエイラの冒険者ギルド長にでも匿名で投書でもしておこうかと思っている。邪神を崇める組織への地味な嫌がらせにはなるだろう。ついでにシエイラで黒騎士モードの目撃情報つくったり、タイスケと雑談したりしてこようかな。
「…とまあ、攫われた俺を助けるためにミトは組織を裏切って一緒に逃げ出してくれたんだ。転移装置を使ってこのアーメリア大陸にやってきて、あとは二人が知っている流れかな」
俺と邪神については秘密にしておきたいので多少誤魔化しつつも、買い出しから戻ってきた二人への説明。
「そうか、ミトは我が神の巫女だったのか」
元々邪神である進化と発展の神ズワゥラスを信仰していた獣人族のフッサは割とすんなりと受け入れたようだった。巫女といっても邪神を崇める組織が勝手にそういう役職をつけただけで、一般的な巫女のように神秘的なものじゃないとは思うんだけどね。組織内ではそれなりにブランディングされているんだろうけど。
「第十巫女っていったかい。あんたはその組織とやらでどんなことをしてきたんだい?」
一方正義感強めのモナはこの事実には思うところがあるようだ。過去のミト、そして今のミトを知っているからこその葛藤。難しい表情の彼女は真剣な眼差しでミトへ問いかけた。
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