閑話:ベテラン冒険者の評価
高級品であるガラス製のジョッキに注がれた黄金色の液体。いつもは木製のジョッキでそれを飲む彼等にとって、その輝く色はまるで魔法薬のように感じられる。実際、飲み過ぎると一種の状態異常のようになるので強ち間違いではないのかもしれない。
「カァー、こんな店があるなんてな」
ごくごくと喉を鳴らしてそれを煽った彼の口は止まらない。
「なんだかいつのもビールよりも濃いんじゃねぇか。…はっ! ってことはいつのもビールは水で薄められているってことかよ。おい、俺は大変な事実に気が付いてしまったんじゃねぇか」
「馬鹿野郎、製法が違うんだよ。ここのビールは果実のような風味があるだろ? 値は張るが偶に飲みたくなるんだよなぁ」
水のように煽る対面の人物とは違い、一口、また一口とゆっくりと味わう彼、Cランク冒険者ドッチェ。冒険者ギルドからは少し離れた飲食店。市民を主なターゲットとしたこの店に合わせてドッチェ、そして正面に座るナルダも武器は携行せず、上質とまではいかないが身綺麗な格好をしている。
この街は冒険者によって経済も安全も成り立っているので領主邸の近くなどでなければ基本的に武器を所持していても咎められることはない。むしろ緊急時に備えて冒険者が武器を肌身離さずに行動するのはこの街では常識である。
実のところ彼等も武器を携行するしないでひと悶着あったのだが店の雰囲気を崩したくないと、この店の常連であるドッチェの意見が押し切られたのだ。
スタンピードから五日。勝利の宴の後に冒険者達を待ち受けていたのは魔物の残党狩りだった。統率を失った魔物の一部が街の近郊に住みつかないよう、北門を中心に行われた魔物狩りは二日間に及んだ。その間、開拓所からの助っ人は帰路につき、犠牲者の葬儀も執り行われた。街はいつもの平穏を取り戻し、冒険者ギルドと領主から手厚い報酬を受け取った彼等は少しだけ高級なレストランで食事を楽しんでいた。
街にいくつかある公園の一つを望むこの店にはオープンテラスの席が設けてあり、彼等は心地よい風を浴びながら何度目かになる勝利の祝杯をあげていた。
「まったく、お前の姿が見えなくなった時は心配したんだぜ」
「いや、お前が俺達の制止も効かずに勝手に突っ込んでいったのだろう」
「そうだっけか」
誤魔化すような笑顔でジョッキを傾けるナルダ。
「どこかから聞こえるお前の詠唱が聞こえて、お前は無事なんだって安心したのも束の間。実を言うとよ、正直駄目かと思ったんだよな。あの時はフッサが天使様に見えたぜ」
「あいつに助けられたのは二度目だろ、獣人差別なんか出来やしないな」
「はんっ、元々俺は獣人だからって差別なんかはしてねぇよ」
「知っているよ。それよりも合流した時のフッサは鬼気迫る感じだったよなぁ。俺はあいつの戦うところ見るのは初めてだったがいつもあんな感じなのか?」
「そうだな、昔何度か地下遺跡で見かけたことはあったが、その時は扱ってる武器も違ったし、力と速度で戦うってスタイルだったかな。あそこまで力一辺倒ではなかったと思うぞ。それに獣人って魔力が少ないって言うじゃねぇか。でもあん時ゃあ、常に身体強化してるのに攻撃にも思いっきり魔力を乗せていたしな。ここ数か月でだいぶ戦闘スタイルが変化したんじゃねえかな」
細かいことは気にしない性分のナルダ。もし彼が神経質なタイプであれば魔力回復薬等を一切使わないフッサに違和感を持ったかもしれない。
「あらーん、勇ましい男二人で逢瀬とは羨ましいわねん。お隣、お邪魔してもいいかしら?」
話に夢中になっていた彼等を突如影が覆ったかと思えば、どこか聞き覚えのある声。
「コ、コーハイさん!?」
Aランク冒険者パーティ「筋肉の壁」のコーハイだ。スタンピードの際は上半身裸だった彼はやたらとフリルのあしらわれた女性用の服を着ている。いつ破れるかわからない程にぴちぴちの服と濃いメイク。妙な威圧感を持つ彼に店員も腰が引けている。
先のスタンピードではお世話になった彼等にはその誘いを断ることは出来るはずもない。
「ありがと。それよりも話していたのはワンちゃんのお話かしら」
「ワンちゃん…、ああフッサのことか。ええ、そうですよ。紫電の一撃のフッサ。Cランク冒険者です」
「あの子、力任せの感は否めないけど凄い勢いだったわねぇ。どこかの誰かさんが飛び出したときにはどうしようかと思ったけど、ワンちゃんのお陰であの時は助かったわぁ。ねっ。どこかの誰かさん?」
コーハイのウィンク、身を仰け反るようにそれを躱す速度は流石Cランク冒険者と言うべきか。
「あらぁ、振られちゃったかしらね。でも逞しい体もすきだけど、理知的な人もタイプなのよねぇ」
ドッチェに向けられたウィンク。これもまたサッと体勢を変えたドッチェに避けられたしまった。
「なによ、二人ともつれないわねぇ」
「「あはは」」
笑って誤魔化す二人だったが、コーハイにとってもただのお遊び。彼とて自分がどう思われているかを知らない訳もない。
「あの戦線、表立ってのは功労者はワンちゃんだけど、影の功労者はあのモナって娘ね」
「モナが?」
「あらぁん、あなた達だって冒険者の配置を説明されていたでしょ。経験少な目のCランクが多いから、あなた達のようなベテラン数組がなるべく魔物を引きつけつつ、同じく経験豊富な冒険者が彼等をサポートする布陣だったってことを。どこかの誰かさんを助けにワンちゃんが抜けた後、あの娘がいろんな子達を上手く調子に乗せてくれたから被害も少なく済んだのよん」
「へぇ、モナが…」
ナルダとモナは何度か臨時でパーティを組み地下遺跡探索をしたことがあった。勝気で生意気なところがあると思っていた彼女がAランク冒険者からそのように評価されているとは考えてもいなかった。妹分のように思っていたモナの思わぬ評価に顔が少しにやけている。
「瞬身って呼ばれているって聞いたけど、あの子は伸びるわよぉ」
「あの身のこなしですからねぇ」
何かを思い出して相槌を打つドッチェ。彼もまたモナと一時的なパーティを組んだ経験がある。
「それもあるけど、目ね」
「目?」
「そうよぉ。戦場を見渡せる広い視野に状況を判断できるあの目。ああいうのは中々後から手に入るものでもないしねぇん。でも猪突猛進、周りが見えなくなるような男の方がタイプだけだわぁ」
先ほどからナルダと距離を詰めつつあるコーハイを見ながら、内心ホッとしているドッチェ。助けを求めるような顔のナルダを無視して話を広げていく。
「他には伸びそうな冒険者はおりましたか?」
「やだぁ、あたしはこの街に来たばかりよぉ。むしろあたしが教えてほしいくらいよぉ。ねぇ、二人とも時間あるんでしょぉ? 色々と話を聞かせほしいわぁ、冒険者のこととか、…話題になっている黒騎士のこととかね」
ナルダとドッチェ、二人にとってこれから長い長い夜が始まるのであった。
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