海と烏賊と
煌煌と輝く太陽が高く輝く海岸。砂浜はその光を乱反射するかのように輝き、響く波音と爽やかな海風が心地良く吹き抜ける。
ポルトアリア周辺は年中温暖で、大して緯度の変わらないシエイラとは全然違う気候。海岸沿いというだけでは到底説明がつかないが、それは俺に前世の地球の記憶があるからだ。この世界の人々にとってはこれが常識、きっと異世界補正的な力が働いているのだろう。緯度の違いによる気候の変化は存在しないらしい。
そんなポルトアリアはこの大陸の玄関口とあって大きな港を中心に形成されているが、穏やかな海流と温暖な気候のおかげで海辺のリゾートとしての側面も持つ。俺達がいるのはポルトアリアの外れにある高級宿、その宿が所有するプライベートビーチだ。
「海というものは気持ちがいいな。しかし寛いでいる場合ではないのではないか?」
俺の横で尻尾をゆっさゆっさと振る大柄な獣人はビキニパンツ姿にサングラスをかけ、スライムを加工して作られたビーチボールのようなものを脇に抱えている。言葉とは裏腹にしっかりとこの海を満喫しているようだ。
「そうですね、これでいいのでしょうか?」
カラフルなビーチパラソルの下、ビーチチェアに座りカットフルーツが飾られたトロピカルジュースをどう考えても不効率なストローで飲むミト。色白の身体とは正反対の真っ黒なビキニに顔面積と不釣り合いすぎるピンクのレンズのサングラス、彼女もそうは言いながらもこのプライベートビーチを楽しんでいる。
なにせ、今は俺達「紫電の一撃」による貸し切り状態で人目を気にする必要がない。ポルトアリアの街中ではフードを深くかぶりその顔を晒さないように注意を払わなければいけない彼女にとっては束の間の安息でもあるので仕方ない。
「イヤッホウ!」
一般的な人に比べてやや褐色の肌のモナはミトとは正反対に白いビキニ姿で歓声を上げながら海に飛び込んだ。ザバンと水しぶきが上がり、そのまま波に揺られて海水浴を満喫している。
透き通った海は少し潜れば美しいサンゴ礁に色とりどりの魚が生息していて、まるで夢の中のような風景を見せてくれる。
本来であれば、宿の利用客で賑わうこのプライベートビーチを一介の冒険者である俺達が貸し切りにするなんて不可能だろう。俺の【裏倉庫】の資産を使えばできるだろうけど。
ビーチどころではなく、そもそも俺達が宿泊した高級宿だってその宿泊料はべらぼうに高く、会計担当の俺からしたら宿泊なんてことはしないだろう。
では何故こんなバカンスを楽しめているかというと、実はこれ冒険者ギルドからの依頼を遂行中だからだ。もちろんバカンスを楽しむなんて馬鹿げた依頼が存在するはずもない。ポルトアリアに到着し、冒険者ギルドに寄った俺達がギルド職員から受注をするよう頼まれたのは最近この付近に現れるという大型烏賊の魔物、クラーケンの討伐だ。
大きい個体だとその大きさは数十メートルにも及び、時には大型の船を海中に引きずり込むことのあるクラーケンだが、俺達が討伐を依頼されたのは十メートルほどの小型の個体。数日前から目撃情報があり、どうやらこのビーチの近くに住処を構えてしまったらしい。北コルス山に冒険者が集められた影響で、この街にいた冒険者も周辺の地域のカバーをするために街を離れている人が多く、偶々やってきた俺達にお鉢が回ってきたという訳だ。
海中に生息するということでその居場所を特定することすら難しいクラーケンだが、ステータスが上がり、素の状態でも魔力探知がそれなりに使えるようになった俺に死角はない。
大事なことだからもう一度言う。俺に死角はない。
ここのところ魔力を発しない魔物と立て続けに遭遇したけど、魔力を感じ取る俺の魔力探知が役に立たないことの方が珍しいんだ。つまりそう、今日のところは俺の索敵に死角はない。
そんな俺は既にその居場所を特定しているため、しっかりとバカンスを楽しませてもらっている。単純に海中にいられたんじゃ討伐方法が限られているってのが一番大きな理由だけどね。
俺が特定したクラーケンの居場所は海岸から少し離れた海底二十メートル付近。陸上生物である俺達では海中での戦いは不利。なので、こうやってクラーケンが浅瀬までやってくるのを待っている。このまま数日間海底でじっとしていてくれればバカンスを十分に楽しめるって算段だ。
まぁ、そんな邪な考えが上手くいくことなんてないわけで。
ジャブジャブと水しぶきを上げて泳ぐモナ目掛けて大きな魔力、すなわちクラーケンが向かってきているのを俺の魔力探知が捉える。
「モナ! 注意!」
ミトの風魔法で俺の声が届いたモナは泳ぐのを止め、左腕に着けていた二連のブレスレット、その片割れをこちらに投げた。勢いよく飛んできたそれをフッサがナイスキャッチ。その様子は海辺で遊んでいる大型犬のようだ。多分彼が一番楽しんでいる気がする。尻尾を揺らすフッサがキャッチしたブレスレットからはモナに向かって白い糸が繋がっている。
「主殿、タイミングは頼んだぞ」
「了解、もう少しそのままね」
俺とフッサの会話は海にいるモナへもミトが音を運んでくれているので大きな声を出す必要はない。
徐々に近づくクラーケン、俯瞰で見れば海に大きな影が映し出されていることだろう。
「よし、今だ!」
「むぅん!」
モナから投げられた腕輪の片割れを大きく引き上げると同時にブレスレットの仕掛けが発動。キュルキュルと音を立てて猛スピードで糸を巻き上げていく。フッサの引き上げの力と巻き上げによって宙を舞うモナ。それを追いかけるように海面から飛び出したクラーケン。
ここまで姿が露わになればこちらのものだ。
「【風の矢】」
「【草搦】」
その眉間と両目にミトの攻撃が突き刺さり絶命したクラーケン、その死体が波に流されないように俺の魔法で海藻を操って引き留める。クラーケンは大きさによって分類が変化する魔物で、俺達が倒した大きさだとCランクってところだ。
海中から引きずり出してしまえば倒すことは難しくない。
「いやぁ、お見事ですな」
クラーケンの死体をエッサホイサと引き上げているとパチパチと手を叩きながらやってきた初老の紳士はこの高級宿の支配人だ。
「ギルドから紹介されたときは疑ってしまいましたが、その実力は本物だったようですな」
そりゃあ子供のいる冒険者パーティなんて色眼鏡で見られて当たり前だよな。ほかの大陸からやってくる人も多いこの街では獣人差別はほとんどないので、俺達のパーティで好奇の目で見られるのは子供の俺、そんな俺が実質リーダーのように挨拶なんてした日にゃ怪しまれるのは当然。
「いえいえ、ところでこの死体はどこに持っていきますか?」
今回はこの死体も提供するのが依頼条件の一つ。クラーケンの炭焼きは人気の逸品だそうで、その体は宿に宿泊している人たちの胃袋に収まるらしい。
「引き上げていただきましたら、後はこちらで。おい!」
わらわらと虫のようにどこからか湧いてきたコックコートにエプロン姿の人達。巨大な荷車に手際よくクラーケンの死体を乗せて走り去ってしまった。
そしていつの間にか俺達が寛いでいたビーチチェアも片付けられている。一流の宿には一流のスタッフがいるってやつだな。このプライベートビーチはこの高級宿の目玉の一つ、早く再開したい気持ちもわかるけど、なんだかさっさと出て行けと言われているみたいでちょっと寂しいな。
「ああ、それと例の件、大丈夫でしたか?」
観光目的ではない俺達がこの依頼を受けたのはギルドで頼まれたからというだけではなく、もちろん理由はある。
「はい、オーナーには話は通っております。皆様方には併設されたレストランで食事をしてお待ちいただくようにと仰せつかっております」
支配人はそう言って踵を返すとホテルに向かって歩いて行った。俺が手渡されたのは依頼の完遂を証明する署名入りの受注書とこの宿のリーフフレットだった。
「サトウリゾート」と書かれたリーフレット。
そう、ここは魔道具工房としては規模の小さな「サトウ工房」、そこが経営する高級宿だ。異世界召喚者ではないかと俺が推察しているサトウ氏。どうやら経営チートで異世界を満喫しているようじゃないか。
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