リッチ
坑道に入ってからは合計三回魔物と戦ったがいずれもゴースト。進路上にいたためサクッと処理をした。
「うーむ、やはり我にはわからんな」
「そうですね、風も何も語ってはくれません」
リッチと思われる大きな魔力反応に向かって先頭を歩くのは俺。死霊系の魔物は存在が不確かなので、いつもはその視力で先の危険をいち早く感じ取るモナは早々に役を放棄。嗅覚や聴覚での索敵を得意とするフッサはどうにかこの先にいるはずのリッチを感じようとしていたみたいだけど、ついにさじを投げたようだ。ミトは相変わらず中二病的な発言をしているけど、彼女は本当に風を感じているんだから笑っちゃいけないよな。
俺はというと、素のステータスが随分上昇したおかげで黒騎士モードにならなくてもかなり広範囲の魔力探知ができるようになったので、既にいくつかリッチらしき反応をキャッチしている。といっても広げている魔力の密度はかなり薄いのでなんとなくだけどね。
「ここは右だね」
何度目かの分岐点、坑道の構造も魔力探知で大体把握しているので道に迷うこともない。
「主殿は流石だな」
ずんずんと進んでいく俺をフッサが褒めてくれる。もっと褒めてくれていいんだよ。
「ほんと、化物じみているというかなんというか。スキルの恩恵もあるんだろうけど一体どれくらいの魔力があるんだか」
「モナ、ステータスについて聞くのは同じパーティでも失礼ですよ」
「わかってるよ。別に知りたくて言ったわけじゃないよ。ただすごいって思っただけさ」
この世界にある「他人のステータスに興味を持つのは失礼」という謎の常識。これのおかげで自分のステータスが他の冒険者と比べてどうなのかがいまいちわからないのは困りものだ。過去、ミトは自らステータスを開示してくれたけど、その時はまだ冒険者じゃなかったしなぁ。一人前と呼ばれるCランク冒険者辺りのステータスが見られればいいんだけど。鑑定とかそういったスキル、手に入らないかなぁ。
「そろそろ近いかな」
「わかった」
俺の警告に各々が武器を構えて警戒する。
「そういえばリッチって人の言葉がわかるって聞いたことあるけど」
「そうですね、そういう個体もいるそうです。リッチとは人の怨念や悔恨など負の感情が魔物化したものだといわれています。その想いが強ければ強いほど自我を得て、長く存在した個体は人語を解することもあるそうです。ですがこの辺りのリッチは定期的に間引かれているという話でしたし、仮に言葉を話すとしても意思の疎通は出来ないでしょう」
なるほど。意思の疎通ができるなら魔物ならではの知識とか教えてほしかったんだよな。ゴブリンキングもおチビリザードマンも同じような黒いチョーカーでおしゃれしていたから、人間が知らないだけで魔物ネットワーク的な情報網があるんじゃないかと俺は睨んでいる。
「壁際に!」
前方、まだ俺達の灯りが届かない坑道の先から放たれた魔力。直進するそれにいち早く気が付いた俺の指示でその魔力は俺達を通り過ぎ、後方で爆散。かなりの威力だったのか爆音が響き、坑道が揺れる。
暗がりからその姿を現したのは空中に浮かぶ白骨化した上半身。半透明のその体は全体に黒い魔力を纏い、両手にはまるで人魂のような魔力を握りしめている。眼窩には赤い光が灯り、俺を見つめているようだ。
手を抜くことを知らない俺の加護、「邪神の恨み」の効果で俺を狙って魔力が放たれる。初撃に比べて威力は低いので瞬時に展開した【魔結界】で相殺する。
実物を見るのは初めてだけど、ギルドで聞いた外見と一致するのでこいつがリッチで間違いないだろう。実体を持たないリッチだが、ゴーストと違い物理攻撃ではダメージをほとんど与えられない。魔力を込めた武器での攻撃なら多少はマシだが、こいつを倒すには魔法による攻撃が一番だ。
俺からしてみれば倒すだけなら死霊系魔物の弱点である光魔法スキルで攻めればいいので油断さえしなければ問題ないだろう。闇魔法スキルを操るリッチ、普通なら精神攻撃も警戒しなければいけないが、闇魔法による精神攻撃は使用者よりも高いスキルレベルを持つ相手には通用しない。闇魔法スキルがマックスの俺は警戒する必要すらない。
『コロス…コ…コロシテ…ユルサナイ…ユルシテ』
死霊系にありがちなどこから発しているかわからない声。頭に響くようなその声は、どこかおチビリザードマンを思い出させる。
殺すのか、殺してほしいのか、許さないのか、許してほしいのかどれやねん!
「むぅ」
「ちっ、こいつはくるねぇ」
俺が心の中でツッコミをしたのと同時にフッサとモナが苦しみだした。
あれ? 精神攻撃か? でも闇魔法の魔力は感じなかったけどな。
「【黒紗】っ」
二人の様子を見たミトが慌てて魔法を詠唱する。【黒紗】は確か精神面を防御する効果のある魔法だったかな、俺も試したことはあるけど実戦では使ったことはない。何せ必要としなかったからね。
ミトを含め三人の頭部を黒いヴェールが覆う。
「助かった!」
「すまないっ」
少し苦しそうな表情のままの二人だが、リッチから距離を取るべく後退した。
「リッチの吐く言葉は、それそのものが呪詛。これはなかなかに辛いです」
ミトも少し苦しそうだ。二人に比べて魔法詠唱ができるってことは三人の中では彼女の精神の値が一番高いのかな。
「俺には効かないみたいだけどねっ」
俺に向かって攻撃をしてきているのは明白なので、三人と距離をとるべくリッチの懐へ。そのまま光魔法の【光弾】を連続で叩き込むとリッチは消滅し、灰と魔石が地面に落ちていく。
「あーっ、しまった!」
坑道内は染み出た地下水の影響で水溜まり以外の地面も湿っている。そこに乾いた灰が落ちて水分を含んでしまった。
「す、すみません。私が間に合わずに」
慌ててミトが風魔法で掬い上げるが、半量以上が湿ってしまった。
「俺もいきなり倒しちゃったからね、しょうがないよ。ちょっと手間だけど仕方ないか。そのまま空中に浮かせておいて」
トクルットさんの話では光魔法と闇魔法以外の魔力なら灰は変質しないってことだったからね。俺の生活魔法スキルの【乾燥】で水分を抜き、渡された魔道具を空中に浮かぶ灰の下に持っていく。
蓋を開けるとミトの魔法によってサラサラと魔道具に流れ落ちるリッチの灰。全部入ったところで蓋を閉めると蜂の腰にあるリングが光りだした。これで『リッチの聖灰』に変化するのかな。いつの間にか近くに戻ってきたフッサとモナも加わって四人で魔道具を見つめる。
リッチ一体で集まった灰は上部の四分の一ほどか。これならあと四体も倒せば指定された量が集まりそうだな。
光が一層強くなると、正に灰色だった灰は極彩色の粉末となり少しずつ下部へ落ちていく。リッチという人々の怨嗟が積み重なって発生した魔物の灰だったとは思えないその美しさに目を奪われた俺達だったが、次第にあることに気が付いた。
「これって」
「あちゃぁ」
「む」
「これは」
三者三様の言葉を口に出す俺達。魔道具がその輝きを止めた時には投入した灰は全量が『リッチの聖灰』へと変化した。
したのだけど…。
魔道具の下部に溜まった『リッチの聖灰』の量は僅かに数ミリほど。質量保存の法則は仕事を放棄したのか、それとも密度が高くなったのか。その嵩は十分の一以下となってしまった。トクルットさんに頼まれたのは砂時計の下部いっぱいの『リッチの聖灰』だ。
一体どれだけリッチを倒せばいいんだよ!
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