世界樹

※増田君の名前を泰介(タイスケ)へ変更しました。



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 世界樹とは、という俺の質問に対して「どこから説明すればいいのかな」となにやら難しい顔のタイスケ。その手は焼き菓子がみっちりと入っていた箱に伸びるが、そこにはもう何も無い。しょんぼりとした目つきで箱を眺めるが無いものは無い。


「世界樹っていうのは世界に溢れる魔力を循環させる機能がある大樹のことなんだ。この世界に溢れている魔力。これを使って魔法を使うっていうのがこの世界の常識だよね」


 タイスケが魔力を込めた右手が光を放つ。室内は明るいのにも関わらず、どこか見ずにはいられない光だ。


「じゃあ、魔法で使われた魔力はどうなるか。また魔力に戻るんだけど、誰かの意思や想いの宿った魔法を介することで、魔力自体に自我みたいなのが蓄積されていくんだって」


 その手に宿した光を消し、キーボードをカタカタ打つとディスプレイから小さな白い光の球が現れた。


「そうやって魔力に自我が積もり積もった結果、光魔精みたいな魔物や精霊なんかに変化する。それ自体はこの世界にとって悪いことじゃないんだ。魔物を倒せばまた純粋な魔力になるし、精霊が力を行使すると使われた魔力に込められた自我はろ過される。自我を持った魔力で生み出されたそれら自身が自浄作用を持っている」


 カチカチとマウスをクリックすると光の球は俺達の前から消えた。


「この世界樹はそんな魔力をろ過するための世界の仕組みの一つなんだって。といっても今はほとんど機能していないんだけどね」

「そうなの?」

「うん、何か巨大な魔法、それこそ世界全体を巻き込むような魔法によって消費された魔力をろ過するためのものだったらしいけど、今は、というか随分昔にその目的を達しているってさ。僕もそれ以上詳しいことはわからないけど」


 それじゃあ、タイスケはここで何の管理をしているんだ?


「ここはね、そんな世界樹を利用した施設なんだよ」

「施設?」

「そう、世界樹の魔力を循環させる機能を利用して神様が作った施設。ここで魔物を生み出して魔物の素材や魔石を人類に供給することで、文明の発展を抑制する効果があるんだって。ここの他にも似たような目的の施設があるらしいよ。特殊な効果を持つ薬草が生える森型だったり、魔石が採掘できる鉱山型だったりいろいろ」


 便利なものは与えられる、だから文明は発展しないってことか。


「ということは、この世界は神様によって文明の発展が意図的に抑えられているってこと?」

「うん、過度な発展は滅亡を招くって。僕らがいた元の世界、地球を知っている身からするとそういう考えもわからなくはないよね。人の欲望の行きつく先なんて碌なもんじゃないよ」


 管理された世界、か。そこに住まう人がそれに気が付かなければ、それを受け入れてしまえばそれはそれで幸福なのかもな。文明の発展が抑制されているといっても、人が幸せに暮らす権利が侵されているわけでもないし。


 そう考えれば、進化と発展の神を世界に滅亡をもたらす邪神として、この世界の神々が排除しようとしたのも一応は筋が通っているのか。


 自分たちの理想の為にって考えると、どうもこの世界の神々を胡散臭い奴らだと感じてしまうな。


「結構突っ込んだ話をしているんだな」

「そうかな。…そうかもね。僕って結構ラノベとか好きだったから異世界召喚って言われた時に興奮しちゃって神様たちを質問攻めにしちゃったんだ」

「神様『達』?」

「うん、全部で四人…、神様だから四柱って言った方がいいのかな、がいたよ。レイブンの時は違ったの?」

「あ、ああ。一柱だけだったよ」


 そもそもこの世界の神じゃないし。


「神とは頻繁にやり取り、というか交信みたいなことは出来るの?」

「いや、この世界で神様と繋がるには専用のスキルがないと多分駄目だと思う。僕は持ってないから召喚の時に話したっきりだよ」


 その後も話題は尽きることなく、タイスケが地下遺跡のどんなことを管理しているのか、これまでの十年間について、俺も転生してからの話や今の冒険者としての活動をお互いに話した。


「そっか、転生特典で光魔法と闇魔法を最大レベルか。いいなぁ。僕なんか魔法といっても生活魔法だけだもん。羨ましいよ」


 俺から言わせてもらえば、こうやって安全なところに引き籠れるタイスケの方が羨ましいんだけどな。隣の芝生は青く見えるってやつか。


「でもさ、それじゃ、そのモナさんって人だけ仲間外れなんだ? なんか可哀そうじゃない?」


 俺が黒騎士モードことをミトとフッサにだけしか明かしていないことを聞いたタイスケの一言。尚、黒騎士モードについてもそういうスキルってことで誤魔化してある。


「まぁ、そうなんだけどなぁ」


 俺だってモナには本当のことを言っていない罪悪感はある。だけど邪神のことがあるからなぁ、本当のことを言って討伐対象になんてなったらシャレにならないし。でもフッサにも邪神云々については話していないし、黒騎士モードとか光魔法、闇魔法についてはどこかのタイミングで伝えるのもありかもな。その時にどう説明するか…。嘘に嘘を重ねていくと自分の首を絞めることになりかねないし。うーん、悩みどころだな。


 随分と話し込んでしまったみたいで、ディスプレイに映っているシエイラの映像は陽が随分と傾いてきていた。


「だいぶ話し込んじゃったかな。もう帰るよ。また近いうちに」

「そっか…。あ、あのさ」


 どうした? あれか、また土産買ってこいとかかな。仕方ない、同郷のよしみだ、リクエストも受け付けようか


「ち、違うよ。いや、それもありがたいんだけどさ」

「じゃあ、なに?」

「輝涙返してくれないかな。冒険者の人にこんなこと言うのは悪いと思うんだけど」

「きるい?」


 なんやねん、輝涙って。


「こ、この上の階で君たちと戦った…」

「ああ、四ツ目の」

「うん、あいつを倒した時に手に入れたと思うんだけど…」


 あれか。輝涙が何を差しているのか理解した俺が【裏倉庫】からタイスケの目の前に取り出したのは、四ツ目の残骸が塵となって出来上がった、緑色の宝珠のような形の石。


 目の前にぶら下げたそれに飛びつこうとしたが、俺はヒョイっと躱す。あの魔物を苦労して倒して手に入れたものだ。そう簡単に渡すと思うなよ。同郷のよしみだぁ? 知ったことか。


「た、頼むよ。それは凄く貴重なんだ。それがないと強い魔物を作れないんだよぅ。このままじゃ冒険者がやって来た時に僕を護ってくれる魔物が作れないんだ…」


 今にも泣き出しそう、というかもう泣いているタイスケ。話してみて分かったが、こいつは碌に社会を経験しないまま異世界で引き籠り生活を始めたからか随分子供っぽい所がある。もちろん彼本来の性分もあるんだろうけど。お前だって社会経験ないだろって? うるせぇ!


「はぁ、わかったよ。だから泣くなって」


 比較的幼い顔立ちだからって、おじさんの泣き顔はおじさんの泣き顔だ。アラサーの泣き顔なんて俺に対して需要はない。


「ほ、ホント!」


 もちろんタダで渡すほど俺はお人好しではないけど。


「交換条件かな」


 快く俺の交換条件を飲んでくれたタイスケと別れて俺はウキウキ気分で帰宅するのだった。別れ際、「ご、強欲は身を滅ぼすよ」と言われたが気にしない。貰えるものは貰っておく質なんでね。


 ま、今度来るときはもっとたくさん手土産を持ってくるとするかな。

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