異常事態
門の向こう側で花火が打ちあがったような、何かの炸裂音が鳴り響いた。冒険者ギルドの職員や冒険者はその大きな音に手を止め、門を見つめる。既に閉じた門のおかげで魔物の進入は防がれているが、その場の多くの者は戦いの様子を窺うことすら出来ず、その行方を、勝利を祈るばかりだった。
しかし、極一部の者は戦いの状況を把握していた。レイブン・ユークァルもその一人。
「どうですか? 外は?」
「うーん、冒険者が数の割に結構頑張っているみたい。最初の魔法、話に聞いていたAランク冒険者の補助魔法がだいぶ利いているみたい。でも、さっきの音はなんだろう。魔法だと思うんだけど、その割に魔力感知ではよくわからなかったんだよね」
巨大な通信用魔道具の陰で誰にも聞かれないよう小声で会話をするレイブンとミト。レイブンは魔力感知を広範囲に広げ、大まかな戦況を把握していた。
「魔法ではない…。あっ!」
「なになに? 急にどうしたの?」
「い、いえ、モナにいくつかバクレツ草の粉末とリクトエルさんから頂いた薬を調合したものを渡したのでそれかもしれません」
「バクレツ草?」
「ええ。葉を乾燥して粉末にしたものに大きな衝撃が加わると大きな爆裂音が鳴るという植物があるんです。本来は火傷用軟膏の材料になるので育てていたのですが、思いのほか生育が早く、余ってしまい困っていたのです。それを相談したリクトエルさんから頂いた薬品と調合レシピで作ったものだったのですが…」
「それってどんな効果なの?」
「魔物に投げつけると大きな音が鳴り、魔物を怯ませる効果があると聞いています。だいぶ大きな音が鳴るようですね」
音だけではなく、魔物を数体吹き飛ばす程の威力があったことは彼女には知る由もない。二人がコソコソと話しているのを横目にこのテントへと街の兵士が駆け込んできた。
「た、大変だ! ギルド長はいるか?」
息を切らして叫んだのは地下遺跡の入場者を記録している兵士。その顔はこの場にいる冒険者の多くが知っており、彼の切羽詰まった表情に多くの者が息を呑む。
「どうぞ」
「はぁはぁ、す、すまねぇ」
スッと差し出されたのはコップに注がれた冷えた水。それを一気に飲み干した彼は落ち着きを取り戻し始めた。
「助かった」
「いえいえ」
兵が飲み終わったコップを笑顔で受け取ったのはレイブン。その顔は何か企みが成功したような、いたずらっ子のような笑みを浮かべている。
「どうした?」
門の向こう側と魔道具で通信していたギルド長が交信を終え、兵の元へとやって来た。兵の横に立つレイブンを一瞥したが、彼の表情はギルド長付きの手伝いを依頼されてからのやる気の無い、間の抜けた表情へと戻っていた。
「そ、それが…」
皆の注目を集めたこの状況ですぐに伝えていいものか、混乱を招くことになるかもれないと兵士が躊躇する。その様子からギルド長は兵士をテントの奥、ギルドから持ち出された自分の机の前へ案内した。
「ここならいいだろう。それで?」
「は、はい。地下遺跡の入り口付近にスケルトンが何匹も群れているのが見つかって」
「なにぃ!」
泣きっ面に蜂、弱り目に祟り目、踏んだり蹴ったり。外からだけでなくシエイラの内側、地下遺跡に起きた異変にギルド長の声は本人が思っている以上に大きく、近くのギルド職員が心配そうに二人の話に聞き耳を立てていた。
「す、すまん。まさか氾濫か?」
「いえ、スライムやゴーストはおらずスケルトンだけですので氾濫ではないとは思いますが、街の防衛で冒険者の皆さんの討伐もなく、警備隊も西門の方へ招集されているので…」
「地下遺跡の魔物が数を増している、ということか」
つい先日までは通常通り冒険者による探索が行われ、また少し前にはレイブンによる下層の探索が行われていた上、地下遺跡の管理者であるタイスケによる調整で氾濫が起こることはないのだが、それを知らないギルド長はその危険が迫っている可能性もあると、そう判断せざるを得ない状況であった。
「誰かを呼び戻すか…。いや、門の戦力をこちらに割く訳にはいかないか…。東門から、いやいや、ただでさえ少ない戦力。リザードマンが東門に流れたら…」
Cランク以上の冒険者は誰一人として今の配置から戻すことは出来ない。ただでさえギリギリの戦力で戦っている今、何よりもそれを理解しているのは、状況を逐一確認しているギルド長である。
「俺が様子を見てきます」
いつの間にかその場にいたレイブンが手を挙げる。しかしギルド長はすぐに首を縦に振ることはなかった。
「Cランク冒険者がこの場にいない以上、Dランク冒険者が様子を見に行くしかない。そんなことは俺が言うまでのことでもないですよね? Dランク冒険者の中でもCランクに近いとされている人たちは南門に配置されている、自分で言うのもなんですが、この場のDランク冒険者の中では、実力は俺とミトは頭一つ抜きんでています。俺達が地下遺跡へ行くのがベストかと」
「しかし、いや、それはそうだが…。モナもフッサもいないこの状況では…」
「あら、お忘れですか? 元々私達は二人だけで地下二十階付近の探索をしていたのですよ?」
レイブンの後ろに控えていたミトが、それでも尚渋るギルド長を畳みかける。
「…はぁ、わかった。お前達に任せる。だが、いいか。何か異変があったらすぐに戻ってこい。戻ってきたらCランクに昇級させてやるから」
「いえ、それは結構です」
「ちっ」
どさくさに紛れて二人を昇級させようとするギルド長に対し、食い気味で断るレイブン。「そんじゃ、行ってきますっ!」とこれ以上余計なことを言われないようにか、この場を離れ地下遺跡へ向かう二人。
「いいかぁ! 様子をみてくるだけだからなぁ!」
その背中に向かってギルド長が叫ぶが、二人の姿はあっという間に見えなくなってしまった。
「ギルド長からの指示で様子を見に来ましたぁ!」
地下遺跡の入り口で中の様子を窺う警備兵に、息一つ切れていないレイブンが声をかける。先ほどまでの不貞腐れたやる気の無い表情は何処へやら、年相応の笑顔の彼。
警備兵の視線の先を見ると、地下遺跡から出ようとはしていないものの報告のあった通りに、入口のすぐ側にスケルトンが数体たむろしている。
「おぉ、助かるよ。そっか、君達は防衛に駆り出されてはいなかったのか」
彼等二人の活躍を知る顔見知りの警備兵が少しホッとしたように言う。
「入口付近をうろついた後、どこかに行ってしまうんだが、またすぐに数体やって来ては同じような行動をとっている。俺達はここを離れることは出来ないから困っていたんだ」
「そうですか。とりあえず様子を見てきます。数時間は戻りませんので!」
やたらと軽い足取りで地下遺跡へ入っていくレイブン。そして、微笑をたたえながらその後に続くミト。
「あ、もしもし? 予定通りありがとう。もう大丈夫だから後は通常営業でヨロシクー」
入口付近のスケルトンを難なく屠ったレイブンは少し進むと左腕に装着した魔道具であるブレスレットに向かって話しかける。
「うん、わかった。言われた通りに入り口付近にスケルトンを出現させ続けていたのはもう止めるよ。それより、大丈夫なんだよね? そ、そのリザードマン達っていうのは」
「大丈夫。それより、今日はもう冒険者は入ってこないだろうから魔物の出現は控えめにね」
「君に倒された下層の魔物の補充が出来ていないからしばらくはそっちにリソースを注ぎ込むことにするよ」
会話をしながらも地下一階のスケルトンを駆逐していくレイブン。地下遺跡の魔物は通常は本能的に地下遺跡から出ようとはしない。レイブンはタイスケに頼み、入口近くでスケルトンを発生させ続けてもらっていたのだ。不自然に入口付近にスケルトンが居続ければ冒険者ギルドに必ず連絡が来ると予測して。スケルトンは発生してしばらくは入口付近を徘徊するが、すぐに入口からは離れてしまう。そのためかなりの頻度でスケルトンが発生していたので、この地下一階は現在スケルトンが異常発生している。
次々とスケルトンを倒し続けるレイブンとミト。十数分程でその数は通常時と変わらないものへと戻る。
マッチポンプ。
仕組まれたこの状況により自由を手に入れたレイブンは【影移動】を発動し、ミトと共に影の中に姿を消した。
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