第四章

出立

 投稿再開いたします。四章の開始です。どうぞよろしくお願いします。



 ◆◆◆



 霧深い平原を進む一台の幌馬車。俺は馭者席に座り馬車を引く馬を操っているアッシュブラウンの髪を短めにカットした後頭部を荷台部分からぼんやりと眺めている。俺たち紫電の一撃の四人は昨日シエイラの街を出発して、今はフッサの故郷であるミストフォードの近くを走行中だ。


 ミストフォードという名が表すように、この付近は一年の半分以上を霧が覆っている。そのため日照時間が少なく作物の育ちが悪いということは、集落の食糧事情が悪い要因の一つにもなっている。


 シエイラの街の北部にある湿地帯、そこに生息するリザードマンに特殊個体が発生したことによるスタンピードが落ち着いてすぐに、俺たちは街を旅立った。


 理由はいくつかある。シエイラ地下遺跡、その最深部まで非公式ではあるが攻略を果たした俺。地下遺跡の管理を神から託された地球からの召喚者、タイスケとの出会いで明らかになった地下遺跡の本来の役割はこの世界の文明の発達を制御するというものだった。


 まぁ、そんなものは割とどうでもいいのだけど、魔物の強さは頭打ち。タイスケによると生み出せる魔物には制限があり、俺がステータスを上げるのに都合のいい魔物を作り出してもらうことはできそうにない。あの街にこれ以上いても、俺の目的である誰にも脅かされずにこの世界で生きていくだけの強さを手に入れることは難しいとの結論に至ったからだ。


 といっても、他に当てがある訳じゃないんだけど。


 とりあえずは、心配をかけているであろう、この世界での両親の元への帰途につくことにした。尚、道中で何か耳よりな話があれば寄り道は厭わない所存である。俺が帰宅するころには学園の入学は締め切られているはずなので某辺境伯家ご令嬢の従者になるという話も有耶無耶になっているだろうし。


 俺たちが今いるアーメリア大陸から俺の出身であるイリュシュ王国のあるジルバンド大陸への大陸間航海船が出航している、大陸西端にある港町ポルトアリアを目指している最中だ。


 お家に帰りたいという十一歳のか弱い男の子である俺の願いを快諾してくれたミト、フッサ、モナの三人。眷属であるミトとフッサはもちろんのこと、モナも「別の大陸か、面白そうじゃないか」とノリノリでいてくれるのはありがたい。


 生涯のほとんどを邪神を崇める組織で過ごしたミトはもちろん、フッサも馬を扱うことはできない。俺は一応お貴族様の教育の一環で乗馬の経験はあるが、馭者の仕事なんて実家から辺境伯への謁見のために領都ガニルムに向かった時に、暇つぶしで馭者さんに話を聞いたことがあるくらいだ。大体移動なんて自分で走った方が遥かに速いし。


 ということでなんでもこなせるオールラウンダー、モナがいないとその旅路すらままならない我らである。これからの道中で少しずつ俺達も練習はしていくつもりだけど、今のところはモナに頑張ってもらっている。


 シエイラを出て俺たちは、しばらくシエイラの街を離れるということで、フッサの故郷ミストフォードに立ち寄った。フッサの故郷は非常に貧しく、フッサのように出稼ぎをしている若い獣人の援助によってその生活が成り立っている。多くの若者は獣人差別のない大陸南部へ移住してしまうので、出稼ぎをしている人は数少ない。そんな中、フッサという稼ぎ頭が街を離れてしまうとあの集落はいよいよ立ち行かなくなってしまう。


 その点についてはフッサの冒険者としての稼ぎをシエイラの冒険者ギルドを通じて

ミストフォードに届けるということで一応の目途はついた。そもそもの貧困の原因を取り除くことが必要だとは思うけど、一朝一夕でどうにかなるものでもないし、仕方ない。


 シエイラ、ミストフォード間の現金輸送については意外にも獣人のコージが立候補した。いつかはフッサのようになりたいと願う彼、獣人差別が根深く残るシエイラに頻繁に来ることになるので心配な面もあるが、冒険者の面々がフッサの弟分である彼が困っている時には手助けをしてくれると言ってくれたのは安心した。いつの間にかフッサが冒険者たちの仲間として受け入れられていたようで、パーティメンバーとしては嬉しい限りだ。こういったことが積み重なって人族や獣人族が分け隔てなく暮らせるようになってくれればいいと思う。


 ちなみに、未だにあの街では謎の黒騎士と仮面の女がその話題を占めているようだけど、俺たちがいなくなったタイミングで彼等が現れなくなってしまうと、万が一にでもその関連性が疑われてしまう。なので、しばらくは【影移動】でシエイラに転移して黒騎士モードの目撃者をつくる予定だ。


 流石俺。抜かりはない。


 シエイラでお世話になった人達にお別れの挨拶をしている時に、怪しさ満点の魔道具店店主ウェディーズさんだけは「また近いうちに」と意味深なことを言っていたので内心ガクブルしていることは誰にも言っていない。あの人、一体何者なんだろうか。


 そんなこんなで拠点としていた家を引き払った俺たちは、皆に見送られながらシエイラを旅立った。


 そうそう、旅立つにあたってモナには秘密にしていた光魔法スキルと闇魔法スキル、眷属化スキルについては明かすことにした。邪神についてはまだ秘密にしたままだけど、誰かが大怪我したときに【治癒】を使うことを躊躇いたくはない。怪我人が俺だった場合、痛いのを我慢したくないし。


 それに長距離の旅路ということで【影移動】や【裏倉庫】の利便性を享受できないのはもったいない。これがあるだけでこの世界における旅路の不便さ、危険性から逃れることが出来るからね。


 物資はほぼ無限に持てるし、足りなくなれば【影移動】で街に行くこともできる。まぁ、帰宅するだけなら【影移動】で帰ればいいんだけど、そこは言いっこなしだ。両親にすら秘密にしているこのスキルは出来るだけ誰にも知られたくない。


 モナにはスキルを授かった時には既に光魔法と闇魔法のスキルレベルがマックスだったと、そして眷属化スキルは気が付いたら手に入れていたと伝えている。邪神のことを伝えていないだけで、この部分について嘘偽りはない。


 自由を愛し自由に愛された男である俺がこんなスキルを持っていることがバレたら、権力者に召し抱えられてその生涯を無駄に過ごすことになってしまう、そんな風に力説した俺を胡散臭い目で見ていたモナだが、「そういうことにしておいてやるかね」と呆れながらも納得してくれたようだ。


 眷属化については、二人が俺のことを「主様」「主殿」と呼んでいることを説明するのに、そしてこの先、眷属化の効果がモナにまで及ばないようにするために明かした。二人は幸いにもノンクレームでいてくれているが、気が付いたら眷属になってました、てへぺろ☆、なんて普通はあり得ないだろう。俺だったらぶち切れ案件だ。


 冒険者ギルドのギルド長から教えてもらったポルトアリアまでの道のり。三か月間というのは道中の危険地帯を迂回し、且つ、子供に負担がかからないような移動スケジュールで試算されたものだ。危険地帯なんのその、今や一般的な冒険者よりも遥かに高いであろうステータスを持つ俺ならもっと早くポルトアリアに辿り着けるに違いない。


 ポルトアリアには異世界召喚者と何か関係していそうなサトウ工房という魔道具工房があるらしいので、そこともコンタクトを取りたいと思っている。恐らくだけど、タイスケ同様に神によってこの世界に召喚された人物だ。きっとサトウさんも神から何かを託されたはずだ。


 俺が新たに手に入れてしまった加護【反逆者の烙印】の何とも言えない効果もあるので、この世界の神については俺自身ある程度知っておく必要がありそうだからね。

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