頑丈さがウリ

「平たくて「のぺっと」、ですか?」


 いまいちアジア系特有の顔にピンときていないミト。この辺じゃあまり見かけないからなぁ。全くいないこともないんだけど。


 まぁ、日頃レイブン・ユークァルというスーパーイケイケキッズを見慣れているミトからしたらどんな男も見劣りするに違いない。


「そういや、なんかの管理をしているって言っていたな。役人かなんかじゃねぇのか?」


 役人か。まぁ、ぽっちゃり体形ってことは冒険者でないことは確かだろう。冒険者でも体の大きい人はいるけど、分厚い筋肉に覆われているからな。


「なんだ? そいつに興味でもあるのか?」

「いえ、珍しい料理を考えつくものだなって」


 日本人のままってことは異世界転移かな? それにしても役人とは随分と真面目だな。いや、内政チートワッショイ系かな? それにしてはこの街の政はいたって普通だし、目立たず生きていくタイプなのかもしれない。


 会って話してみたいと思うけど、静かに生活しているみたいだし、敢えて探し出すこともないだろう。


「一週間くらい前に来た時、忙しいのか元気がなかったな。独り言で、なんなんだあいつは、とか呟いていたし…」


 異世界に来てまで人間関係に悩むなんて、気の毒な人だな。


 ま、知るも知らぬもシエイラの街ってね。縁があれば会うこともあるだろう。その後は戻って来た女将さんと五人でしばしの歓談。ダシマキの口コミは上々で連日大忙しとのことだ。


 冒険者ギルドで聞いた噂話で気疲れもしたけど、マリカちゃんのおかげでいい気分転換になったな。明日からはまた、あの忌々しい迷路攻略だ。頑張るぞ!


 気持ちを新たにその翌日、地下遺跡五十三階へ戻って来た俺達を待っていたのは相変わらずの迷路だ。もちろん前回からその構造は変わっている。


「今日こそは攻略するぞ!」

「ええ、頑張りましょう」

「おー!」


 天井に向かって拳を突き出し意気込む俺にミトも同調する。今日も今日とて魔物を警戒しつつ狭い道を進む俺達。程なくしてその前に現れたのは、やたらメタリックな銀色の肌を持ち鈍い光を放つゴブリンだった。


 この階層で出現するいつものゴブリンはショートソードを手に持ち動きが俊敏なのだが、このメタリックゴブリンの動きは緩慢で武器も持っていない。普通のゴブリンが身につけているような腰巻すら身につけていない。局部には生殖器は存在せず、まるでマネキンのように平らになっている。


「なんだ? このゴブリン?」


 もう少し様子を観察してみたいが、俺の加護である【邪神の恨み】はしっかりとこいつにも作用しているようで、赤銅のような瞳は敵意に満ちている。だがその意識に体はついて来られないのか、一歩踏み出すのにも随分時間がかかっている。


 もちろんそんな動きを待つはずもない。


「よいしょぉ!」


 メタリックゴブリンに近づき毎度の如く魔力の塊を放つ。通路全体を覆う魔力をあの動きで避けることは不可能だ。


 魔力の輝きが収まった迷路内。メタリックゴブリンは先ほどと変わらぬ位置、いや、一歩だけ前に進み、そして今また一歩と歩みを進める。


「うん? そんな馬鹿な」


 もう一度魔力を叩きつけるが結果は同じだ。まぁ、いい。魔力は無限だ、どれだけ撃ってもこの階層じゃ俺から数メートルも離れれば消えてしまうから被害を心配する必要もない。


「オラオラオラオラ!」


 某スーパーな野菜人のように魔力をメタリックゴブリンにひたすら撃ちつけていく。戦闘民族を模した俺の攻撃にいくらなんでも塵と化すはず…。


 ガシャン。


 魔力を放つために突き出した俺の手を、魔力の光から飛び出したメタリックゴブリンの手が掴む。その音は金属同士をぶつけたような乾いた音。


 そしてもう一方の手を大きく振りかぶって俺に叩きつける。


 シャシャシャシャシャン。


 あれ?


 もう一度メタリックゴブリンは手を振りかぶる。


 再びシャシャシャシャシャン、と間の抜けた音。それを鳴らすのはメタリックゴブリンによる俺の胴を撫でるような動きだ。


 圧倒的な力不足。


 普通のゴブリンでさえもう少し衝撃を与えてくるものだ。だけどこのメタリックゴブリンはその見た目の通り随分頑丈なようだけど、どうやら攻撃力は皆無らしい。


 俺にまるで泣きついているようなゴブリン。仕草は可愛らしいが顔は醜悪なゴブリンなので気持ちが悪い。


 さっきの攻撃が効かないのなら魔技で真っ二つコースかな。


 攻撃方法の変更を決めた俺は、腰に下げたジルバンド鉱の剣を抜き魔力を込める。埋め込まれた水晶竜の赤い瞳が開き、ギョロリとその視線を俺に向ける。


「魔技・一閃」


 俺の攻撃は見事にメタルゴブリンを両断し、その余波で両側の壁に大きな傷を残した。


「グギャギャ」

「え」


 しかし体を左右に分かたれたゴブリンから聞こえる鳴き声。まるで逆再生でも見ているかのように体は再び一つとなり、何事もなかったかのように俺の鎧を撫でつけはじめた。


 異常なまでのタフネスと回復力。なんだこいつは!?


「主様、少しだけですが小さくなっているようです」


 この魔物への対処法を考えているとミトがそう指摘する。相変わらず俺の鎧を撫でているので本人は攻撃しているつもりなのだろう。


「そうかな?」


 俺には同じように見えるんだけど。改めてゴブリンを見ても大きさが変わっているようには見えない。


「ええ、僅かにですが」


 ふむ。ってことは魔技で多少はダメ―ジを負っているってことか。ここはミトの言葉を信じて攻撃を続けるか。


 そこからは魔技の練習とばかりにメタリックゴブリンへ次々と攻撃をしていく。するとミトの言う通りゴブリンは徐々に小さくなり五十センチ程までに縮むと動きを止め、ドロリと溶けてしまった。残ったのは黒い染みだけ。やがてその染みも水溜まりが蒸発するように消えてしまった。


 魔技の練習にうってつけの魔物じゃんか!


 普通ならあれだけの魔技を放てば魔力切れになるものだけど、俺はそうではない。ラスファルト島では植物相手だったから、緩慢だけど動く標的相手というのは新鮮だ。


 メタリックゴブリン、また出ないかなぁ。


 だが、残念なことにその日出現したメタリックゴブリンはあの一体だけ。その後はなんだか自棄になったかのように通路を埋め尽くすゴブリンやスライムがいただけだった。


 尚、本日も階下に繋がる階段は見つかりませんでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る