山越え
「で、この先の進路だけど」
ガニルムにある中流向けの宿にある一室。俺達四人が借りている部屋の備え付けの四人掛けのテーブルに大きな地図を広げ、それを囲むように皆でのぞき込んでいる。これはシエイラの冒険者ギルド長が見せてくれた魔道具の地図を記憶の限り俺とミトで模写したもので、大体の内容は合っているはずだ。
…落書きではない。
宿の食堂で朝食を済ませた俺達はこれからの進路を話し合うことにした。
アーメリア大陸は野球のホームベースを歪めたような五角形の大陸だ。ホームベースの先端が北に位置し、各頂点を結べば幼稚園児が書いた歪な五芒星となる。俺達が目指しているジルバンド大陸への船が出ている港町ポルトアリアは五角形の左上の頂点、大陸北西に位置している。
そして、俺達が出発したシエイラは大陸に正中線を引きその中央からやや東側の北部に位置する。俯瞰で地図を見ればシエイラの真西にポルトアリアはあるのだが、西に真っすぐ進むのが一般的なルートかと言われれば、それは違う。
シエイラとポルトアリアのほぼ中間地点に大陸南部から続く巨大な山脈が伸びており、そこには凶暴な魔物が多く存在し、また山々の標高も一万メートル超えの高山で、普通は山を越えて移動することはない。
この山脈、その名もアーメリア大山脈というのだが、これは大陸の北端で僅かに途切れているので、一般的には北部への迂回ルートがとられることが多い。以前ギルド長に言われた「ポルトアリアまで三か月」というのもこの迂回ルートを通ると仮定されたものだ。
「とりあえずこのまま西のコルストンを目指すのはいいとして…」
アーメリア大山脈の麓にはコルストンという大きな街が存在する。昔、大陸に存在した国の首都だったこの街には今も多くの人々が暮らしている。
余談だが、この大陸の覇者である冒険者ギルド総本部はアーメリア大山脈の北端にあるアマルという都市にある。大陸の東西を繋ぐルート上にあるこの都市は大陸随一の賑わいらしい。
「物は相談なんだけどさ」
一般的なルートを辿るならコルストンから北上し、アマルを目指すことになる。およそ一か月の道のりだ。
「山脈越えしない?」
俺の提案は荒唐無稽にも聞こえるが、前例が無いわけじゃない。魔法という奇跡が存在するこの世界では一万メートルの山を越えること自体は前世の地球程大変なことではないからだ。どちらかというと大山脈に生息するという魔物の方が問題とされている。だから高ランク冒険者がショートカットをするためにアーメリア大山脈を横切るということは偶に話には聞くので、俺達が山越えをしてもそこまで異常なことではないはずだ。上手くいけば二週間程で山越えはできるので大幅なショートカットが可能となる。
「山脈越えですか。確か高地ではお湯があまり暖かくならないと聞いたことがあります。お茶の淹れ方を考えなければいけないですね」
「む、問題はないだろう。なんなら道中は我の背に乗るがいい、主殿」
「正気かい、と言いたいところだけど、あんたの【闇魔法】があればなんとかなりそうだね」
三者三様、ちょっとずれた答えが混じっているような気もするけど、特に異論は無いので安心した。移動時間短縮ももちろんだけど。道中に出現する魔物が楽しみだったりする。ステータス上がってほしいしね。
夜は毎日【影移動】で宿に戻ればいいし、天候が急変した場合でも一時的に宿に戻って回復を待てばいい。空気が薄いだろうけど、ミトの風魔法でなんとかなるだろう。これは恐らくできるだろうという予想だけど。馬とはコルストンで別れることになるけど、仕方ない。ちょっとだけ愛着が湧いてきていたのは内緒だ。
それに、実は皆には敢えて言わなかった理由が二つあったりもする。
一つは迂回ルートでこの先にあるアマルだ。冒険者ギルドの総本部を観光してみたいと思う気持ちはあるけど、総本部となればSランク冒険者や特殊なスキルを持った冒険者もいるだろう。
万が一にでも俺と邪神の関係に気づかれることがあるかもしれない。危険は避けた方がいいだろう。
そしてもう一つはコルストンの北にあるんだよね、アーメリア鉱を産出する鉱山が。俺達が魔技の為に調達したかった鉱石を産出する鉱山。何者かに占拠されたというここでは、高ランク冒険者を集めてその奪還作戦を行うということだったが、シエイラを発つときに聞いた情報だと、未だその作戦は実行されていないらしい。
旅の途中とはいえ、巻き込まれかねないのでここも避けたかったというのが理由だ。面倒事には関わりたくないもんね。
「しかし、慣れないねぇ。事情は分かっているけど目的地にいるのに旅をするってのは」
「まぁまぁ、細かいことは気にしない」
「あんたもあんたで、家族に会いたいとか思わないのかい?」
「そりゃあ、心配かけているし会いたいとは思うけどね。でも一時的な感情で動いたら色々矛盾が生じちゃうし、こればっかりは仕方ないかな」
「主殿は大人だな」
多方面で嘘をつきまくった結果、じわじわと自分の行動に制限をかけているだけなんだけどね。
「大人と言うかなんと言うか、ここまでくると気味が悪いよ」
「モナ、先程から主様に失礼ではありませんか。こんなに素敵な主様を前に気味が悪いだなんて」
茶化すようにそんなことを言うモナだったが、ミトはそれに真面目に注意する。
「はいはい、あたしが悪かったよ」
「うむ、主殿は気味悪くなんかないぞ」
両手を挙げて降参ポーズのモナ。それに追撃をかけるフッサ。ふっふっふっ、ミトもフッサも俺の眷属なんだよ、どう頑張っても三対一の構図がひっくり返ることはない、数とは力なんだよ。つまりこのパーティ内では実質俺の意見イコール皆の意見なのだ。
「戦いは数だよ、兄貴!」
うっかり顔が傷だらけの中将のように振舞ってしまった俺。
「はぁ? 姉貴とは言われたことはあるけど、女に向かって兄貴はないだろっ!」
「そうですよ、主様。いくらモナの色気がないからって性別を間違えるのは失礼です」
「ちょっと、ミト。あんたもしれっと何てこと言うんだいっ」
女三人寄れば姦しいと言うが、モナは一人で二人分くらい騒いでいるのでミトが会話に乗ってしまえばそれなりに賑やかになってしまう。パーティ結成直後に比べても随分と仲良くなったと思う。
流石にこの三人じゃ元ネタはわからないよな、タイスケがいればすぐにツッコミを入れてくれそうだけど。
テーブルに広げた地図を【裏倉庫】に投げ入れて出かける準備を進める。横を見ると鼻をクンクンとさせているフッサ。
「主殿、そろそろ屋台が出始めたようだ。昼食を買って旅路を急ごう」
宿の窓は閉まっているのに、流石獣人だ。俺にはわからないが屋台が開店準備を始めたのをいち早く察知したみたいだ。道中、昼食休憩でわざわざ料理をするのは面倒なので毎回宿近くの屋台で食事を調達している俺達。
「今日も昨日と同じでいいよね」
俺が最近ハマっているのは固焼きのパンに味付けした肉と酢漬けにした野菜を挟んだ屋台料理。濃い目のタレが旨いんだよな。唯一変装の魔道具で種族すら偽っている俺が街での買い物を担当しているので、昼食の買い出しも俺の仕事だ。
「あんたねぇ、いい加減別の店にしないかい。あたしのは別のところで買ってきてくれないかい」
「そうですね…お好きなのはわかりますが偶には他の店にしましょう。私も別のお店にさせていただきたいです」
「うむ、あの店もいいがもっといろんな屋台の料理を食べてみたい。我のも別の店で買ってきてはくれないだろうか」
…俺の意見、通らないこともあるみたいです。
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