旅の定番
「お客さんだよ」
シエイラを発って数日、馭者を務めるモナからの警告だ。この旅が始まってから初めての警告。魔力消費を抑えるために馬車の周辺だけしか警戒をしていなかった俺は気が付かなかったが、風魔法で索敵をしていたミトは既に気が付いていたのか、その警告に対しては驚いてはいないようだ。
俺?
慌てて魔力を広げましたが何か?
前方にあまり大きくはない魔力反応が十四。そして左右にもそれらしい反応はあるが、隠蔽しているのかあまりはっきりとはわからない。
「前方と左右かな」
さも知っていたかのように俺も反応する。匂いと音での索敵に特化しているフッサにはまだわからないようだが、俺達のその会話で戦闘準備を始める。
「最初はグー」
「「「じゃんけんぽん!」」」
異世界召喚者が広めたのか、この世界にもじゃんけんという遊びはある。唐突に始まったじゃんけんは誰がどこを対処するのか決めるためだ。まだ距離は少しあるから余裕ぶっこいているけど、野良盗賊如きに慌てることもない。そう、慌てて魔力を広げるとか以ての外だ。
俺はグー、フッサとミトはチョキ。勝者俺。
「進行方向の一番大きい集団は俺ね」
「では私は左を」
「うむ、我が右だな」
「頼んだよ」
それぞれが対処する方向が決まったので、引き続き馬車を操るモナにも聞こえるように少し大きめの声で伝える。
馭者席の方へ出た俺は、魔力で身体強化をして飛び降りる。馬車の進行速度よりも遥かに速く駆け出し、アホ面下げて馬車を待ち構えていた小汚い集団の元へと移動する。
後方ではミトが馬車の上に陣取り風魔法で左の集団に狙いを定め、馬車の後方から俺とほぼ同じタイミングで飛び出したフッサがアーメリア鉱の大剣で右の集団を襲撃している。
「おじさん達盗賊だよね」
もし、万が一にでも無辜の民だった場合は殺戮者になってしまうからね、子供らしくやや高めの声で確認だ。
「なんだぁ、正義のヒーローごっこのつもりか? 身体強化ができるくらいでいい気になるんじゃねぇ! ガキが舐めた口を聞くなよ! やっちまえ!」
猛スピードでやってきた俺の問い。それを聞いた一際体の大きな中年男性が唾交じりに指示を飛ばす。
いいね、そのいかにもモブ盗賊ですって台詞。スキルを手に入れたばかりの盗賊狩りの日々を思い出すよ。
兵士崩れか冒険者崩れか。多少武器の心得はあるようだし、魔力で身体強化もしているけど俺の敵ではない。
そこから始まったのは戦闘というよりも虐殺。一人を行動不能に、それ以外は迷いなくその命を刈り取り、使えそうな武器や現金を頂戴する。その間数分、いやぁ、自分で言うのもなんだけど、手慣れたものだな。
オレ、盗賊狩り、得意。
この世界に履歴書が存在するなら特技欄に書けそうなくらいだ。
道行く商人を襲ってその欲望を満たしているやつらなんて百害あって一利なし。死体も放っておくとゾンビ化してしまうので焼却処分待ったなし。
プロフェッショナルな俺の流儀で死体を積み上げ、着火。燃えやすいようにかけた燃料が勢いよく燃え上がり、次第に大きくなった立ち昇る煙を見つめながら残しておいた一人に光魔法の【治癒】をかけて目を覚まさせる。
「ひぃ!」
俺の顔を見るなり後ずさる盗賊Aだけど、いちいち相手にしているほど俺だって暇じゃない。黒い靄を纏った右手で盗賊Aの頭を掴んで魔力を送るとその目は虚ろに、半開きの口の端からは涎を垂らしている。闇魔法の【精神操作】を使って手っ取り早く質疑応答タイムといこうか。
「お前達のアジトは? 仲間は? 誰か捕らえている人は?」
「アジトはこの先の廃村を塒に…。仲間はそこに数人…。数日前まで若いのが何人かいたが奴隷商に売っちまった…」
俺の質問に対して、壊れた機械のように言葉を吐き出していく盗賊A。ちょっと魔力を込めすぎたかもしれないな。こりゃ廃人待ったなし、再起不能だろう。まぁ、返答を聞く限りじゃクズ確定だし、燃え上がっているお仲間達と辿る道は同じだ。別にいいだろう。
盗賊を討伐した時はこんな風に被害者がいないか確認している。こいつの証言だと数日前に奴隷商に連れ去られたそう。残念ながら助け出すことは出来なかったみたいだな。
「その奴隷商ってのは?」
聞くことは聞いたし、もう処分しようかと思ったところ、横から質問を飛ばしてきたのは遅れて馬車でやってきたモナだ。汚物を見るような目で盗賊を見下ろしている。
「コルストンの商人だ…。表向きは何か別の商いをしているそうだが、奴隷の売買もしているらしい…。お頭とは旧知の仲だったようだが…。俺はそれ以外のことは…」
詳しくはお頭に聞かないとわからないということか。残念ながらお頭とやらは既にその頭と胴体が離れてしまい、今まさに燃え上がっている最中なので高度な死霊魔法でも使わない限りは、奴隷商について知ることはできない。
「あんたの闇魔法で魂を呼び出すのは?」
「えっ? 無理無理」
死んだ盗賊の魂を呼び出して尋問するなんて魔法は闇魔法にはない。まぁ、似たような魔法がないこともないけど。「あんたならできそうだと思ったんだけどね」と呟くモナ、…ちょっとばかり俺への認識を正す必要があるみたいだ。
「そっか、なら仕方ないね」
そういうと腰に差した短剣で盗賊Aの頭を一突き。壊れた人形のように崩れ落ちた死体を燃え上がる死体の山へと放り込んだ。
「奴隷商に何か思うところでも?」
「いや、あたし自身が奴隷商に何か因縁があることはないよ。…クズだとは思うけどね。レイブン、あんたも知っているだろう。この国じゃ奴隷は存在するがすべて冒険者ギルドか国で管理されている。犯罪奴隷は強制労働、借金奴隷はギルドか国に奉仕、販売は認められていないって。それでもこうやって盗賊に襲われた罪なき人が闇取引されているのは許されることじゃないよ」
過去に奴隷関係で何かあったのかと思って聞いてみたけど、単に姉御肌で正義感強めのモナがお怒りモードになっているだけのようだ。
お前は随分ドライだなって?
いやいや、俺だって別に非合法の奴隷を肯定するわけじゃないさ。でも正直なところ見ず知らずの奴隷を助けてあげようとまでは思わない。
モナは連れ去られた奴隷を助けたいとは言わないけど、その横顔からは奴隷商をぶん殴って裁きを受けさせたいという気持ちがありありと見える。流石にそれを言い出すことはないようだけど。
ミトとフッサも合流し、それぞれが討伐した盗賊だったものを運んできて炎の中に投げ入れる。左右の集団はそれぞれ気配を隠蔽する魔道具を所持していたようで、戦利品としてはまずまずだろう。
後始末も終わり、近くの木に繋いでいた馬車の元へ移動する最中もモナは一人浮かない顔だ。俺的には魔道具をゲットできたのでどちらかといえば気分上々なんだけど。
そこから日が暮れるまで移動を続けた俺達一行。普通の旅人なら日が暮れる前に野営の準備を始めるところだけど、俺たちはそんなことはしない。
人目につかなそうな場所を見つけると手早く魔道具を設置。これは俺が小さいころから愛用している隠蔽の魔道具だ。シエイラを発つにあたって一度実家近くの秘密基地に取りに戻ったのはここだけの話。ガニルムに転移してから猛ダッシュで移動してきたけど、これが一番準備で大変だったかもしれないな。
旅の目的地に忘れ物を取りに戻るとか意味が分からないけどね。
【裏倉庫】から藁の束と桶を取り出し、水と野菜をセット。これで馬の寝床の完成だ。今日も一日ご苦労様と、みんなでブラッシングをしてあげる。魔物除けの香を焚き、植物魔法で囲いを作ったら馬の安全確保も完璧。
というわけで近くの木陰に座標をセットし、俺達四人は宿のある街に【影移動】で転移だ。野営するよりもおいしい料理とフカフカのベッドで休んだ方が体調は整うからね。お金はそれなりに余裕もあるので、高級宿とまではいかないけどそれなりにいい宿を長期で借りている。
俺はタイスケに作ってもらった変装の魔道具でエルフに偽装中。他の三人の魔道具は用意出来なかったので、フード付きのローブを着用してもらっている。顔出ししても現状は問題ないんだけど、今後「紫電の一撃」としてこの街に訪れるかもしれない、というか間違いなく訪れるから顔は知られない方がいいからね。
えっ、どうしてこの街に来ることになるってわかっているかって?
だってそりゃあ、ここは俺たちの旅の目的地である我が家に近い都市、ガニルムだからね。
冒険者としての行動履歴が辿れてしまうので、俺達「紫電の一撃」としてはシエイラからポルトアリア、そして大陸間航路を進む旅をしなければいけない。
でも道中、楽はしたい。
俺の転移で行くことができる宿があるような街はシエイラかガニルムしかないが、シエイラで顔は売れてしまっている。
ということで目指す場所である街にて道中の宿をとるという、なんとも摩訶不思議な状態となっているのだ。因みに俺はエルフの商人、三人は護衛ということにしてある。
エルフは個体によって成長が止まるタイミングが違う場合もあるらしく、俺が耳を擬態して髪を銀色に染めただけでも大人と言えば信じてもらえた。凄いよな、エルフって。
聞いた話じゃエルフには「のじゃロリ」や「合法ショタ」だって存在するんだぜ。
いつかは会ってみたいもんだよな。
そんなことを思いつつ、フカフカのベッドにダイブした俺。こうしてガニルムの夜は更けていくのであった。
その日の疲れはその日のうちに、ってね。
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