糸口

 えっ、なに? 魔物って話せるの? と驚いてしまったが、よくよく考えてみればリッチとかヴァンパイアとか言葉を話して文化を形成する魔物もいるとかって本で読んだ気もするな。今度、モナに聞いてみよう。


 そもそも目の前のヤツが魔物かどうかも分からない。まぁ十中八九魔物だろうけど。もしかしたら石膏に身を包んだ人間ってことも…。


 …ないか。


 のっぺらぼうの話し声は最初の咆哮と同じく、どこか機械を通したような音声が混じって聞き取りにくいはずなのだが、やけに頭に響くような声。まるで、あなたの心に直接語りかけています、といった具合だ。


 話すことが出来るということは、言語を理解できる知能があるということ。


 つまり、だ。


 こいつが地下遺跡の『意思』ってことじゃないか!?


 俺への対策であるかのような、光魔法と闇魔法それぞれに対応した光る球。そして、それが俺の攻撃を無効化した時の笑み。その笑みが自分の思い通りに事が進んでいることに対しての笑みだったとしたら。


 魔技も初見ではなく、今までの俺の行動を観察していたのであれば。魔技で切り裂けないように対策されていてのだとしたら。


 のっぺらぼうの体と地下遺跡の壁をくっつけていた白いドロドロ。あのゼリー状のもので自ら地下遺跡と同化していたとしたら。


 考えれば考えるほどこいつが地下遺跡に存在する『意思』なんじゃないかと思えてきてしまう。全ては俺の想像だけどあながち的外れでもないんじゃないか?


 今まで俺達のことを監視していたのか…。とんだストーカー野郎だな。


 ともかく「こちらの番だ」なんて言ってきたってことは何か攻撃をしてくるのは間違いない。こののっぺらぼうの一挙手一投足に注意を払う。


 裂け目のような口を大きく開け、深呼吸をするのっぺらぼう。口元には魔力が集まっていく。なんだ? ブレス攻撃でもしてくるのか?


『ガアあぁアアああアあぁあアあァ』


 不快な叫び声と共にのっぺらぼうの口から吐き出されたのは大量の木の根。それはまるで触手のように一本一本が独立して動き、俺に襲い掛かってくる。


 いやいやいや、気持ち悪すぎでしょ、この攻撃。


 口から木の根とかそれどんな吐瀉物だよ? 汚っね!


 剣で触手を払い、斬り落としていくが際限なくヤツの口からは木の根が生み出され続けている。


 キモイんですけどっ!


『こレヲ捌ききルか』


 口から木の根を吐き出しながら、言葉を発するのっぺらぼう。一体どういう仕組みで声を発しているのか甚だ疑問ではあるが、ツッコんでいる余裕はない。とりあえずキモイ。


 光の球がヤツの近くに留まっていることを確認し、俺に向かってくる木の根に対し【暗黒星雲】を放つ。そして一瞬の隙が出来たところで剣に魔力を集中させ魔技で木の根を薙ぎ払う。


 予想はしていたけど、あの光る球の近くでなければ魔法は無効化されないみたいだ。今の攻撃で光る球がヤツから離れなかったのは、本体に危険が及ばないと判断されたのか、それとも距離があると遠隔操作が出来ないのか。


 いかなる状況であっても、相手を分析する俺。流石だろ。


『ナらバこれはどウだ。【大樹ノ怒り】、だっタカ』


 続いてのっぺらぼうが全身から魔力を放出すると、このフロア全体が俺への敵意を持った魔物かのような威圧感を発する。


 ヤツが口にしたのは【大樹の怒り】。この状況で【大樹の怒り】とか嫌な予感しかしないんですけど。


 ゴゴゴゴゴという振動音が階層中にこだまする。


 そして天井、壁、床のあらゆるところから生え出てきた巨大な木の根。全てが意思を持つように俺を狙ってくる。


 全方位からの攻撃、剣で往なすことが出来ないような、一般的な木の幹程の太さがある根は高速で俺に迫りくる。


「当たらなければどうということはないっ」


 よっ、ほっ、はっと器械体操選手のようにアクロバティックに躱していく。辺り一帯はヤツの魔力で埋め尽くされ、避けるのに精一杯だったことも手伝ってのっぺらぼう本体の位置を見失ってしまった。


 躱しながら探すものの見つからない。


『ソれじャあ当テてやル』


 突然背後から聞こえる声。


 しまった! 根の陰に隠れて近づいてきたのか。


 反応が遅れ、無防備だった俺にヤツが口から吐き出した無数の触手のような木の根が突き刺さる。


 痛ってぇ! 辛うじて急所は外したが、黒騎士モードの鎧を突き破られ串刺しにされた俺はそのまま空中で身動きを封じられる。そこへ迫る【大樹の怒り】。


「主様!」


 風の刃がのっぺらぼうが吐き出す触手擬きを根こそぎ切り裂いたおかげで俺は自由を取り戻し、間一髪で【大樹の怒り】を躱すことが出来た。


「ミト、ナイスぅ!」


 華麗に着地を決め、即座に光魔法で傷を塞ぐ。鎧も魔力を固めているだけのものなので即座に修復だ。着地の衝撃は傷を塞ぐ前だったので全身に響き滅茶苦茶痛かったことはここに記しておく。


 あいつ、ぜってぇ許さねぇからな!


『ギヒひ。そこニもいたカ』


 気味の悪い笑い声を上げたのっぺらぼう、ミトの方へと腕を伸ばすと【大樹の怒り】の一部がミトを狙いだした。しかし、ローブを脱ぎ捨て途中で手に入れたドレス姿のミトは、それを軽業師のように避けては風の弾丸や風の刃を飛ばし応戦している。精霊魔法には身体能力が上昇する効果もあるのだろうか。そんな動きが出来たのか、と一緒に行動している俺も驚きの身のこなしだ。


「こちらのことはお気になさらず!」


 割と余裕ありそうなミトは、俺に向かう【大樹の怒り】へも攻撃の手を向けてくれている。ありがたい。


「おっと」


 ミトの方を気にしている暇はない。再び木の根の陰からの攻撃、のっぺらぼうが振り下ろした腕をすんでのところで剣で受け止める。まるで金属のように固い腕だ。ガキィンという甲高い音が響く。


 相変わらずヤツの両肩付近に浮かぶ白と黒の球。こいつらに攻撃する気配はない。防御専用か?


 そのまま俺は剣で、のっぺらぼうはその両腕でお互いの攻撃を受け止め続ける。


『うガっ!』


 ヤツの【大樹の怒り】に紛れて俺がこっそりと放った【大樹の怒り】で生み出した根が左足を掠めた。この場を支配出来ているとでも思ったか、俺だって使えるんだよ!


 鋭利な刃で切り裂かれたかのように、左足には傷ができ青い血が滲んでいる。


 なるほど。両腕以外はそこまで固くない、と。俺の魔技を受け止めたのも右腕、先ほどから俺の剣を受けているのも両手だ。


 予想外の攻撃を受けたからか動きが止まるのっぺらぼう。その隙に【光弾】を放つも白い球が光俺の魔法は無効化されてしまう。こいつらはオートで機能しているようだ。


 【光弾】を無効化するために本体から少し離れ俺の近くにやって来た白い球。


 こいつらが光魔精に近い性質だとすれば…。


 俺はギリギリのっぺらぼうの間合いの外、且つ俺の間合いに白い球。これはチャンス!


「魔技・一閃」


 俺の剣は見事に振りぬかれ、白い球は消滅した。


 おやおや、これじゃあ俺の光魔法を防ぐ手立てがなくなっちゃったねぇ、と煽り気味の視線を送るが、この視線を理解できる程の知能はないのか反応はない。


 魔技も魔法も効かなかった時はどうしようかと思ったけど、徐々に化けの皮が剥がれてきたな。


 次は俺の番だ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る