決着

『図ニ乗るなヨ』


 傷をつけられたことで逆上したのか、のっぺらぼうのこめかみにはくっきりと血管のような管が浮き出ている。


 沸点低いわー、ひくわー。


 そしてヤツの右の角が白い光を放つと、その光は意志を持ったように角から離れて動き出す。先程破壊した白い球と同じもの。


 復活するんかいっ! ぬか喜びさせやがって。


『ソロそろ終わリにしテヤろう。我ガ姿に絶望スるがいイ』


 激オコ中ののっぺらぼうの背中からニョキニョキと枝が生えてくる。左右対称に生えた枝はまるで羽の骨格のようだ。


 まさか飛ぶのか? この期に及んで空まで飛ばれたら増々戦いにくいじゃないか。


 ヤツの変化は止まらない。一段と魔力が強くなり体が肥大する。なるほど、第二形態ってところか。ボスらしいといえばボスらしいな。


「言うほどあまり変わってないけどな」


 変化後の姿を見た俺の感想だ。変化するならもっとこう、劇的な変化が欲しいよな。


 そんな俺の言葉に反応したのか、ベリベリという音が聞こえてくる。先程同じような音を聞いたばかりだ。なんとなく予想はつくな、鼻か、目か、それとも耳か。


 その顔に注意を払っていると、二本の筋が走る。それがゆっくりと開き真っ赤な瞳が現れた。俺へ向けられた視線は敵意に満ち満ちている。


 なんてこった、のっぺらぼうじゃなくなっちゃったじゃないか。まあ、そもそも口がある時点でのっぺらぼうじゃないんだけどさ。


 のっぺらぼう、もとい白い魔物の瞳は人とは違い、まるで草食獣のように顔の側面にある。確か草食獣の目が外側にあるのはより広い範囲を見渡すためだったか。逆に肉食獣は正面に両目があるから、獲物との距離感を掴みやすいとかなんとか。


 私こう見えて草食系なんです、ってか。


 巨大化した左手を振り上げながら迫ってくる白い魔物。


 せっかく羽を生やしたのに飛ばないんかいっ!


 よく見ればその顔の正面には今まさに亀裂が走ったところ。新たな瞳がこちらへ視線を向ける。


 実は肉食系でもあるんですよ、ってね。


 肉食獣の如く正面に瞳を追加し、四ツ目となった魔物が振り下ろした腕を剣で受け止める。右手で攻撃してこようとしたが、こちらは俺の左手で手首を掴み防ぐ。間近に迫る四ツ目、その口が大きく広がる。


 まずいっ!


 体を後ろへ大きく逸らして、四ツ目の口から吐き出された触手擬きの攻撃を避けた俺はそのままバク転で距離をとる。


『馴染むノにもウ少シ時間がかかルナ』


 四ツ目が全身から魔力を放つと、変身の際に動きが止まっていた【大樹の怒り】が攻撃を再開する。四ツ目になり魔力が増えたからか、その量は先程よりも多い。


 負けじと俺も光魔法を繰り出すが、着弾する前に無効化されてしまった。第二形態でも光る球の機能はそのままか。


 大量の攻撃を浴びる俺。この状況で動けているのは剣術スキル、体術スキル、武術スキル、そして今までの経験、更にミトの風魔法によるバフと援護攻撃のおかげだ。そのどれが欠けていても成り立たなかっただろう。そう感じる程の薄氷の回避だ。


『ギヒひ』


 無数の木の根の向こう側から気味の悪い笑い声が聞こえてくる。あいつ苦戦する俺を見て楽しんでやがるな。


 四ツ目の【大樹の怒り】に俺の【大樹の怒り】を再度紛れ込ませるもそれは見破られてしまう。


『ぎひヒ、同じ、同ジ』


 それを掴んだ四ツ目は嘲笑う。同じ手は通じないか。


『魔力、カらダ、慣レた』


 【大樹の怒り】の攻撃が弱まり、四ツ目が前に出てきた。まるで猿のように張り巡らせた【大樹の怒り】を器用にすり抜け、俺に狙いを定めている。


「そこですっ!」


 俺を執拗に狙う四ツ目。その虚を突いたミトの攻撃が四ツ目の右腕を直撃する。精霊魔法による風の弾丸は四ツ目の腕を拉げさせた。


『あイツ邪魔だナ』


 なおざりだったミトへの攻撃が更に増すが、俺への攻撃量が減り楽になる。


 この機を逃すことは出来ない。ミトへ注意を向けた隙に懐に入り込み、必殺の一撃を放つ。


「魔技・一閃」


 慌ててそれを防ごうと四ツ目は左手を前に出す。


「なんちゃって」


 そんな俺のお茶目な言葉に目を剥いた四ツ目。俺は剣を手放して、中空で【裏倉庫】へしまうと同時に剣を放した手で魔法を発動。


「【火種】」


 発動したのは生活魔法の火種だ。【邪神の魔力】で際限なく魔力を込めた特別バージョンである。魔法自体に微量の邪気が混じってしまうというミトの指摘から、邪神に関連付けられるのを警戒しここまで使用は控えてきたが、流石にここまで深い階層ならギルドの調査が及ぶこともないし、大丈夫だろう。


 通常は指先に小さな火を灯すだけの魔法だが、俺の手の平には黒い炎が手を覆うほどの大きさで燃え上がっている。魔技を受け止めようとした四ツ目の左腕はその黒い炎に包まれる。


「ギゃぁあああアあアアああ」


 目の前で燃え上がる黒い炎だが、俺自身は不思議と熱を感じることはない。その勢いは凄まじく、一瞬で左腕を燃やし尽くしてしまった。


 このまま畳みかけてやるっ!


 一時的にしまっていたジルバンド鉱の剣。再び【裏倉庫】から取り出し、両手で魔力を込めると鍔に埋め込まれた水晶竜の赤く染まった瞳が開く


「魔技・諸手突き」


 低くしゃがみ込み下半身のバネを使い放つ、両手で持った剣による突き。斬性を持たせた魔力によって四ツ目の胸には大きな穴が開いた。動作としては単なる諸手突きだが、威力は御覧の通り。


 この一撃により四ツ目全てから光は失われた。虚空を見つめる灰色に染まった瞳は見開かれたまま。


 両肩付近に浮かんでいた白と黒の光る球はいつの間にか無くなっている。【大樹の怒り】で生み出され続けていた巨大な木の根も消え、この階層は俺達が足を踏み入れた時の状態に元通りになった。


 まるで四ツ目の魔物との戦闘なんかなかったかのように。


 四ツ目の体は俺が開けた穴から塵となっていくが、その中心に塵が集まっていく。


 やがて四ツ目の体は消滅し、緑色の雫のような形の石が光を放ち浮かんでいる。宝珠とでも言えばいいのか、非常に滑らかな曲線を描いている。俺が手に取ると宝珠が放つ光は消えてしまった。


 これが一体なんなのかは分からないが、放置して復活でもされたら困るので【裏倉庫】へ即座にIN。


「主様! お怪我はございませんか?」


 駆け寄って来たミトは所々に傷を負ってはいるものの無事なようだ。すぐに【治癒】で傷を治してあげる。


「ミトがいなかったら危なかったよ。最後の一撃は本当に助かった」


 とどめの一撃の起点となったのはミトの攻撃。それに戦闘中は何度も【大樹の怒り】の攻撃を防いでくれたし、そもそも彼女の風魔法による補助魔法がかかっていたから、あれだけの攻撃を躱し続けることができた。


「フフ、そう言っていただけると幸甚です」


 ひとしきりお互いの戦闘を褒め合う俺達。褒められて伸びるタイプなんです。



 パンパカパーン!


 突如として鳴り響くどこかで聞いたことのあるファンファーレ。そしてフロア中央に光り輝く文字が浮かび上がった


 「地下遺跡最下層突破おめでとう」と。


 その突然の出来事に驚いていると文字の真下、つまり部屋の中央から眩い光の柱が現れこのフロアを光が満たしていく。


 その光が収まり目を開けると空中の文字は消え、金銀財宝の山が現れていた。


 あからさまに怪しいその演出に警戒しながら財宝の山に近づく。手で抄うと、ジャラリという音とずっしりとした重みを感じる。


「攻略報酬ってことか…?」

「これは?」


 声を上げたミトの方へ向かうと、財宝の横に直径二メートル程の魔法陣が淡い光を放っている。その横には小さな石碑があり、こう記されていた。


 『お帰りはこちらへ』と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る