素材収集クエスト
「『リッチの聖灰』については彼から詳しい話を聞いてほしい」
そう紹介されたのはこの場にいるもう一人の男性。彼が結界発生装置の修理ができる職人さんとのことだ。茶色がかった瞳と髪を持つ男性は貴重な技能を有しているという割にはまだ若い。二十歳そこそこってところだろうか。人のよさそうな顔をしているが背筋を伸ばして胸を張った姿勢。それに領主やギルド長という権力者と並んでいるというのに気後れしたような雰囲気はない。
「トクルットです、どうぞよろしく。早速ですが『リッチの聖灰』について簡単に説明させていただきます。概要はギルド長の話の通りです。リッチを倒した後に発生する灰をこの魔道具に収集してください」
彼がウエストポーチから取り出したのは五百ミリリットルのペットボトルと同じくらいの砂時計のようなもの。真ん中の括れている部分、蜂の腰とか言うんだっけな。そこには小さな文字がびっしりと彫刻され魔石が等間隔に埋め込められたリングが何にも支えられずフヨフヨと浮いている。砂時計の上部をトクルットさんが捻るとジャムの瓶のようにパカっと開いた。
「こちらから灰を入れてください。ここを通るときに特殊な魔力を当てて『リッチの聖灰』へと精製します。下側がいっぱいになるまで溜めていただければ十分です。逆流防止機能が付いているので逆さにしても問題はありませんが取り扱いは慎重にお願いします」
なるほど、俺達はリッチを倒して灰を集めるだけでいいのか。取り扱いには注意が必要そうだからモナには触れさせないようにしよう。風魔法で灰を集めてもらうことになりそうだしミトに扱ってもらおうかな。
俺のそんな思考を理解したのか目が合ったミトは軽く笑みを浮かべて頷いた。一方モナは何故か俺をひと睨み。正当な評価デスヨ。
「灰を集めるときに風魔法を使っても?」
「はい、光魔法や闇魔法は灰が変質してしまうのですが、その他の魔法スキルなら問題ありません。ああ、倒すときにはどんな魔法でも構いませんので」
「収集方法はこれでいいか?」
ギルド長の言葉に頷く俺達とトクルットさん。
「で、その肝心のリッチだがな」
ギルド長のベープさんが取り出しテーブルに広げたのはこの街周辺の地図。かなり使い込まれているようだが大きな破れなどはない地図には、コルストンの街とアーメリア大山脈の間にいくつものバツ印が書き込まれている。
「大昔、この街近くの山からも鉱石の類が産出されないか調査されたことがあった。まぁ、不発に終わったんだけどな。んで、調査坑道跡がいくつもあるんだが、そこにリッチが生息している。リッチが生息ってのも変な言葉だがな。普段は常設依頼でCランク冒険者が討伐しているんだが、ここのところ滞っているからな。それなりに数もいるだろう」
なるほどね。近場で済むならありがたいことこの上ないな。
「…なあ、ちょっとおかしくないかい?」
依頼の概要は理解できたし、今日のところはこれでお帰りいただこうかなと思ったとことだったのに、腕を組み思案顔だったモナが疑問を投げかけた。おかしいところなんてあったかな。
「リッチっていやぁCランクの魔物だろ。その上実体がないからランク以上に討伐は困難だって言われている。こんな街の近くでそんな魔物がポンポン発生しているのかい? 坑道で魔物が発生するってのはよく聞くけど、それにしたってスライムやゴーストなんかの低ランクの魔物のはずだよ」
確かに。言われてみればそんな強力な魔物が頻繁に発生するのは変だな。
「レイライン、って知っているか? 地脈と呼ばれることもあるんだが」
ギルド長のその言葉に「ああ、そういうことかい」と納得したモナ。ちょっと、自分だけ納得してないで俺にも説明してくれよ。
「地脈というのは、この大地を巡る大きな魔力の流れのことですよ」
そんな俺に気が付いたのかトクルットさんが説明を始めてくれた。ありがたい、続けたまえ。
「自然界に存在する魔力っていうのは全ての場所に均一に存在はしていません。生物に血が巡るように、この大地にも魔力が巡っているので魔力の濃い場所、薄い場所というのが生まれます。地脈は地表部分に現れることは少なく、その全容は未だ解明はされていませんが、この街はその地脈の上に建てられているのですよ。結界発生装置もそんな地脈の魔力を大いに流用した魔道具です」
ほうほう。魔道具を起動させるのに人の魔力や魔石の他にもそんな方法があったのか。
「つまりそれだけこの周辺は魔力が濃いから、とりわけ死霊系の魔物なんかは強力な魔物が生まれやすいってことさ」
頷いて聞いていた俺の頭をポンと叩いたモナがそう締めくくる。ムッ、子ども扱いするんじゃない!
モナのそんな行動で緊張感に溢れていたはずの食堂の空気が緩んだままその場はお開きとなった。
そして翌日、ギルドに向かって依頼の受注手続きをした俺達は下見がてら街から一時間くらいの距離にある坑道跡にやって来た。魔力で身体強化をした俺達で一時間だから、一般の人からしたら結構な距離になるのかな。
街から坑道跡までは森が続いているが、徐々に勾配がきつくなっていくにつれ木々は姿を消していく。俺達がやって来た坑道跡はそんな山の側面にあった。
かなり昔に放棄された調査坑道跡だが、それなりの頻度で冒険者の出入りがあるのか獣道のように人の移動で踏み均された道があったので迷うことはなかった。山を掘り進めただけの坑道、闇の中からは幽かな風が吹き、その入り口は寂しげに佇んでいる。
魔力探知を広げると坑道内にはいくつかの分かれ道があり、所々に魔物らしき反応もある。冒険者ギルドで聞いた話だと坑道によっては他の坑道と繋がっているので、内部は迷路のようになっているらしい。
「それじゃあ行こうか」
生活魔法スキルで灯りを生み出した俺。そして三人もそれぞれが光を発する魔道具をベルトや鞄にかける。光源としては俺の魔法だけでも十分なんだけど、初めての場所だし、念には念を入れている。
俺は中二病仕様の黒革の鎧に帯剣していて、ミトはいつものローブに薬なんかが入った肩掛けカバンを下げ、モナはシエイラを発つ際に新調したという赤い軽金属の鎧を身に着けている。フッサは狭い坑道内では大剣は振り回せないので、いつもの金属鎧に見慣れない格闘用のガントレットを装備している。
「フッサ、そんなのも持ってたんだ」
「うむ、姉弟子のアプレアがあれだからな。ミストフォードでは格闘術の方が修行した時間は長かった。魔物を相手にするには武器を使った方が効率は良かったから斧を使うようになったが、ここではこちらの方が戦いやすいだろう。このガントレットはアプレアに集落を出る際に贈られたものだ」
そういえば出会った頃は大斧担いでいたよな。ミトも弓の他に体術に最近凝っているみたいだし、モナは割といろんな武器を器用に使いこなしている。俺だって体術スキルはあるから、いろんな戦い方が出来るのもこのパーティの強みだよな。
魔道具と俺の魔法で照らされた坑道跡へ足を踏み入れると、気温が数度一気に下がり冷たい空気を感じる。地下水が染み出ているのか、坑道には所々に水溜まりがあり天井からはそこにポタリポタリと水滴が落ちている。
先を進む俺達を待ち構えていたのはゴーストが三体。リッチ同様に実体を持たない魔物ではあるがFランク、つまり最底辺に分類されるこいつらは物理的な衝撃でも倒すことが出来る。
サクッと倒すと魔石を落としたので、そちらは回収。二束三文なので大量に出現するときは無視して進めるけど、魔力探知で調べた限りだと魔物との遭遇頻度はあまり高くなさそうなので拾っておくことにした。流石に解体が必要な低ランクの魔物なら放置するけどね。
リッチと思わしき強めの魔力反応、そこへ向かい俺達は坑道を進んでいく。
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