北門の戦い 1
「【水纏】」
リザードマン数体に囲まれた冒険者がそう唱えると、彼が両手それぞれに持つ鉈が薄っすらと水を纏う。魔法により切れ味を増した鉈。既にAランク冒険者による強化の魔法もかかっているからか、彼の攻撃は容易くリザードマンの鱗を切り裂き、胸に深い傷を負わせた。怯むことなく襲い掛かってくる二体のリザードマンも彼の動きを捉えることは出来ずその命を散らしていく。
「ハハッ、すげぇな。自分の身体じゃねぇみてぇだ」
誰かに向かっての言葉ではない。戦いが始まり何度目かになる彼の独り言だ。
Bランク冒険者「希望の風」のオーランドによる魔物が掲げていたモノへの攻撃。そして間髪入れずに城壁の上に陣取る遠距離攻撃と得意とする冒険者達による攻撃から始まった冒険者とリザードマン達の戦い。
数で劣る冒険者達だったがAランク冒険者「筋肉の壁」の補助魔法により実力以上の力を発揮し戦線は膠着状態となった。バランスが崩されないためにも、個別撃破されないように、この場を指揮する冒険者ギルド副ギルド長のクリーガから数人が一組で行動するように指示が出されていた。
「なぁ、お前も思うだろう? ドッチェ?」
戦闘中にも関わらず独り言に対しての反応を求めるなど非常識であると彼の相棒は咎めてくるに違いない。そう思っての問いかけだったが、帰ってくるのは「ヒッヒッ」や「チッチッ」という爬虫類が威嚇時に鳴らす独特の音。辺りを見回しても彼の視界に入るのは魔物の姿のみ。想像を超える自分の力に酔ってしまった彼は仲間とはぐれてしまっていた。
「しまった! 調子に乗りすぎて先行しずぎちまったか」
気がつけば彼の周りを壁のように魔物が囲んでいる。湿地帯に住む爬虫類型の魔物独特の生臭さが一層濃く感じられるこの状況で、彼が案じたのは問いかけの帰ってこない相棒のことだった。
「ドッチェの奴は…?」
彼が耳をすませば、金属同士が激しくぶつかり合う音や叫び声、悲鳴や歓声に混じり聞き馴染んだ相棒であるドッチェの声が微かに聞こえてくる。高らかに彼の得意とする風魔法を唱える声。それは彼が健在であることを示している。また彼、ナルダとドッチェはもうひとりピーターという冒険者と組むように副ギルド長から指示をされていた。実際、少し離れた所ではピーターと背中合わせで戦うドッチェの姿があった。
「となると、問題はてめぇ自身ってことか」
正面と背後からリザードマンが襲い掛かってくる。正面のリザードマンの持つ槍の突きを躱し【水纏】の効果がかかったままの鉈を彼が振り上げる。鉈の刀身は短く、その刃は空を切るかと思われたが鉈を覆う水が伸び、まるで鋭利な刃物のように正面のリザードマンの腕を斬り落とす。彼は素早く身を翻すともう一刀の鉈で背後のリザードマンの首を切り裂いた。
「ちっ!」
首を切り裂いたリザードマンごとナルダを貫くように一本の剣がリザードマンの腹から生える。何とか躱し致命傷は逃れたものの脇腹からはジワリと血が滲んでいる。
「Cランクともなると味方の死体を利用か、恐れ入るなっ」
剣を持ったリザードマンナイトの横長の瞳孔がナルダを見つめる。彼が負った傷をみてニヤリと笑う。
「【水壁】」
傷を負った彼の隙を狙うかのように横から飛んできた石の弾丸は水魔法によって瞬時に作られた壁に激突し粉々となる。
「へっ、散々不意打ちには苦労させられたからな。しっかし、やることがゴブリンと一緒じゃねぇか。所詮は魔物か」
馬鹿にした彼の言葉がリザードマンに伝わったかどうかはわからない。しかしその言葉を不快に思ったのかナルダを囲んでいたリザードマンがまた二体、前後から襲い掛かってくる。
なんとかその二体の攻撃を捌いたナルダであったが、その体にはまた一つ浅くない傷がつけられていた。
「なんとか誰かと合流しないとまずいか…」
彼がそう呟いた時だった。
「むぅん!」
突如としてナルダを囲むリザードマンの壁の一角が崩れる。まるで巨大なボアにでも跳ねられたかのように宙を舞う数体の魔物。その身は生死を確認する必要がなかった。上半身と下半身が別れたもの、左右に分かれたものがナルダの目の前に広がる。
「一人分の声しか聞こえなかったのでな。手助けは不要か」
現れたのは首元と尻尾の先の毛が紫色の獣人。手には見た覚えのある大剣を構えている。
「フッサ、か」
どこか安堵した声。
「聞いた声だと思ったがナルダか。久しいな」
「しっかし、獣人ってのはこの乱戦でも声の主が一人かどうかなんてわかるのか」
「うむ、獣人は耳がいい。で?」
フッサが問うた「助けがいるかどうか」。その返答の催促だ。
「そりゃあ、是非頼みたいね」
「うむ、承知した」
彼等を囲むリザードマンを相手にしながら、フッサは戦いの前に主君と慕う少年と交わした会話を思い出す。それは戦いが始まってから何度も彼の中で反芻されている会話。
『む? 魔力パス?』
『そうそう、ゴブリンキング倒した時に魔力を俺から渡したのを覚えているでしょ』
忘れるはずがない、と。強敵を前にしても湧き上がる力を思い出すだけで彼の心は沸き立ってくる。
『俺からだけじゃなくてフッサが自由に俺の魔力を使えるようにしておくから』
『しかし、それでは主様の魔力が』
『あぁ、俺のことなら大丈夫。どうせ戦いには参加出来ないし。ヤバそうになったら魔力回復薬でもがぶ飲みするからさ』
少年がフッサに触れると彼の身は高揚感に包まれる。
『頑張ってね』
獣人族は元来魔力が少ない。その代わり人族とは比べ物にならない膂力と五感を与えられた種族だ。
日ごろはその力だけで運用している大剣にはAランク冒険者による補助魔法、そして彼の、いや、正しくは彼の主君の魔力が宿っている。限界まで込められた魔力によってパチパチとまるで小さな稲光のように紫色の魔力が爆ぜる。
剣を一振りするだけで魔物が数体その命を散らす。
「相変わらずスゲェな。ゴブリンキングを倒した時よりも威力上がっているんじゃねぇか」
「うむ」
「「紫電の一撃」、おまえさん達のパーティ名の由来だもんな」
リザードマンウィザードの放った魔法をナルダが【水纏】をかけた鉈で弾き落すと、リザードマンウィザードを守るように壁となっていたリザードマン毎フッサが叩き切る。その軌道に残る紫電。
「むう、流石にキリがないな。門の方へ戻った方がいいだろう」
「そうだな、とりあえずドッチェとピーターと合流したい。わかるか?」
「うむ」
「ピーターという者は知らぬが、ドッチェの声はわかる。あちらだな」
ピンと耳を立てたフッサがここより西の方角を見る。その間、襲い掛かって来たトカゲ型の魔物はナルダの振るった鉈によって両断される。
フッサはピーターを知らないと言ったが、実のところ名を知らぬだけで、ドッチェよりもピーターの方がフッサと会話をしたことが多かったりする。
「しっかし、命を奪われると思った剣に二度も命を救われるとはな」
背中合わせで戦うナルダの独り言は戦闘音の中に消えていった。
冒険者たちの戦いは続く。
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