闖入者
恐怖のあまり混乱するポッチャリ君。この部屋からは不思議な魔力を感じるのだが、彼からは微量な、それこそ一般的な人族と同じような魔力しか感じない。あまり警戒する必要はなさそうだな。動きもどんくさそうだし、俺達に危害を与えることは出来ないだろう。
この状況から察するに、彼はこの地下遺跡の重要人物であることは間違いなさそうだ。まさか、ここに幽閉されていたってこともないだろう。迷路フロアを攻略中は、これを操作している奴がいるならぶっ殺してやる、と考えていたが半泣きで命乞いをする姿にそんな気も失せてしまった。
なにより同郷である可能性の高い彼からは色々と詳しい話も聞きたいし。
パニック状態の彼をとりあえず落ち着かせる。ミトさんや、お茶を淹れてくれないか?
「安心しろ、お前に危害を与える気は無い」
「ひっ! そ、そんなこと言ってもどうせ後で殺すんだろっ! わ、わかってるんだぞ」
彼をどうにか宥めようとするが取り付く島もない。しばらくするとミト特製のお茶のいい香りが部屋に充満する。
お盆に乗せたティーポットとティーカップをコタツの端に置き、トクトクとお茶をカップに注ぐ。ポッチャリ君も香りにつられてかその姿を見つめている。
「さぁ、どうぞ」
「ち、近寄るな! ど、どうせ何か変なものが混入しているんだろ! す、睡眠薬か? それとも毒? まさか、じ、自白剤?」
随分と妄想が激しいな。昏倒させるなら殴って終わりだし、毒を使うよりも剣や魔法の方が手軽だし、自白させたいことがあるなら闇魔法で問答無用だ。わざわざミトのお茶に混ぜるなんて手の込んだことはしない。
「フフ、大丈夫ですよ。そのようなものは入っておりませんよ」
ポッチャリ君が拒絶したカップにミトも口をつけ、こくりと一口。「ね?」と笑顔でそれを再び差し出した。ゴクンと喉を鳴らした彼は恐る恐るカップを受け取り、ぐびぐびと一気に飲み干した。
喉を鳴らしたのはお茶が飲みたかったのか、それとも美女のミトが口をつけたカップへの興奮か。そこは見て見ぬふりをしておこう。ミトの笑顔が外向けのものであるということもね。
しかし、毒を恐れるってことはチートスキル的なものはないのかな? 異世界召喚なら状態異常無効とかありそうだけどな。まぁ、まだ彼が異世界召喚された人かどうかはわからないけど。
「まぁまぁ、おかわりもどうぞ」
「あ、うん」
餌付けは成功したようだ。お茶を出す相手に合わせたブレンドで、茶葉の持つ旨味を最大限に引き出した彼女が淹れるお茶には、飲んだ人を虜にするほどの美味しさがあることは俺も良く知っている。俺もそのうちの一人だし。
彼に聞きたいことは沢山あるけど、今はまだミトに任せた方が良さそうだ。ミトがこちらを向いたので頷いておく。それをどう捉えたのかは分からないが、落ち着いた彼からティーカップを受け取ると、ミトもベッドに腰掛け話始めた。空気が読める人っていいよね。
「驚かれましたよね。突然すみません」
「う、あ」
「こちらにはお独りでお住まいですか?」
「う、うん」
「こちらでは一体何をされているのですか?」
「そ、それは…」
ゆっくりと簡単な質問をするミトだが彼の返答はなんとも曖昧なものだ。コミュ障なのか、それとも何か別の理由があるのか。
彼からしたらパーソナルスペースに踏み込んできた闖入者だし、質問に答える義理はないって気持ちもあるだろうし。
「扉についてはすまなかった。まさかあの通路の先に住んでいる者がいるとは思わなかったのでな」
今からでもとりあえず心証を良くしておこう。
「い、いえ、それは、その、あ、あれは直ぐに元に戻せるから」
地下遺跡に干渉して元に戻せるということか、それとも復元できるスキルでもあるのか。なんとか落ち着いてきたといっても、彼のこの状態じゃあこれ以上話を聞くのも難しいかもしれないな。
それに戦闘で思ったよりも疲労が溜まったのか非常に眠い。部屋に充満したお茶の香りの効果もあって俺の意識は今にも飛びそうだ。
「ミト、今日のところは一旦帰ろうか」
「わかりました」
「えっ? き、今日のところは…?」
素早くお茶セットを片付け始めたミト、そして俺の「今日のところは」という言葉に、また来るのか、と戸惑いを隠しきれないポッチャリ君は俺とミトを交互に見ては、わかりやすくあたふたしている。
「あっ、あの…」
「うん?」
なんだなんだ? もう来るなって言っても無駄だぞ。あんたが何者なのか、そもそもこの地下遺跡が何かがわかるまでトコトン通い詰めてやるからな。
「い、いえ。な、なんでも…」
「ふぅん、それならいいけど」
伝えたいことがあるのか、何かを言いだそうとしたみたいだけど、言い出せないみたいだ。メンドクセ。ミトの方は片付けも済んで帰る準備は万端のようで、既に俺の横に控えている。それじゃ一旦落ち着いてもらうためにもこれで帰るとするかな。
「あら、何を書かれているんですか?」
「ああ、これ? うーん、秘密」
マッピング用の紙の切れ端にポッチャリ君へのメッセージを書いてコタツの上に置いておく。
「じゃ、俺達は帰るから。また」
そう言い残して俺とミトは自宅へと転移した。
「あれで良かったのでしょうか? また四ツ目のような魔物を用意するかも、いえ、もしかしたらより強力な魔物を…」
ミトの疑問は最もだ。まぁ、いつもの俺なら無理矢理にでもあのポッチャリ君から聞きたいことを聞き出していただろう。だけど同郷かもしれないと考えたら。彼があの地下遺跡でやっていることが異世界召喚で強制的にやらされていることだとしたら。そんな風に考えたら強硬な手段はとれなかったんだよね。
ミトの言う通り、また四ツ目クラスの魔物を配置されたら困るから一応対策はしておいたし、多分大丈夫だろう。
そして翌日。シエイラの街で評判の菓子店や屋台で色々と買った俺は単身地下遺跡へ転移した。場所は地下遺跡五十二階、下の階に繋がる階段の手前だ。
「おーい、聞こえているなら君のところまで転移させてくれないか」
虚空に向かって大声で叫ぶ。
…。
しかし反応はない。駄目か。気づいていないのかもな。
「よし、それじゃ。【審判の光 神光】っと」
突き出した俺の両手から溢れる膨大な魔力と光は地下五十二階に向かって放たれ、階層を半壊させる。
…。
やっぱり反応がないな。もう一発いっとくか。再び両手に魔力を込める。
『わー、ちょ、ちょっと、た、頼むから。い、いや、お願いだからそれ以上破壊しないでくれ、いや、ください!』
俺の足元に突如現れた魔力反応、そして同時に聞こえてきた声。昨日のポッチャリ君のものだ。声のする足元を見ると、昨日彼の部屋で床に散らばっていたぬいぐるみの一つ、セーラー服姿の二頭身の女の子のぬいぐるみが短い手足をじたばたさせながら声を発していた。美少女の姿で男の声というのはなんともミスマッチだな。
「あー、あー。聞こえるか」
しゃがんでぬいぐるみに向かって話しかける。そういう趣味がある訳じゃないからね。
『き、聞こえているよ。い、いきなり破壊行動するなんて、ど、どういうつもりなんだよ』
「ああ、こちらの呼びかけに応えてくれなかったので、つい」
むしゃくしゃしてやった。後悔はしていない。
『よ、呼びかけって…。き、君が来たかどうかなんてわからないし、わ、わかったとしても、こ、ここからじゃ、その階の声は聞こえないんだよ』
なんだ、音声は拾ってないのか。こりゃ失敬。
「そうか、それは悪かったな。約束通り手土産を持って来た」
『や、約束って…。き、君が勝手に書き残していっただけじゃないか』
ぬいぐるみ越しだけど、昨日よりは会話になっている。一晩経って落ち着いたのか、それとも昨日の置手紙の効果か。とりあえず敵対することはなさそうだ。そして、あの手紙の意味を理解できたのなら彼が日本人であるということはほぼ間違いないだろう。
『い、今、て、転移魔法陣をつ、作るからちょっと待ってて』
ぬいぐるみ越しで聞こえるカタカタとキーボードを打つ音。うわ、めっちゃ早いな。キーボードを操作しているってことは、あのパソコンみたいな装置で地下遺跡を操っていたってことかな。
『…これでよしっと。じ、じゃあ目の前に魔法陣が出来上がるから、そ、そこに乗って』
そしてすぐに足元に淡い光を放つ魔法陣が描かれた。ぬいぐるみをここに置きっぱなしにするのも悪いと思い、抱き上げて魔法陣へ足を踏み入れる。黒い全身鎧を着て、ぬいぐるみを抱いているなんておかしな状況だ。しかもそのぬいぐるみから聞こえるのは男の声だもんな。
一瞬視界が歪むと、昨日俺が破壊した扉が目の前に現れた。【影移動】による転移とは違うな、邪神を崇める組織のポータルとか呼ばれていた転移装置による転移に似ている。そんなことを思っていると扉が開いた。
昨日と変わらず上下グレーのスウェットでボサボサ頭のポッチャリ君。
「き、君って日本人なの?」
扉を開けての第一声がそれだ。期待と不安が入り混じったような声。彼の手には俺が昨日書き残した置手紙が握られている。「明日手土産持参でまた来るから」と日本語で書かれた置手紙が。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます