手土産の重要性

「そうでもあるし、そうでもないかな」


 俺はそう言って黒騎士モードを解除。なんということでしょう、彼の目の前には黒騎士モードとは背格好も違うスーパースペシャルスタイリッシュイケメン(当社比)の男の子が現れたのだ。


「えっ? えっ? えっ?」

「俺、転生者だから」


 両親は現地人なので、無論俺の姿は日本人的なものではない。どこぞのご令嬢にはパッとしない見た目だのなんだの言われた気もするが、そんなことはない。…はずだ。


 目の前のポッチャリ君は俺の姿の変化に驚いたまま固まってしまっている。いつまでも玄関口のままじゃなくて早く部屋に入れてほしいんだけど。


「このぬいぐるみも持って来たよ」

「あ、ああ、ありがとう。回収する手間が省けたよ。と、とりあえず上がってよ。ち、散らかってるけど」


 うん、散らかっているのは知っている。なんなら昨日俺達のせいで、さらに散らかってしまった気もするし。それにしても「回収」か。また聞きたいことが増えちゃったな。


 「お邪魔しまーす」と言って、靴を脱ぐと靴下越しに感じるひんやりとした板張りの質感。家に入るのに靴を脱ぐなんて久しぶりのことで、たったそれだけのことなのに少しだけ郷愁に駆られてしまう。


 予想とは反して昨日よりは気持ち片付けられた室内。尚、散らかっている割には汚れや埃は見当たらないので汚部屋ではない。


「ら、楽にしてよ」

「ありがとう。それとこれ」


 【裏倉庫】から取り出したのはお土産の数々。全部食べ物だけど日持ちもするし大丈夫だろう。


「わぁー、ありがとう! あ、これって地下遺跡の入り口の屋台の串焼きだ、これおいしいんだよね。それに、この包みは…、やっぱり! 行列が出来てるお菓子屋さんのパウンドケーキだぁ。すっごい気になってんだけど男一人で並ぶのは恥ずかしくって食べた事無かったんだ。それにこれは領主邸近くの高級菓子店の焼き菓子セットだぁ! えっ? すごっ? どうやって手に入れたの? あの店って貴族とか商人しか入れないって聞いたけど?」


 お土産を受け取った途端、急にとんでもない勢いで喋り出すポッチャリ君。っていうかめちゃめちゃ詳しいな。


「あの店は身綺麗にしていればDランク以上の冒険者なら買い物出来るんだよ。それにそっちの店の行列は午後からは並んでいるけど早い時間は割と並ばずに入れるよ」


 俺も全部ミトとモナから教えてもらったことだけどね。俺が思っていた以上にお土産の効果はあったみたいで安心した。


「改めて、俺はレイブン・ユークァル。転生する前の名前は山田太郎。今は冒険者をやってる」

「や、山田太郎? えっ、本当にその名前の人がいるんだ」


 なんだか久しぶりにその反応を見たな。前世では自己紹介するたびに驚かれて揶揄われたものだ。名前をいじり出したらぶん殴ってやろうと思ったけど、そうはならなかった。割といい奴なのかもしれない。


「僕は増田泰介。よろしくね。この世界に召喚されてから十年くらいは経ったかな。神様に頼まれてこの世界樹の管理をしているんだ」

「世界樹?」


 おいおい、またよくわからないワードが出てきたぞ。世界樹ってあれだろ、葉っぱをすりつぶすと死んだ人が生き返ったり、その雫ひとつでヒットポイントを回復したりするって有名な。


「世界樹っていってもその機能はほとんど失われちゃっているらしいんだけど。ってなにその顔? え? 葉っぱで生き返る? それはゲームの話でしょ」


 やだなぁと俺の世界樹のイメージを笑い飛ばす増田君。


「山田君、いやレイブン君の方がいいのかな? 君は世界樹のことを知らない?」

「こんな見た目だしレイブンでいいよ。この世界に生まれてきて覚えている限りじゃ世界樹なんて聞いたことないな。ここだって勝手に魔物が生み出され続けている謎の遺跡ってことしか聞いてないし」

「そっか…。僕も召喚された時にこの世界の神に説明されただけなんだけど…」


 増田君の話によると、彼がこの世界に召喚されたのは十一年前。多分俺が生まれた時と同じくらいだ。大学一年生、十九歳になったばかりの時に召喚されたらしい。


「それでさ、突然足元が光って真っ白な空間に飛ばされてさ…」


 モグモグと俺の手土産の焼き菓子を頬張りながら当時の話を続ける彼の話は、よくあるラノベを切り抜いたような話だ。


「この世界の管理者の一人となってほしいって頼まれたんだ。頼まれたっていっても他に選択肢は無かったんだけどね。なんとなく大学に入ったけど、社会に出るのは嫌だなぁって思っていたから丁度いいと思ってさ。他に誰かいたかって? いや、その時は僕だけだったよ。でもこの世界樹の前の管理者も召喚された人だったみたいだし、結構頻繁に召喚しているのか手慣れた感じだったかな」


 前任者は調子に乗って魔物に紛れて冒険者を襲っていたところを返り討ちにあってしまったそうだ。だから増田君はそんなことをしないでこの部屋に引き籠って管理をしているらしい。


「街には偶に行くんだ。だけど、僕、こんな性格だしこの世界のこともよくわからないから、なんとか勇気を出して通っていたお店に行くくらいだったんだ。だけどこの前そのお店も閉店しちゃって。それにドンドン攻略してくる二人組まで出てくるし、もう人生終わったと思ってたんだ」


 なんかすみません。…うん? 行きつけの店が閉店?


「もしかして金の小麦亭のダシマキって?」

「あっ、それ僕が頼んで作ってもらったんだ。料理は苦手なんだけどどうしても日本の味が食べたくなっちゃって。行きつけだったお店で作ってもらっていたのを金の小麦亭でもお願いして出してもらっているんだ。醤油とか味噌があればいいんだけど。そもそもこの世界に存在しないのか、それともこの街にないだけなのか手に入らないんだよね。出汁巻き卵ならこの街にある材料で作れそうだったから」


 増田君、食については結構貪欲だな。そのわがままボディにも納得がいく。


「街には出られるんだ?」

「うん、この世界樹内は僕だけなら自由に行き来できるから街にも行くよ。管理者だからって世界樹にずっといなきゃいけないってこともないし。この場所の居心地がいいから用事がないと出掛けることはないんだけど。それより今度はレイブンの話を聞かせてよ」

「俺? そうだなぁ。俺は増田君と違って…」

「同じ日本人なんだし、僕はレイブンって呼ばせてもらっているんだから、僕のことはタイスケでいいよ」


 この短時間で随分と心を開いてくれたみたいで、昨日まともに会話が出来なかったのが嘘みたいだ。俺としても日本のことを話すことが出来る彼には親近感湧きまくりだ。


「わかった。俺はタイスケと違って何かを頼まれているんじゃないんだ。俺をこの世界に転生させた神様の話だと、この世界で起きた事故のせいで俺は運命を歪められて死んでしまったらしいんだ。だからこの世界で生きてくれ、ってだけで何か目的があるってことでもない。だから自由気ままに冒険者をやってるんだよね」


 うん、嘘は言ってない。彼に一から十まで全部話すつもりは今のところはない。特に彼が「神」と接点があるというなら邪神については尚の事、触れない方がいいだろう。あまり考えたくはないけどタイスケだって真実を言っているかどうかなんてわからないしな。


「レイブンの顔、どこかで見たことがあると思ったら最近やたら攻略している四人組の人? やたら背の低い人が混じっていると思っていたけど子供だったんだ」

「そうだよ。うん? ミトで気が付かなかった? ミトってのは昨日一緒にいた女性ね」


 俺は黒騎士モードとレイブンの時は全くの別人だけど、ミトは紫電の一撃の時も黒騎士モードの俺と一緒の時も同じ格好だ。流石に気が付かないなんてこともないんじゃないか?


「言われてみればそうかも…。でも人の顔よりも子供が混じっている方がインパクトあったからなぁ。それに世界樹の中を見られるといってもこれで映すだけだし、大抵の時間は管理するのに手いっぱいでそこまで注視していないから」


 タイスケの隣に移動して、ディスプレイを見させてもらう。彼がマウスをクリックすると上層階で魔物とおっかなびっくり戦っている新人冒険者らしき人や、中層で食事をしているおじさん冒険者など次々と映し出されていく。


「そりゃ、あの真っ黒な鎧がどんどん進んできたのはビクビクしながら確認していたけどさ…」


 胃の辺りをさするタイスケ。何が「だから最近食欲なくって」だ。いつの間にか持って来た手土産の半分以上は消えているじゃないか。


「で、この世界樹って一体なんなんだよ」


 だいぶ話が逸れてしまったけど、先ずはそこから教えてもらおう。



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※増田君の名前を泰介(タイスケ)へ変更しました。

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