閑話:彼方からの手紙
レイブン・ユークァルの生まれ故郷、イリュシュ王国。その王国があるジルバンド大陸は遥か上空から見ると菱形の大陸であることがわかる。多くの民はその事実を死ぬまで知ることはないくらいに、この大陸で生きる者にとってはどうでもいい情報である。
その東端にある港町。大陸内外の航路の拠点となっている海運都市ニルヴェス。大国カヌルガンドで二番に大きな規模を誇る大都市は人・物・金・情報が行き交う場所でもある。
港にやってきた巨大な船、不定期で運行されている大陸間航路を往来する船である。お隣、アーメリア大陸からやってきた冒険者ギルド所有の魔導船、ケルガッデス号が今まさに接岸したところだった。
錨が海底に叩きつけられる音が響き、船体が岸壁に接触する瞬間、轟音が響き、振動が港に広がる。
船上からは船員たちの鋭い指示が飛び交い、船と岸壁の間で索具が張り巡らされる。舷窓からは旅人たちの興奮と期待に満ちた表情が覗き、陸地への到着を喜び合っていた。
程なくしてかけられた桟橋から我先へと陸地に足を踏み出す人々。大陸間航路という非常に高額な移動手段がとれる乗客はそのほとんどがマジックバッグを所有しており、また運ばれてきた品々も専用の魔道具が使用されているため、皆が身軽な装いなのはこの船特有の光景だろう。
数多の輸送品の中に木箱一つ分の手紙の数々があった。この世界では郵便網が整えられてはいないため、これは配達を担っている冒険者ギルドへと届けられる。
その中に同じ内容の手紙が八通あった。レイブンがイリュシュ王国の首都イーリスのガナン辺境伯邸へと差し出した手紙である。送った十通のうち残りの二通もアーメリア大陸の玄関口であるポルトアリアには辿り着いたものの、この船の出航には間に合わなかった。
大量の輸送品に比べ手紙が木箱一つ分だけなのは、わざわざ大陸間の高額な輸送費を払ってまで文通をする者が少ないからだ。国家間や冒険者ギルド内の重要な情報は通信用の魔道具で行われている。そして高額な輸送費を気にする必要がない富豪も皆が国家中枢にコネクションがあるため、必要な通信は国家やギルドが所有する魔道具で行っているからだ。
手紙を受け取った職員はこの仕事をに携わって十五年のベテラン。各地へと手紙を仕分ける彼は自然と各国の地理や有名貴族を覚えていた。
「同じ手紙が八通か…。イリュシュ王国のガナン辺境伯宛て…」
イリュシュ王国とこのカヌルガンドは国境を接していないものの歴史ある友好国であり、ガナン辺境伯はかの国ではかなりの有力貴族だったはずだ。差出人を見るとレイブン・ユークァルとある。
「ユークァル、ユークァル…どこかで聞いた名前だな」
ぼそぼそと独り言を続けながら手紙の仕分けを進める彼。八通の手紙、恐らく内容も同じものだろうと推測し、それぞれ別の冒険者へ配達を依頼することになるはずだった。
「そうだ! 青藍騎士だ!」
イリュシュ王国の青藍騎士といえば英雄である。その名がタトエバン・ユークァルということを思い出した彼は、依頼受付の職員にこの手紙を渡す前にギルド長へ報告することにした。
英雄であるユークァルの家名から有力貴族へと送られた手紙。
結果としてその話は海運都市ニルヴェスの冒険者ギルドからイリュシュ王国の首都イーリスにある冒険者ギルドのギルド長へ、通信の魔道具で伝わることになった。
首都イーリスにいるガナン辺境伯嫡男のユーンダ・ガナンはソルージアの父である。彼の裁量で手紙はニルヴェスにて開封され、その内容が通信用の魔道具で伝えられた。もちろん虚偽がないか残りの手紙は発送されることになったが、そこから手紙の内容がレイブンの父、タトエバン・ユークァルに伝わるのは一日もかからなかった。
聖神歴六百五十六年四月、レイブンの行方がわからなくなってから七か月後に差出人の想定よりも幾分か早く、彼の手紙は家族の元へと届いたのであった。
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辺境伯 ダンテ・ガナン閣下
突然の書信に恐縮申し上げます。タトエバン・ユークァルが三男、レイブン・ユークァルです。ソルージア様より事情は伝わっているかと存じますが、私達はある謎の組織に誘拐されたところ、冒険者を名乗るヤマダという者に助けられました。
彼の所持する魔道具による転移でソルージア様をお送りしていただいた後、私が辿り着いたのはアーメリア大陸のシエイラという街でした。
冒険者のヤマダとは早々に別れ、同じく謎の組織からの脱出者である女性と共にこの街で冒険者となり、なんとか書信をお送りすることができました次第でございます。
大変恐縮ではございますが、私の無事を両親にお伝えいただけますでしょうか。
心よりお願い申し上げます。
レイブン・ユークァル
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お父様、お母様、レイブンは元気にやっております。奇しくも願いであった冒険者になることが出来ました。
これもお父様の日々の稽古やお母様から魔法について教わったおかげです。いずれは帰りたい、帰ろうと思ってはいるのですが、大陸を渡るというのはこの大陸で一介の冒険者に過ぎない私には難しく、先んじて手紙を送らせていただきました。
日々、どれだけお父様とお母様に守られて生きてきたのかを実感する日々です。オチ兄様、セッテイン兄様、ハンナ姉様、ライアンは元気でしょうか。邪神による邪気の影響で皆が体調を崩していないか心配です。
サブルス、ヘンリエッタ、カッツも息災でしょうか。皆がどれだけ私に尽くしてくれていたかを痛感しています。
ソルージア様を見知らぬ冒険者に任せ、この手でお護り出来なかったことはガナン家にお世話になっているユークァル男爵家に連なる者として恥ずべきことでした。これもいい機会だと考え、せめてソルージア様をいかなる脅威からもお護り出来る強さを手に入れたいと思っています。
いつ戻れるか分かりませんが、それまでどうか、皆が無事であることを遠く離れた地から祈っています。
レイブンより
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この手紙が届いたことによって、すぐに迎えを出そうと、むしろ自分が迎えに行こうとするソルージアやタトエバンとソンナ夫妻、それを必死で止めるダンテによるひと騒動があったことは想像するに難くないことである。
この手紙を送った本人は、「俺は無事です、すぐには帰らないけどね!」くらいの軽い気持ちで書いたということは誰一人として知る由もない。
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