北門の戦い 2
『突出している冒険者がいるようだ』
向かい来るリザードマンを倒しながら明後日の方向を見るフッサ、彼の耳はピンと尖っている。これはフッサがナルダの元に駆け付ける前、モナと共に魔物の相手をしていた時のことだ。
『やけにさっきから何か気にしていると思ったけど、そんなことかい。どうせ、調子に乗って先行し過ぎた馬鹿がいたんだろうさっ』
そんなフッサの言葉を聞き流し、飛来した火の玉を避けた彼女は、まるで空を駆けるようなステップで魔物に近づきその額に短剣を突き刺す。
『放っておきなって』
息の根を止めた魔物を蹴倒し、少し離れていたフッサの元へとバク転で戻る。少し呆れたような表情。
『むう、しかし』
どうにも注意が散漫なフッサではあったが、補助魔法とレイブンとの魔力パスのおかげで獅子奮迅の働きをしていた。
『はぁ』
そんな彼の言葉を無視しようとする彼女の頭を過るのは、いつの日かの記憶。もう駄目だと思ったときに差し出された肉球のある手。その光景は彼女の網膜に焼き付いている。
『あんたはそういうやつだったね。まったく…』
『では行くか?』
『いや、行くならあんただけで行きなよ』
『むぅ』
突き放したような言葉に彼の耳はペタンと折れ、尻尾もしょんぼりと元気なく垂れ下がる。
『ち、ちょっと、別にあんたのやることにケチをつけるわけじゃないよ。あんたがそういうふうに優しいのは…、その、あたしもいいと思ってるし』
『む、すまん、今何か言ったか?』
二人を狙い複数の火の玉が放たれたが、それはフッサの大剣によって防がれる。モナの言葉は半分以上が防いだ時の炸裂音でかき消されてしまった。
『い、いや。突出したってことは最前線の方だろう? あっちが崩れるとそこから一気に全体が崩壊するかもしれないって思っただけさ。だけどね、今ここを二人して離れるのはちっとマズいだろう?』
フッサとモナが配置された辺りにはCランクといっても経験が浅めの冒険者が固められていた。Aランク冒険者による補助魔法は能力を強化するが経験までもは補えない。Cランクといえば一人前の冒険者とされるが、ここシエイラは地下遺跡というコンテンツに良くも悪くも依存している。この街でしか冒険者としての経験を積んでいない冒険者も多い。
それは特定の魔物しか倒した経験しか無い、ということでもある。
モナとフッサは魔物の誘導や経験が浅い冒険者へのフォローも魔物との戦いの中行っている。無論、その役目を負っているのは二人だけではないものの、今この場を離れるということはそのバランスが崩れることを意味している。
『そうだったな…。では我も』
『いや、前線も大事さ。それにあんたは一人でもなんとかなるだろう。でもね、ちょっとばかし魔力を使いすぎだよ。もう少し温存するんだね』
『う、うむ』
『ここは任せてあんたは前線に向かいなっ!』
肩を叩くとモナは先程から魔法で牽制をしてくるリザードマンウィザードの元へ突進していった。
そんなやり取りがあったのが少し前の出来事。
「…あっちは大丈夫そうだね、だいぶ慣れてきたみたいだ。…ちっ、あいつらは何を手間取っているんだい!」
備に戦況を確認する彼女がその危うさを指摘したのは先日Cランクに昇級したばかりの冒険者パーティだった。
「ひっ、」
「うわぁ」
「こ、この!」
リザードマンウィザードの援護を受けたリザードマンナイトの攻撃に対し盾役の青年の腰が引けてしまい、その後ろにいた剣士が転んでしまう。間一髪もう一人の剣士がリザードマンナイトの剣を跳ね上げ、持ち直した盾役のメイスが頭を潰す。
はぁはぁ、と肩で息をする三人。慣れない魔物と慣れない戦場は彼等の神経をすり減らしていた。なんとかリザードマンナイトを仕留めたことによる油断。彼らを狙う風の斬撃には誰も気が付かなかった。
「あんた達! ぼさっとしてんじゃないよっ!」
魔力を込めたモナの短剣が風の斬撃を相殺する。すかさず魔法を放った魔物へカウンターで短剣を投げつけると、それは見事にリザードマンウィザードの胸に突き刺さった。しかし彼女の手に何も握られていないと侮ったリザードマンが襲い掛かる。
「な・め・る・ん・じゃ」
その攻撃を徒手空拳で往なした彼女はリザードマンの頭を掴み、それを支点に大地を蹴りつける。
「ないよっ」
彼女の身体が宙を舞うと同時にリザードマンの首はゴキリと音を上げあらぬ方へ向く。着地点に落ちていたリザードマンナイトの死骸から剣を取り上げると近づくもう一体の魔物への投擲。
その華麗な身のこなしで単身次々と魔物を屠る彼女。その手にはいつの間にか投擲した短剣が握られていた。
「モナさんっ」
「す、すげー!」
「なんて動きなんだ」
感嘆の声を上げる三人組の冒険者。
「さっさと体勢を立て直しなっ!」
「「「すみませんっ」」」
瞬身。そう呼ばれる彼女はレイブン達がこの街に来る少し前まではこの街で一番の注目を集めていた冒険者だった。その二つ名が表すように彼女の華麗な体捌きはまるで魔物の攻撃が彼女をすり抜けているような錯覚さえその戦いを見た者に与える。
「まったくCランク冒険者が情けない声を出してるんじゃないよっ」
三人組の元へやって来たモナから叱責の声が飛ぶ。
「す、すんません。俺達地下遺跡の魔物としか戦っていないからこ、こいつらとどう戦っていいかわからなくて…」
「はぁ…。盾持ち、あんたは重心が後ろに行きすぎだよ。普段もそうなのかい?」
「いえ、地下遺跡の魔物は大体パターンを覚えているので…」
「いいかい、武器を持った二足歩行の魔物なんて大体どれも同じようなもんさ。盾持ちのあんたがビビッてどうするんだい。それに「筋肉の壁」の補助魔法がかかっているってのを忘れたのかい?」
自らの腕に傷をつけるモナ。浅く血が滲んだ傷はすぐに塞がっていく。
「ほらね、多少の傷はすぐに治る。確かに地下遺跡とは違うだろうけど、いつもより戦いやすい点だってあるんだ。それから剣士二人っ」
「「は、はいっ!」」
「今言ったように、補助魔法の効果でいつもより体が軽いのは実感してるね?」
「はい、ですけど、いや、だからかいつもと勝手が違っていて…」
「Dランクのリザードマンはともかく、Cランクのリザードマンナイト相手は力の加減が…」
「阿呆っ! 加減なんて気にしなくていいんだよ! 一撃一撃全力で攻撃しなっ」
「で、でも」
「いいからっ」
うじうじとする態度に業を煮やした彼女が向かってくるリザードマンナイトに冒険者を押し出す。
「く、う、うぉーっ!」
やけくその一撃はリザードマンナイトの顔面を二つに割る。
「あんた達はCランク、そう冒険者ギルドが判断して昇級したんだ。そんなあんた達にAランク冒険者の補助魔法がかかっているんだ、一対一で負ける道理がないだろう。多少のミスはあたし「達」がカバーしてやる。思いっきり戦いな!」
「達?」
彼らの頭上を通過した炎が冒険者たちに向かっていた魔物を火だるまにする。城壁に陣取る冒険者からの援護攻撃だ。
恐怖と不安で目の前に迫る魔物しか見えていなかった彼等だったが、モナの助言がきっかけとなり視野が広がる。そこには魔物と戦う多くの冒険者達の姿。
「地下遺跡とは違うって言ったろ。獲物を奪い合う商売敵なんかじゃない、背中を任せられる仲間がこれだけいるんだ。わかったかい!」
「「「はいっ!」」」
つい数分前とは全く違う顔つきの三人組冒険者。
「あっ、そうだ。そういえばミトから渡されたもんがあったね」
ベルトにつけたウェストポーチから手のひらサイズの円柱型の物体を取り出す。これは魔法スキルのないモナを心配してミトが彼女のために作ったものだ。庭の薬草畑で収穫された薬草を粉末にし、薬品と混ぜて固めただけのもの。
「確か魔物に向かって投げつけるって言ってたね」
魔物に当たればその衝撃で小規模な爆発を起こし、魔物を怯ませることが出来るといって渡されたものだったが…。
戦場に響く轟音。
その場にいた魔物と冒険者の視線の先には熟練の魔導士の攻撃魔法の跡のような小規模なクレーターが出来上がり、魔物の肉片がびちゃびちゃと雨のように辺りに降り注いだ。
「あの子、なんつーものを持たせてくれたんだいっ!」
…冒険者たちの戦いはまだ続く。
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