不審者
西門付近の城壁へとやって来た俺達。既に西門に展開中の兵士と魔物の戦端は開かれていて、同じ鎧に身を包んだ重装兵が一列で魔物を抑え、魔法兵や弓兵が遠距離から攻撃、炙れた魔物を兵が数人一組で倒している。思ったよりも統率された動き。冒険者が大きな顔をしているからこの街の兵士の練度は大したことないと勝手に決めつけていたがそんなことはないみたいだ。
「ひっ」
こちらに流れてきているのはリザードマンと湿地帯に住む木っ端魔物が大半。ぽつりぽつりとCランクのリザードマンナイトやリザードマンウィザードの姿はあるが、全体的に魔物の質は低い。数も北門に比べれば少ないのもあり、戦いは安定しているようだ。
「えっ」
本当は雑魚敵も含め、全部俺が頂きたいところだけど、魔法ぶっぱで魔物を一掃しようものなら兵士も道連れにしてしまう。ステータス的な面でみれば人を殺してもステータスは上がるという邪神仕様の体なので、むしろそちらの方が美味しいのかもしれないが、俺だってそこまで鬼畜じゃない。兵士たちがみんな盗賊や犯罪者だったら心置きなく滅していたかもしれないけど。
「おい、まじかよ」
俺が目星をつけている二番目と三番目に大きい魔力の魔物はまだ距離はあるみたいだしな。さて、どうしたもんか。突撃しようにも俺の加護【邪神の恨み】の効果で、俺が戦線に加われば魔物の流れは俺に集中してしまう。そうすると折角綺麗な足並みで安定している戦況が乱れてしまうよな。
この後の行動をどうしようかと思案していた俺。特に身を隠しているわけでもないので、城壁の上を警備中の兵士さんが俺達二人に気づかないはずもない。なんってったって黒騎士モードの俺は邪竜からこの街を救った英雄だ。気味悪がられそうなジルバンド鉱の剣ではなく漆黒の大剣装備の俺に好感度を下げる要素はない。
さぁ畏れたまえ! 平民よ!
今なら、先着一名に握手くらいなら対応してあげてもいいぞよ。
そんな俺たち二人に勇気ある兵が一人話しかけてきた。
「おおお、おいっ! こここここ、ここは現在いいいいい一般人はたたた立ち入り禁止だ」
腰は引けて、口上はかみまくりで槍の穂先をこちらに向けている。
ははぁん。
そうだよね、気持ちはわかるよ。いきなりこんな派手な仮面をつけた黒ずくめの女が現れたら驚くよ。ほら、ミトさん。こんなに怖がっちゃって可哀そうだと思わないのかい?
そんな俺の気持ちは伝わるはずもなく、無言を貫くミト。まったくぅ、ほら、兵士さんも返事してあげないから困っているじゃないか。
「ききき貴様は、せ、先日街ををはははは破壊した不届きもももものだろう!」
その言葉に思わず彼を二度見してしまった。念のため、自分のことを指さして確認するが、おもちゃのように首を縦に振る兵士さん。
Oh! どうやら器物破損的なサムシングで手配されていたらしい俺。兵士さんが震える手で懐から出した手配書には黒い全身鎧の人物が描かれている。罪状は…なるほど、アルブムとの戦いでの街の被害か…。
人違いじゃね? だって、顔はわからないんだし。ということでこの件はスルーだ。邪神の力だけじゃない、スルースキルも持ち合わせているのだよ!
だけど職務に真っ当な兵士さんを無視するのも心苦しいな。折角の街の英雄との邂逅だし、少しだけ会話をしてあげよう。溢れ出る社交性はこの身に流れる先祖代々由緒正しき貴族の血のお陰だろうな。
…そういえば父の代から貴族になった成り上がりの家だったわ。
「そんなことよりも、戦況は?」
俺の問いかけにフリーズしてしまった兵士さん。おーい、聞こえていますか?
「戦況は?」
「はっ! 現在は領主様が先陣に立ち、その指揮の元、戦況は安定しております!」
もしかして難聴気味なのかもしれないと思って少しだけ大きく改めて質問した心優しい俺。だけど、フリーズ中の兵士さんに代わり俺に答えてくれたのは俺達の元へ走ってやって来た兵士B。うんうん、君はハキハキとしていてよろしい。
まぁ、教えてもらった内容は俺がここから確認したものと変わりないんだけど。いや、領主が先陣にってのは新情報か。えーっと、どれどれ?
重装兵の後ろ、騎馬隊の中心に兜に大きな羽根飾りをつけた人物が片手に持った采配を掲げている。あんなに目立っちゃって、真っ先に狙われちゃうんじゃないか。
そして俺の杞憂は現実のものとなってしまう。
流れ弾か狙ったのか、魔法が重装兵を飛び越え、領主の騎乗する馬の鼻先で爆発。それに驚いた騎馬が勢いよく前へ飛び出してしまった。その跳躍力は驚くべきもので重装兵たちを楽々乗り越えてしまった。騎馬にも何か補助魔法が掛けられていたのかな。
その勢いに片手でしか手綱を握っていなかった領主は魔物達の中に投げ出されてしまい、騎馬はそのまま遥か彼方へと走り去ってしまった。あちゃあ。
領主の護衛を務めていたであろう騎兵が急いで向かおうとするも、重装兵と魔物の壁を越えられそうにない。このまま指揮を執るべき人間が魔物の餌になるのを見守るほど非情な人間ではないので、もちろん助けに向かう。助けたお礼に手配を取りやめてもらいたいなんてこれっぽっちも思っていないことはここに主張しておこう。
シエイラの領主は悪政を敷いているわけでも、悪い噂を聞くこともない。娼婦に入れ込んでいるというマル秘情報を俺は知ってはいるけどね。
城壁の上から領主の元まで一足飛びで向かった俺。その姿はミトの風魔法スキルによる補助魔法のおかげで疾風のごとく。
前線で指揮を執るだけあって、果敢にも領主は魔物に応戦しているが多勢に無勢。正にその首にリザードマンの一撃が入る直前になんとかたどり着くことが出来た。ギリギリセーフ!
「き、貴公達は?」
この場でお前は誰だなんて言われても、自己紹介して名刺交換するような余裕はない。【邪神の恨み】でそのターゲットを俺に変えた魔物を倒しながら、しばらく戦っていると、重装兵が前線を押し上げ、騎兵達と共にやって来た。
とはいえ、俺達の周りには魔物が殺到中で駆け付けた彼等も近づくことは難しいのか足踏み状態だ。ぶっちゃけ邪魔な領主の首根っこを攻撃の隙を見て掴んだ俺は、兵の中でも偉そうな鎧を着ているおっさんにポイっと領主を返却。そういえば手配書の件、お願いをするのを忘れてしまったな。今晩にも領主邸に直訴に行こうかな。きっと勝利の余韻に浸っているだろうから、気持ちよく取り下げてくれそうだ。
相変わらず仕事熱心な【邪神の恨み】の効果で俺の周りの魔物は倒しても倒してもキリが無い。たまには休暇とって留守にしてもらっても俺は全然構わないんだけどね。
加護の効果でこの場に俺がいると戦況の混乱は続いてしまうだろう。とはいえ、この崩れた戦線を放っておくのも忍びない。
「この場を頼める? 領主と兵に全滅なんかされたら大変だ」
風魔法スキルで近寄る魔物を切り刻んでいる仮面の女性に依頼する。誰が聞いているかわからないから敢えて名前は呼ばない。
「…わかりました」
やや不服な感情を見せてくるものの、それがこの場でのベストな行動だと彼女もわかっているのだろう、そう言い残し領主達の方へ向かって行く。
この場に残った俺は魔物を屠りつつ、先ほどよりもだいぶ近くに感じるようになった巨大な魔力の元へ向かうことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます