筋肉の壁

 シエイラ北門。そこから続く道はしばらくすると東西に分かれ、東の道は北に広がる湿地帯と大陸東部の大森林を縫うように北へ続いている。西の道も湿地帯を避け、北西の都市へと繋がっている。そのどちらの道も普段の往来は少なく、北門は閑散としているのだが、今日は違う。


 多くの冒険者が武装を固め、迫りくる魔物を迎え撃とうとしていた。シエイラの街を護るように作られた城壁の上には弓を構えたものや杖を抱えた魔導士が北の方角を見つめていた。ある者は不安げに、またある者は戦意の宿った瞳で。


 また門の外側には鎧で身を固めた冒険者達が数人毎に固まり話し合っている。冗談を交えながら話す者達、真剣な面持ちで話す者達、その表情はどこか固い。


 冒険者たちの中心で檄を飛ばしているのは、冒険者ギルドシエイラ支部副ギルド長兼納品所統括のクリーガ。元は冒険者である彼だが、冒険者ギルドでの激務に追われた結果、現役当時と同じ体形ではなくなってしまっている。やや腹部がきつくなった金属製の鎧を身につけた彼の手には、使い込まれた身の丈以上の槍斧が握られている。


 リザードマンの個体数調査に湿地帯へ向かった調査隊の遺体を発見した冒険者の報告では、遺体は装備や衣服を剥がされた裸の状態で湿地帯の南端に横一列に串刺しとされていたということだった。肉食であるリザードマンが遺体を食べずに敢えてそのようにしていたということは、知性を持った個体が発生したことは明らかであった。


 その翌日にはリザードマンを主体とした魔物の大群が湿地帯から南下しているとの報告がもたらされ、今に至る。


 Dランクに分類される魔物のリザードマン。一般にDランクといえば戦闘訓練をした一般兵でも数人がかりでないと討伐ができない強さを持つとされている。大群はそんなリザードマンを中心にCランクのリザードマンナイトやリザードマンウィザードも多く含まれると斥候部隊から連絡があった。


 トカゲ型の魔物等、湿地帯に生息するEランク以下の魔物も含まれているが主力はリザードマン、そしてCランクの魔物も多いということで、迎え撃つ冒険者もCランク以上で編制されている。幸いにもシエイラ地下遺跡を抱えるこの街はCランクの冒険者が数多く活動をしている。迫りくる大群に対し、迎え撃つ数としては心許ないものの、冒険者の顔は絶望で染まってはいない。


 それは「希望の風」の他、いくつかのBランク冒険者、そしてAランク冒険者パーティの存在のおかげだろう。地下遺跡で邪教によって召喚されたとする邪竜ファーブニル、時を同じくして起こった開拓所へのゴブリンキング襲来。続けざまに起きた事件を危険視した冒険者ギルド総本部から派遣されているAランク冒険者。その存在があればこそ、スタンピードが迫りくるこの状況でも冷静を保てているのだ。


 戦力外とされたDランク以下の冒険者は物資の運搬や食事の用意、伝令や衛生班として駆り出されていた。正面の冒険者が取りこぼした魔物が万が一にも街へ侵入してしまった場合の予備戦力として彼等もまた武装している。


 北門の内側にはいくつものタープテントが張られ、冒険者ギルドの職員や手伝いの冒険者がせわしなく動いている。その中心のひと際大きなテント、そこには巨大な魔道具がいくつも置かれ、ギルド長が職員たちから何かの報告を受けている。


 巨大な魔道具はここ北門と東門、西門、そして南門を繋ぐ通信装置である。


 主戦場になると予想される北門だが、他の門へも戦力は割り振られていた。


 西門にはこのシエイラの街を預かる領主率いる兵が守りを固めている。


 東門にはCランク冒険者。北門にほとんどの冒険者が割り振られているためその数は少ないが、もう間もなく開拓所から応援が来る手筈となっている。


 そして南門。ここはCランクへの昇級間近とされるDランク冒険者パーティが数組配置されていた。


「飲み物いかがっすかぁ」


 緊迫した空気の中、やる気の無い声の主はDランク冒険者のレイブン・ユークァル。彼はギルド長付きの手伝いとして北門近くのテントでギルド職員たちに飲み物を配っていた。


「なんで俺がここなんだよ。せめて南門とかさぁ」


 その配置に不満があるのか、先ほどからずっとこの調子である。


「仕方ありませんよ。南門はパーティでの配属。Cランクのモナとフッサが前線に立つ以上私たちはパーティで動けませんし」

「はぁ、折角の魔物の大群だよ、ステータスを上げるチャンスなんだよ。それなのにここじゃあ、ギルド長の目もあるから抜け出すわけにもいかないし…。はぁ」


 ボヤキながらも与えられた仕事はこなしている彼等。この仕事を指名した本人であるギルド長へその理由を尋ねた職員に返ってきたのは「あいつら勝手に前線に行きそうだから」というものだった。


『目視で確認。こりゃあかなりの大群ですぜ』

「わかった狼煙を上げろ」

『了解』


 その通信は北門近くに急遽建てられた物見櫓にいる冒険者から。間もなく赤い狼煙と二発の花火が打ち上げられた。


 そしてシエイラ中に響き渡る鐘の音。


 北門付近で待ち受ける冒険者達。やがて魔物の大群、その先頭の姿が彼らの目にも映る。


「旗?」


 目のいい冒険者の呟き。戦闘のリザードマン達が何かを掲げている。


「いや…違う」

「嘘だろ」

「なんだよ、あれ」

「趣味が悪ぃ」


 それは人。串刺しにされた人をこれ見よがしに掲げているリザードマン達。まるでこれがお前達の末路だと。それを目にした冒険者の一人が思わず声を上げる。


「死人を弄ぶなんて許せないっ! 【烈風剣】」


 ミスリル製のエメラルドグリーンの鎧を着た剣士による斬撃はまだ距離があるにも関わらず遺体を掲げていた木の棒を切断した。


「まったく、手が早いのは女だけにしてほしいわ」


 彼の横に立つ黒髪が美しい女性が剣士の斬撃とほぼ同時に魔力を練ると、巨人の腕を思わせるような翡翠の輝きを放つ腕が現れ、落下する遺体を優しく回収し城壁近くに運んで行った。


 斬撃を放ったのはBランク冒険者パーティ「希望の風」のリーダー、オーランド。そして遺体を回収したのはそのパーティメンバーのソフィーだ。その動作の度に大きく開いたローブの胸元が揺れる。


「困るな、開戦の合図を待つようにと言ったはずだ」

「すみません、でもっ」

「まぁいい。気持ちはわかる」


 オーランドの先行を諌めるも背中を軽く叩き理解を示した男こそAランク冒険者パーティのリーダー、ジョーワンである。二メートル近い身長に筋骨隆々な体。その筋肉美を見せつけんばかりに不自然なほど露出のある軽鎧を着こんでいる。


 腰に差していた剣を両手で掲げると彼を中心に巨大な魔法陣が描き出される。


「筋肉魔法【バイセップス】」


 その発動とともに北門前の冒険者全員の体に光が宿る。


「野郎どもっ! あたしの魔法に興奮しておっ勃てるんじゃないよ! 【トライセップス】」


 ジョーワンの斜め後ろにいたビキニアーマーの女性が冒険者たちを鼓舞する。ブロンドのショートヘアの彼女の素肌は浅黒く、隆起した筋肉は我こそが鎧と言わんばかりである。彼女の魔法により、冒険者達が手に持つ武器が光を帯びる。


「お二人とも予定時刻よりも少々お早いのでは?」


 白を基調にした装いのハーフマントの男性が懐中時計を胸元にしまいながら二人に近づく。ハーフマントから覗くその腕の太さからは前述の二人に負けず劣らず彼も筋肉の鎧を着こんでいることがわかる。ジョーワンと同じように短剣を天に掲げると魔法を唱える。


「【ラットスプレッド】」


 彼の魔法により冒険者達を包む光は一層強くなった。ビキニアーマーの女性はタイキョウ、ハーフマントの男性はソーボウ。どちらもジョーワンが率いるAランク冒険者パーティ「筋肉の壁」のメンバーだ。


 彼らは「筋肉魔法」と言い張るが、そのどれもが神聖魔法に属する補助魔法である。ジョーワンの魔法は身体能力強化、タイキョウの魔法は攻撃力強化、ソーボウの魔法は治癒力強化である。


 その見た目とは裏腹に補助魔法のエキスパートである彼等。迎撃をCランク以上の冒険者に限ったのは彼らの補助魔法を有効活用するためという狙いもある。


「さっ、それじゃあ、あたし達もいくわよぉ」


 城壁の上から聞こえる野太い声は、ジョーワン以上に厚い胸板を持った男性から発せられたもの。上裸の男性の顔は仮面のように分厚い化粧でその素顔はわからない。


「いいわねぇ、先ずは先頭目掛けて、戦いが始まったらお友達に当たらないように気を付けてねぇん」


 その姿とねっとりとした喋り方、内股でやたらと腰をクネクネとさせている彼も「筋肉の壁」の一員。つまりAランク冒険者であり城壁の上の指揮を任されている人物だ。


「そぉれっ! 【ラブラブファイヤー】」


 流石Aランク冒険者というべきか。彼が魔法を唱えると空中に数百本の炎の矢が現れリザードマン達に放たれた。


「コーハイさん…今のって火魔法の【火矢】ですよね?」


 隣で雷撃を放った冒険者が彼、コーハイに尋ねる。その頬が引きつっているのは彼の魔法の威力が凄まじいから、それともその不自然な魔法の詠唱によるものか。


「あらぁ、細かいことはきにしないのっ。ほらぁん、集中なさい。そうしないと魔物にやられる前にあたしが食べちゃうわよん」


 こうして冒険者と魔物の戦いの火蓋が切って落とされたのであった。

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