郷愁
フハハハ! 愚かな人類よ、滅びの道を我が示してやろう!
はい、というわけで世界に絶賛喧嘩を売っている邪神です! いやぁ、まさか魔技の全力がSランク冒険者を意識不明の重体にさせているなんて露知らず。呑気に地下遺跡の攻略を進めていたレイブン・ユークァルとは俺のことさ。
なんて脳内妄想をしつつ、串焼きの最後の一口を果実水で流し込む。正面に座るミトは既に食事を終え、二杯目のピケットを飲んでいる。
「ふぅ、ごちそうさま。待たせちゃったね、この後はどうする?」
あれから他の冒険者の会話に耳を傾けていたが、黒騎士出現情報とSランク冒険者負傷という、どちらも俺が原因の騒動以外には特に目新しい話はなかった。
「市場によって食材を補充しに行ってもよろしいでしょうか。二人分の食事とはいえこの一週間で随分減ってしまいましたし。私はそれ以外には特に行きたいところはございません。休みなく探索しておりましたし、今日はゆっくりお休みされてはどうでしょうか」
「それもそうだね。買い物だけして帰ろうか」
「ええ」
気分転換をするどころか余計に気疲れしてしまったな。冒険者ギルドを出て市場にやって来た俺達は各店を回って食材を調達していく。俺はミトの後ろについて行くだけだけど。一応アルブムの件もあるので警戒は怠らない俺に死角はないぜ。
一通りの買い物も終わり、物陰で【裏倉庫】へ収納し手ぶらになった俺達。どこかでお茶でもしていこうか、なんて会話をしながら歩いていた。
「レイブンさんにミトラさん!」
活気ある市場の喧噪の中、聞き覚えのある声に呼び止められた。人混みの中、振り返ってみると茶色い癖っ毛の女の子が手を振りながらやって来た。シエイラに来てしばらくお世話になっていた宿「金の小麦亭」の看板娘のマリカちゃんだ。
「お久しぶりです!」
「まぁ、マリカさん。お久しぶりですね」
「ホント、久しぶり」
「パーティの皆さんでお家を借りられてからは、お二人ともちっとも来てくれなかったですもんね」
宿を出る時、食堂はまた利用させてもらいます、なんて調子のいいことを言っていた俺へのジャブが飛ぶ。
行く気がなかったんじゃないんだよ、理由あってのことなんだ。
宿だけではなく食堂も経営している金の小麦亭。そこで提供される料理はシンプルで素朴ながらも多くのファンが存在する。俺とミトもそのファンの一人であるのは間違いない。では、何故足が遠のいてしまったのか。
理由はいくつかあるが、この街における獣人差別が大きいだろう。店側は差別が規制されているため入店拒否されることは少ないが、獣人であるフッサが同じ店にいるというだけで嫌悪感を露わにする人も多い。
フッサもそれを理解してあまり外出をしたがらない。パーティを組んで一緒に生活している以上フッサだけ除け者にして食事をする気は無いので、どうしても食事をするのは自宅か差別意識の低いギルド、冒険者が客のほとんどを占める地下遺跡近くの店で、となってしまっている。
そういう訳でパーティを組んでからは金の小麦亭へ行く機会はなかったんだよね。
「いやあ、アハハ」
と言っても獣人差別云々を言い訳にするのも野暮だよな。とりあえず笑って誤魔化そう。
「お二人はお買い物ですか?」
「まあ、そんなところ」
「まだ手ぶらってことはこれからですか?」
もう買い物は終わって【裏倉庫】に収納済みなんだよね、なんて言えない。
「お目当ての物が無かったから、どこかでお茶してから帰ろうかって話してたところなんだ」
「でしたらこれからうちへきませんか? 今は休憩中ですけどお二人ならお父さんもお母さんも大歓迎です。そうだ、最近新しいメニューも出来たんですよ!」
「さっきギルドで食事済ませちゃったからなぁ」
買い物で多少は消化が進んだけど、一食分食べられるかと言われれば否である。とはいえ、折角会ったのに断るのも悪いよな。金の小麦亭にはお世話になったし。
「あんまりしっかりした食事はできないけどいい?」
ギルドで食事を済ませた、という俺の言葉で曇った表情のマリカちゃんだったが、一瞬で晴れ渡った。
「はい! ささ、行きましょう!」
俺の手を引く目の前の女の子は、今にも踊り出しそうなくらいに軽やかだ。同年代のお客さんってのも珍しいから嬉しいのかな。
「モテモテですね」
マリカちゃんに手を引かれて歩く俺への一言。その笑顔の裏には何もないよね!?
どことなく冷ややかな視線を浴びながらも到着した金の小麦亭。玄関を掃除していた女将さんが笑顔で迎えてくれた。
「あら! 随分久しぶりだね! 活躍は聞いているよ!」
「市場で会ったから連れてきちゃった。エヘヘ」
「まぁ、この子ったら。お客さんから二人の話を聞く度にいつになったら来てくれるのかな、なんて言っていたんだよ。まさか自分で連れてくるとはねぇ。迷惑じゃなかったかい?」
お母さんったら余計なこと言わないでよ、と顔を真っ赤にしたマリカちゃんはお買い物したの置いてくるね、と宿の奥へ消えてしまった。
「今日は休養日で他に予定もありませんから。随分とご無沙汰をしてしまって」
「いいんだよ、それに色々と気を遣ってくれているんだろう」
豪快なようでそこは客商売を生業としている人だ。俺達が来なかった理由も感づいているのだろう。
「あんたぁ! レイブンさんとミトラさんだよ」
「おう、久しぶりだな」
案内されて食堂の方へ行くと、女将さんのその声で調理を担当している旦那さんが厨房からひょっこり顔を出して挨拶をしてくれた。
「お父さん、アレ、出してあげてよ」
いつの間にか厨房にいたマリカちゃんが旦那さんのズボンをつまみながら例の新メニューとやらを俺達へ振る舞うようにお願いをしてくれた。まだ顔が少し赤く旦那さんの影に隠れている。俺に惚れたら火傷するぜ。
女将さんが出してくれたお茶を飲みながら「アレ」の出来上がりを待つ。女将さんは「ゆっくりしてきなよ」と言い残して掃除に戻ってしまった。
連れてきたはずのマリカちゃんは未だ厨房の中だ。しばらくミトと雑談をしながら待つ。ここに泊まっていたのはつい最近のような気もするけど三ヵ月近くは経っているんだよな。見慣れていたはずの内装が何だか懐かしく感じる。
待つこと十分くらいだろうか。マリカちゃんが料理を運んで来た。その後ろからは旦那さんも一緒だ。
「突然すみません、仕込み中だったんじゃないですか」
「気にすんな。こっちこそ娘にが強引に連れてきたみたいで悪いな」
「もうっ、お父さんは黙ってて! ど、どうぞ、うちの新メニューです」
旦那さんに向けた可愛らしい怒り顔から瞬時に笑顔に戻ったマリカちゃん。平皿に乗った料理を手早く配膳する。
長方形の黄色い料理。これは卵焼きか? おお、異世界でも似たような料理があるもんだな。甘い派、しょっぱい派が分かれる卵焼きだが、俺はどちらも大好きだ。
懐かしいな、そんな想いを抱きつつ、一口サイズに切ろうとフォークを入れる。ジュワっと溢れる透明な液体、そして閉じ込められていた食欲の沸く香りが広がる。
「これは!?」
「うちの新メニューの「ダシマキ」です」
卵焼きじゃない! 出汁巻き卵だー! ネーミングも一緒かよ。まぁ、異世界転移者の影響なのか前世と同じような文化は今までもあったから驚くようなことでもないのか。
ダシマキを一口食べれば、口内に広がる卵と出汁の旨味。
「うまっ!」
「ええ、これは美味しいですね。卵を薄く焼いたものを巻いているのでしょうか? それにしては随分と汁気がありますね」
出汁はカツオや昆布とは違う風味だけど、魚ではあるな。内陸に位置するこの街で手に入るのは川魚か。ということは。
「川魚の骨を炙ったもので作ったスープですか?」
「お、おお。よくわかったな。こいつを食べてそれを当てたのはお前が初めてだ」
フフ。この出来事が後世に残る美食家レイブン・ユークァルの神の舌伝説の始まりと…なるとかならないとか。
なんつって。多少食に興味がある日本人なら大体予想はつくことだ。自慢するようなことじゃないな。
「このダシマキは俺の知り合いの店の常連だった客のリクエストで作ったんだ。知り合いの店が閉店するってんで、うちに紹介されたんだがな。その客がこの料理をどうしても作ってほしいって頼みこまれちまったんだ。まぁ、レシピは知り合いが譲ってくれたから再現するのは難しくはなかったんだが。お前さんが言い当てたスープ、そいつはダシって言ってたんだが、それを作るとなると一人分じゃ採算が合わねぇんだ。金ならいくらでも出す、なんて言ってきたが、そうもいかねぇ。うちの新メニューとして他の客へも出すってことで折り合いをつけたんだ」
おやおや?
「随分と奇特な方ですね。どんな方なんですか?」
「そいつか? そうだなぁ…」
「黒髪で小柄。歳はそうですね、あれは若作りしていますが二十代後半だと思います。色白でぽっちゃり体形。お顔は、その、なんていうか…平たくてのぺっとしている感じです」
俺の質問に言い淀んだ旦那さんだったが、マリカちゃんの助け舟が入った。流石ホールで配膳を担当しているだけあるな。記憶力ばっちり。そして中々に鋭い観察眼を持っているようだ。
…。
というか、それ日本人じゃね?
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