小休止

 はい、どーも! タイスケの協力のおかげでギルド長の監視下から逃れることのできたDランク冒険者とは俺のことさ。


 ゴブリンキングの一件のせいで勝手な行動をとりそうな冒険者として目をつけられてしまった俺は、ギルド長付きのお手伝いをさせられる羽目になってしまった。まったく、ギルド長の目はとんだ節穴だよな。こんなに素直で従順な俺に対してそんな目を向けるなんて。


 シエイラに迫りくる魔物の脅威に立ち向かうため、どうにか自由を手に入れた俺は一旦帰宅。異常発生していたスケルトンを一掃した自分へのご褒美として焼き菓子をつまみながらミトの着替えを待っているところだ。


 俺のステータスの糧とするため、…じゃなかった、シエイラの街を救うため、湿地帯から迫りくる魔物を一匹残らず倒してやるぜ!


「主様。お待たせいたしました」


 リビングのソファで寛ぐ俺の目の前に現れたのは、体のボディーラインがはっきりとわかるデザインの黒色のドレス。急いで着替えたのか、俺の元へ近づきながら指先から肘の先までを覆う同色のイブニンググローブの皺を伸ばしている。


 歩く度、大胆に入ったスリットからは彼女の白磁のような太ももが覗く。


 そして何よりも目を引くのが顔の上半分を隠す黒い仮面。金や銀の光り輝く布で縁取られ、小さな宝石が散りばめられた美術品のような仮面だ。その仮面の効果によって黒髪が銀髪に変化した彼女の姿を見てミトだと判る人は恐らくいないだろう。


「ついてくるのを止める気は…」

「ございません」


 俺の問いに重なるようなその答え、いつもの彼女の話声のように静かで落ち着いているものではあったが、どこか有無を言わさぬ迫力を感じてしまうのはその外見によるものか、それとも彼女の意思の強さによるものか。


 俺一人の方が自由がきくんだけど、一緒に行きたいというなら仕方ないか。魔力パスを繋げて精霊魔法に際限なく魔力を注ぎ込めば、強敵がいたとしても足手纏いにならないことはヨツメとの戦いで彼女自身が証明している。


「わかった、その代わりこれを身につけてくれる?」


 俺が【裏倉庫】から取り出したのは黒革のロングブーツ。地下遺跡攻略後、ビサモ雑貨店の店主に紹介してもらった職人さんに頼んでオーダーメイドしてもらったものだ。開拓所に向かっている最中に発見した大蛇の魔物、ウンセギラの死骸。その死骸から剥ぎ取っていた革を仕立ててもらった逸品だ。


 足元が冒険者御用達のゴテゴテとしたブーツというのはどうにも気に入らなかったんだよね。単に俺の好みの問題なので嫌な顔をされたら引っ込めようと思ったのだが、予想通り、その口元は大きく綻んでいる。…、というか予想以上に嬉しそうでナニヨリデス。


「まぁ、これを私に!? ああ、なんと素敵なデザインでしょうか! それにブーツが纏うこの魔力。こちらにも「祝福」を?」


 「祝福」、俺の邪気による変化、どちらかというと汚染という言葉の方が正しいような気がするんだけどね。


「うん、ドレスと合わせるなら黒で統一したほうがいいと思って。それに今履いている冒険者用のブーツに比べて頑丈で魔力の通りもいいと思うよ」


 ウッキウキでブーツを履き替えるその姿をボーっと眺める。彼女が履くと、足首や膝の辺りにあった隙間が風船の空気が抜かれるように足にフィットする。軽くストレッチをするように履き心地を確かめているが、おかしなところは無いようだ。


「じゃあ、行こうか」


 俺も黒騎士モードに変化して人目につかないように二人で建物の屋根を走る。まぁ、人目につかないもなにも、住民は地区ごとに割り振られた大きな建物に数名の兵と避難しているので自宅付近には誰もいないのだけど。避難所には冒険者ギルドの建物も指定されていたりする。


 そんな冒険者ギルドを遠目に見ながら高速で移動していく。


「あら? 北門へ向かうのではないのですか?」


 俺に追従していたミトの言葉に、そういえば説明していなかったかと一度足を止める。俺達が向かっているのは西門、領主率いる兵士たちが護りを固めている場所だ。


 俺が魔力感知を広げまくって戦況を確認した結果、湿地帯から真っ直ぐ南下してきた魔物の大群はそのまま北門の冒険者たちと戦闘を開始。冒険者たちの善戦により戦況は拮抗し、大群後方の魔物たちの多くが西門の方へと歩みを進めていた。戦力の乏しい東門にも魔物は流れているがその数はごく僅か。これはシエイラとしても幸いだったという他ないだろう。


「なるほど、それで…。ですが北門の方が魔物の数は多いのですよね? 御力を得る為なら西門よりも北門の方が…」


 ミトの言う通りステータス上げの為ならより多くの魔物を狩るために北門へ向かった方がいい。だが魔力感知をしている中で、気になる魔力を三つ見つけたんだ。


 一番大きな魔力、恐らくこの大群を率いている魔物だと俺は予想している。北門の魔物を指示するようにその後方に控えている。


 その大きな魔力と然程変わらない大きさの魔力、こちらは西門の方へ流れている魔物と共に西に向かっている。


 そして三番目に大きな魔力。どこか不思議な、周りの魔物や前述の魔物とも違う魔力だ。これは西門へ流れた二番目に大きい魔力を持つ魔物と一緒に行動をしている。


 一番大きな魔力を狙うのもいいけど、スタンピードはそれを率いる魔物が死ねば統率を失い、大群を作り上げていた魔物は散り散りになってしまう。先に一番魔力の大きな魔物を倒してしまうと、二番目と三番目の魔力を持つ魔物が撤退してしまう可能性もある。


 ということで、三体の魔物に俺のステータスの糧となってもらうには、西に移動している二体を倒してから北門にいる一番大きな魔物を倒すのがいいと判断するに至ったってわけだ。


「流石は主様ですね」


 せやろ。


「西門に着く前に魔力パス繋げておこうか、精霊魔法は先に発動しておいた方がいいでしょ?」

「ありがとうございます。あぁ」


 魔力パスを繋げると、口を半開きで身を捩らすミト。俺の方は眷属の二人と魔力パスを繋げても「繋がったなぁ」くらいにしか感じないもんだけど、毎度毎度新鮮な反応を見せてくるミトを見ると何か違うんだろうな。


「ハァハァ、す、すみません。お待たせしてしまいました。精霊魔法を今…」


 すぐにパスを通じて俺の魔力がドカドカとミトへ流れていく。相変わらずの魔力消費量だ。彼女を薄っすらと包む魔力は、その厚さからは想像も出来ない程強力で凶悪。


「って、あれ?」


 横に並ぶミトの様子がおかしい。なんだかちょっと大きくなったような…。


「浮いてない?」


 彼女の足元を注視すると、俺は大変なことに気づいてしまった。僅かに数センチだが、彼女の足は俺達が今いる誰かのお宅の屋根から離れているということに。


「あら、そうですね。あまり自分では実感がないのですが…。このブーツのおかげでしょうか。いつものブーツに比べて精霊魔法との相性もいいみたいです。ヨツメとの戦いのときよりもお役に立てそうです」


 嬉しそうに語るミト。ここ最近はなんだか俺よりもミトの方がパワーアップをしているのでは!?

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