北門の戦い 3

「休んでしまっていいのでしょうか?」

「ははっ、あれだけの勢いで一撃目を放ったのにすぐに引っ込むのは確かに気まずいだろうな」


 北門の戦いの最中、冒険者達の後方。


 開幕時には先陣に立っていたAランク冒険者パーティ「筋肉の壁」とBランク冒険者パーティ「希望の風」の姿がそこにはあった。「希望の風」のリーダー、オーランドを「筋肉の壁」のリーダー、ジョーワンが諭していた。


「しかしっ…」

「リーダー、そろそろ」


 それでも尚、前線へ出たいのかオーランドが何かを言おうとしたが、それは「筋肉の壁」のソーボウの言葉で遮られてしまった。時計を持つ手をチラチラと確認している彼の言葉で、ジョーワン、タイキョウ、そしてソーボウの三人が再び冒険者へ補助魔法をかける。


「【バイセップス】」「【トライセップス】」「【ラットスプレッド】」


 先程は三人がそれぞれの武器を天に掲げるように唱えていた魔法だが、今回はその筋肉を見せつけるようにポーズを決めて唱えている。彼らの体が光ると三重の魔法陣が描き出され、戦い続けている冒険者達一人ひとりを再び光が包み込む。


 神聖魔法スキルで使用可能なこの補助魔法には制限時間があり、一定間隔て掛け直す必要がある。「筋肉の壁」が最前線に立たないのは魔物との戦いに追われて補助魔法の効果を切らすことが無いようにするため。


「ぷはぁっ!」


 ガラス瓶に入った怪しげな色の液体を呷るのはこのパーティの紅一点、タイキョウ。豪快に腕で口を拭う彼女を見かねたのか、「希望の風」のソフィーからハンカチが差し出された。


「流石、ギルドが用意したのは違うねぇ、のど越しがいいっ!」


 まるで酒でも飲んだかのような感想だが、彼女が飲み干したのは高品質の魔力回復薬だ。


「液状のタイプを飲み続けているとお腹を壊しますよ」


 時計を気にしながらソーボウがパラフィン紙に包まれた怪しい粉を口に含み、少量の水で流し込む。彼が飲んだの粉末も魔力回復薬の一種だ。


「うっさいね、あたしはあんたと違って代謝がいいんだよ。老廃物質の塊がっ」

「なんですか? 誰が老廃物質の塊ですか? これは聞き逃せませんね」


 「筋肉の壁」が前線に立たないのは神聖魔法で減った魔力を回復させるためでもあった。


「こ、この混戦の中で冒険者だけを指定するなんて皆さん、素晴らしい魔法制御ですね」

「あははっ、お褒めに与って光栄だね。なんだい、惚れちまったか? どうだい? あたしは女もイケるから戦いが終わったら楽しいことでも?」

「あの、いぇ。ちょっと…」


 ソーボウとタイキョウの間に走る火花を抑えようと、ハンカチを返却されたソフィーが話を逸らそうとしたのだが、高ランク冒険者の冗談かどうかもわからない返しに困惑してしまっている。少し離れた所で、普段は冷静な彼女の滅多に見られないようなその姿をニヤニヤと眺めているのは「希望の風」の残りの二人、セリナとベルである。後程、助け船を出さなかったということでソフィーからお説教を受けることを彼女たちはまだ知らない。


「こらっ、後輩を揶揄うんじゃない」


 タイキョウの頭に拳がごつんと振り下ろされる。彼等の元へやって来たのは、この北門全体の指揮を執っている冒険者ギルド副ギルド長のクリーガだ。先程まで前線にいた彼の鎧は魔物の返り血で汚れ激戦が伺える。


「こいつらの魔法は一度対象を指定してしまえば、重ね掛けする分には再指定はいらねぇんだよ。じゃなきゃ、こんな乱戦で範囲魔法なんて使えやしねぇからな」

「ちっ、勝手にバラさないで欲しいんだけどねぇ?」

「うるせぇ、無駄口叩いてねぇでしっかり休んでろ!」


 二発目の拳骨が彼女に落とされる。頭を押さえて痛みに耐えるタイキョウを横目に副ギルド長が近くの職員に向かって大声で伝える。


「お前達は次の補助魔法のタイミングで一旦交代だ。それまで気ぃ抜くんじゃねぇぞ!」


 冒険者達の戦いを支える為、回復薬の運搬や伝令などを担当する冒険者ギルドの職員も流れ弾を避けながら、この戦場を駆けまわっている。彼等も元冒険者という経歴を持つが、第一線を退いた身であることを考慮され、一定間隔で交代をしている。無論冒険者も一切の休憩無く戦い続けているのはごく一部で、その多くが戦いの最中、状況に応じて代わる代わる小休止はとっている。


「副ギルド長! 僕達もそろそろ…」

「駄目だ。説明しただろう。お前達の役割を」

「ですが、他のBランクは皆前線にっ」

「おい、何度も言わせるな。スタンピードを率いている魔物を倒すのがお前達の役目だと何度言えばわかるんだ。Bランク冒険者なら感じていないわけではないだろう、このプレッシャーを。いいか、筋肉の壁が補助に徹する以上、次いで実力のあるお前達がこの役を引き受けるというのは事前の打ち合わせで決めたことだろう。例えどれだけ屍が築かれようとも、それを乗り越えてこのスタンピードの元凶を倒すのがお前たちの役目だ。冒険者は自由な職業だ。だがこいうった状況でいつまでも自由に振る舞えるとは思うな。ランクが上がるということはそういうことだ。次代を担うお前たちは我慢も覚えてもらわないとな。とにかく時が来るまではここで待機だ。いいな」

「…はい」


 強くこぶしを握り締めるオーランド。彼を慰めるように三人の美女が寄り添う。


「状況報告っ!」


 話はここまでと、城壁に向かって叫ぶ副ギルド長。その声に応じて、彼等の頭上から巨体の持ち主が飛び降りてくる。


 ズシンという着地音。飛び降りてきたのは「筋肉の壁」の最後の一人、コーハイ。この場の誰よりも大きな体の持ち主は、その体を見せびらかすように常に上半身を露出している。その露出とは正反対に、素顔を隠すように絵画のような化粧がその顔を覆っている。


「それじゃ、状況報告するわよん」


 副ギルド長に向かってウィンクをした彼の異常に長いつけまつ毛が風に揺れる。


「正面、東側、西側の三ブロックに分けて状況を伝えるわね。まずは正面。ここは副ギルド長もちょくちょく戦線に出ているみたいだから詳細は省くけど、まぁ可もなく不可もなく、予想通りの拮抗状態ね。魔物の数も多いけど、冒険者の数も一番多いから崩されてはないわねん。それと東側。こっちは人数が少ないけどBランク冒険者がいるおかげで割と優勢ね。魔物も思ったより東に流れている数が少ないみたいだから、余剰人員を他へ振り分けてもいいかもしれないわ」


 筋肉の壁、希望の風の面々もその報告を黙って聞いている。彼等も状況によってはこの場を指揮する可能性があるからだ。


「で、西側ね。東側と違って、こっちは想定よりも魔物が多いわね。調子に乗ったお馬鹿さんが敵陣に突っ込み過ぎたみたいだけど、大剣使いのワンちゃんがものすごい勢いで合流して難を逃れたみたいね。そのまま何人かと合流したその一角がバッタバッタと魔物を倒しているおかげでこっちも何とかなっているわ。副ギルド長が心配していたCランクに上がりたての子達もなんとか大きな被害はないわね。周りの冒険者がしっかりサポートしているみたいよ」


 「あ、そうそう」、何かを思い出したように、おもむろに股間に手を突っ込んだ彼が取り出したのは一枚の紙きれ。


「副ギルド長が戦線に出たおかげであたしの方に連絡が来たんだけど」


 副ギルド長に手渡された一枚の紙。そこに書き記されていたのは。


『西門に黒騎士が出たらしいわよん♡』


 それを受け取った副ギルド長の驚きと、その紙を抵抗なく受け取った副ギルド長への驚き。同じ驚きでも全く異なる感情がこの場に渦巻いていた。

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